第17話 真実の勝利

「仕方ない。入団する……」


「おお!」


「と、言うとでも思っているんだろうな」


 その瞬間、文字通りシンジが固まった。


 呪縛から逃れようと必死な声が聞こえる。


「そ、その少女を巻き込むつもりかい?」


「ボクは良いって言ってるでしょ? 早く対局を……」


 そして、声を上げるルナを俺は引き留めた。


「悪いが、俺はもう対局するつもりはない。何度でも言うが、俺は将棋が嫌いなんでね」


 そこまで言って俺はギャラリーに聞こえるようやや声を大にして言う。


「さて、『祭り』のシンジだったな。状況を整理しようか」


 さあ、準備は整った。


 茶番を終わらせるための茶番を始めよう。


「事の発端はルナがお前たちの勧誘を断ったこと。何を言ったのか知らないし興味もないが、所詮は勧誘。本来ならルナを追い回すよりも次の有望な人材を探しに行った方が理にかなっている。では何故そんなことをしたのか?」


「ボクに恨みを晴らすため?」


「違うな。そんなことで組織が動くとも考えにくいし、上に監視されながらしか動けないコイツ等にそんなことを決める権限がある様には思えない」


 俺の皮肉を込めた言葉にシンジが睨みつけてくる。


「コイツ等の目的はもっと単純なもので、ルナが追い詰められたところを部下の暴走という形で沈めたという体裁を取って信頼を得ることだろう。まあ単に信用を得て勧誘、というよりは何か聞きたい話があったようだがな」


 いわゆるマッチポンプだ。


 俺の言葉にルナが考え込むように呟く。


「異端審問……」


「なんだ、それ?」


「最近WSCで問題になってるシステムでね、棋士団の団員で裏切り者が出た時、お互いに嘘を付けない、心の声が聞こえる部屋に連れていかれるんだって。正式名称は『絆の場』だけど、裏ではそう呼ばれてる」


「なら決まりだな」


 心の声が聞こえるなんて非科学的とも思ったが電気信号を経由して思考を行動に移すこの世界なら可能かもしれない。


 俺が納得していると、シンジが両腕を組み、震えながら必死に冷静を保とうとしていた。


「好き勝手言ってくれるじゃないか。何か証拠でもあるのかい?」


 俺は迷わずこの世界で初めてルナと会った時を思い出す。


「振り駒街でルナを追いかける時、随分と雑な追いかけ方をしていたな。普通に考えてこれだけの人数がいながら街で少女一人捕獲できないなんておかしいだろう? 俺達の行動を呼んで路地で挟み撃ちにできる程度には作戦も組織的行動もできるはずなのに」


 シンジが部下を睨んで舌打ちし、法被の集団はそれぞれ顔を俯けている。


「そ、そうだ! 僕が手を貸したんだよ。詳細を何も知らされずに捕まえたい人物がいるから策戦を立ててくれと。そして内容が気になって追ってみたらあの場面に遭遇したわけだ!」


 辻褄は合っているだろう? と言いたげなドヤ顔が腹立たしい。


 というか……。


「お前、本気で言っているのか? 詳細は何も知らなかったと」


 俺のため息交じりの問いに


「もちろんだ」


 と、まさかの即断。


 まあここまで言ってしまった以上、引き下がれないならハッタリを通しに行くのが筋か。こんなところで将棋のテクニックを応用しないでもらいたい。


 ……徹底的に論破してしまいたくなるじゃないか。


 俺は深く息を飲む。


「ならどうして監視されながらルナを勧誘した? どうしてルナがお前たちの訊きたいような情報を持っていると知っていた? どうして、対局する時にルナではなく俺を指名した?」


 淡々と疑問形で反語を述べる。


「答えは簡単。お前は事前に知っていたんだよ、コイツかお前たちの欲しい情報を持っていることを。必要なら運営に問い合わせて、お前の会話ログでも見せてもらえば証拠には十分だろうな」


