第15話 一つ目の勝利(第一局 終盤)
俺は正面のレインの呟きに気付かないほどには集中していた。理由は実に簡単で。
(時間が足りない……)
そもそも将棋になぜ持ち時間があるのかと言えば変化に富む中盤や一つのミスが命取りになる終盤で熟考するためだ。
とはいえ、最初に思考をまとめることなく対局に臨むのとどちらが良かったかと言われれば微妙なところだが。
飛車を切り込まれ、反撃できないのであれば振り飛車としては負けパターンに入るので、やむなく桂馬を跳ねてと金の負担を軽くする。
俺は黙ってと金を作り、相手の次の出方を伺った。
このままではレインが一方的にと金を作られ振りなので☖2四歩と向こうから飛車先を突くことで捌きを狙ってきた。
互いに飛車という剣を突き付けながらも、俺はと金という爆弾を仕掛け、レインは角という狙撃を狙う図だ。
秒読みに急かされながらも、
「ここか?」
と俺は直感的に6六へ角を放った。
レインが唸りつつ苦し紛れに金で受けたのを確認してから2四歩と剣をつきつける。
これは向こうの狙撃を誘うフェイクだ。
レインは迷わず2七歩とこちらの飛車の動きを止めに来るも、☗4八飛車と躱して次は立往生していた銀を狙う、という脅しをかけ、更にはと金を引いて桂馬の攻めを催促する。
こうしてレインの猛攻が始まった。
飛車先の歩を成り捨ててこちらの銀を引かせ、角が出て来る。
急かされながらも桂馬が跳び、こちらが二枚目のと金を作ることと引き換えに金銀を前に繰り出す。
端から見ればレインが好調に攻めているように見えるだろう。
攻めさせられているとも知らずに。
一歩間違えれば瓦解する強烈な攻めを受ける。
躱す。
凌ぐ。
淡々とした作業の合間に、思考は勝手に動いていた。
五年前のあの日以降、まるで償いのように俺は将棋から離れていった。
無意識のうちに、それが自分にできる償いだという考えが定着していた。
だから、俺は、今自分が感じている感情を否定しなければならない。
やはり俺は将棋が嫌いだ。嫌いでなければならないし、恨むだけの理由も十分だ。こんなゲーム大嫌いだ。
盤面ではレインの攻めが勢いを失っていた。
相手に駒を渡さないように気を付けながら徹底して受け重視の戦いを進める。
受けて、受けて、受け続ける。
さっさとこんなゲームは終わらせなければならない。
俺は、将棋が嫌いなのだ。
『それならまた、将棋を好きにしてあげるよ』
ふとそんな少女の声を思い出して俺は自嘲気味に笑った。
そんなことができるなら是非ともお願いしたいものだな。
「負けました」
全ての攻めを受け切られ、頼みの綱の歩を外され、ダメ押しのように俺が自陣に金を打ったのを見届けて負けを悟ったレインが投了した。
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