第16話 シンジの計算
「負けました」
全ての攻めを受け切られ、頼みの綱の歩を外され、ダメ押しのように俺が自陣に金を打ったのを見届けて負けを悟ったレインが投了した。
将棋で相手の王を取らずに勝つにはどうしたらいいか。
それは相手に投了をさせること。
正確に言うなら、相手の戦意を、心を砕くこと。
レインの言葉と共に[win]という文字が大きく表示される。その下には20万Gを入手しましたと書かれていた。
一人当たりの掛け金が10万Gであったため、どうやら俺とルナの二人分貰えるらしい。
俺が確認のためにメインウィンドウを開いていると、レインは何も言わず立ち去った。対局後は感想戦をするのが普通だが、こちらも別に将棋をしに来たわけではないので好都合だ。
「どこまで行ってもマナー違反な対局だったな」
誰にでもなくそう呟くと、俺は対局場を出た。
それを合図にあれほど見事だった畳や盤駒は数字へ分解されて元通りの芝生にもどる。
その様子を呆然と眺めていると、背後からルナが飛びついてきた。
どこか懐かしい柑橘系の香りがするのだが、この世界には香水とかもあるのだろうか?
「マサ! 信じてたよ」
見るからに嬉しそうなその笑みを横目に俺は呟いた。
「これで詰みだな」
「?」
首を傾げながらも喜び続けるルナの向こうに腕組みをしたシンジが立っていた。彼は眼鏡を押し上げて顔を隠すようにしながら不敵に言う。
「まさかあのレインを倒すなんてね。できればこんな手は使いたくないんだが……」
「まだ何かあるの?」
ルナがうんざりとした声を上げる。
そして、その問いに答えたのは俺だった。
「どうせ、例の借金が残っているとかだろ? いくら二人分とはいえ、賭け将棋の強制対局は10万G相当のCランク。つまり……分かりやすく言うなら庶民価格ではない」
「あっ」
「その通り。その金額はね……」
ルナの小さな叫びに対してシンジが不気味に告げる。未だに残るギャラリーのどよめきがその雰囲気を助長していた。
「一杯40万Gだ。これがシステムの上限値だったが、二人合わせて80万Gとすれば到底初心者の君には払いきれまい?」
「紅茶一杯で40万ってぼったくり過ぎだろ……」
「いやいや、この僕に勧誘されただけで光栄だと思うんだね」
勝ち誇ったシンジに思わずツッコみを入れてしまった。
コイツの価値観は理解に苦しむが、事実としてルナのお陰で倍になった賞金の20万Gと強制対局で消費した5万Gを差し引いても55万G足りない計算になる。
「残念ながらレインが負けたからその金髪の子は諦めてもいい。だが彼を倒せるだけの棋力があれば十分だ。さあ、その少女の入団を賭けてもう一局指すか、それとも君一人だけ入団するか。どっちがいい?」
Aランクの強制入団が使用できる以上、本来なら俺に選択肢はない。が、向こうもルナを入団させるにはもう一度賭け将棋をして『祭り』側が勝つ必要がある。多少のリスクを冒してでもルナを取り込みたいが故の挑発だろう。ジャイアントキリングは二度起きないとも考えていそうだ。
まるで全ては自分の手の上だと、全能者にでもなったかのような素振りで見るからに上機嫌なシンジ。
隣のルナは頬を膨らませながら必死に「自分に構わずもう一局」とか言っているが、俺は将棋が嫌いだということを忘れたのだろうか。
シンジはおそらく、
「仕方ない。入団する……」
「おお!」
「と、言うとでも思っているんだろうな」
その瞬間、文字通りシンジが固まった。
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