 何も知らされていない、なんて無駄に強調しなければよかったものを。とはいえ部分的に知っていたのなら、執拗な勧誘する非常識な集団として知られることとなり、どの道詰みではあった。


 悔しそうにシンジが奥歯を噛みながら言い返してくる。


「運営が個人の会話ログを見せる訳ないと思うがね?」


「飲食店で詐欺にあった、とでも言えばいいんじゃないか?」


 その一言でついにシンジは沈黙した。


 一方でルナが少し不思議そうに訊いてくる。


「ボクを勧誘したかったのは分かったけど……でも今回も断ったよ?」


「ああ。本来ならそこで断られたことで諦めなければならないような拙く杜撰な計画だったが、偶然俺が居合わせたことで首の皮一枚繋がった……いや、むしろ計画が成立してしまったんだ。悪かったな」


「というと?」


 場合によっては俺がいたからこそこの計画を思いついた可能性もあるが、その前後はどうでもいい。これに気付いたからこそ、俺は対局に踏み切ったのだ。


 理解できていないのか、頭の上にクエスチョンマークを並べるルナに俺は極力丁寧に説明した。


「まず、80万Gという巨額を初心者の俺が支払えないことを知りながら請求する、そして勿論支払えないので負債システムが使用可能となる。後は適当に挑発してルナに連帯保証のサインをさせれば準備完了だ。レインが勝てば強制入団で二人の部下を手に入れ、万が一負けても残りのGで強制入団を使えば彼以上の棋力をもつ部下を一人確保できると、どう転んでも確実に利益が得られる計画だった。そうだな?」


 不気味な笑みを浮かべるシンジ。


 オーバーキルだったか?


 いかにもな悪役だが、小物感が溢れ出ていた。


 どうやら計画を詳らかに明るみにされて開き直ったようだ。


「ふふ。今更計画がバレたところで何の支障もない。一度棋士団に加入してしまえば運営といえども3か月は脱退させることが出来ないのがルールだ。そして君は総額80万Gを支払えないだろう。今、棋士団に加入させてしまえば……」


 上機嫌で開き直っているシンジ。


 全ては作戦通りでうまくいったと一挙一動が語っている。


 一方でルナは何か葛藤するように沈んだ表情で俯いている。


 対局では俺が勝ったが勝負では完全にシンジの一人勝ちだ。


 ……なんて思っているのだろうな。


「ルナ、どうして落ち込んでいるんだ?」


 俺はシンジを挑発するためにあえてルナに話しかける。


「だって、ボクのせいでマサが……」


「それなんだがな」


 俺はシンジの方を向くと先ほど確認した自分の所持残額を、淡々と、無慈悲に告げた。


「悪いな。ちょうど手持ちに80万Gある」


「バ、バカな。初心者のお前にそんな額……」


「あっ」


 驚愕するシンジに対して、ルナは何か気づいたようだった。


 俺は証明するようにメインウィンドウを開き通知欄に来ていた負債の項目からゴールドの譲渡を選択した。


「本当にあるのか……」


 受け取り額を確認して憔悴したようにシンジが呟く。


 なぜ、俺がこの金額を持っていたか。


 それは逃走中の路地裏で詰将棋を、宝箱を解いていたからだ。そしてこれに先ほど入手した金額を全て合わせればちょうど80万Gだった。


 あの時はルナの態度に苛立ちもしたが結果からすれば感謝しなければならないだろう。


 この金も運営に報告すれば不正な料金の変動として取り返せるのかもしれないが、どうせ長居しない世界の通貨だ。大して気にすることでもあるまい。


「これで文句はないだろう? もっとも、まだ粘るなら運営を交えて相談してもいいが……」


 出来れば運営とは関わりたくないというのが本音だ。絶対に面倒なことになるから。


 俺の態度に諦めたのか、脅し文句を聞いて諦めたのかは分からない。シンジは最後に俺を睨みつけるとそれ以上は何も言うことなく立ち去った。


「君に指示した人に伝えて。あの子について訊きたければ直接来てってね」


 去り際に注がれたルナの落ち着いた声音が届いていたか、確証はない。

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