第13話 君の棋力は?(第一局 序盤)
[1・2……]
俺は怒りを抑え、不快感を無視し覚悟を決める。
そのせいか、思ったよりも強く駒を叩いてしまった。
初手 ☗2六歩。
これは居飛車の宣言だ。これから使う戦法は得意戦法ではないが、最初に覚えた定石だけあって深く記憶に残っている。
レインが強くこちらを睨んできた。まあ、常識的にこれだけ待たせるのはマナー違反だろう。初手に持ち時間を浪費して指すということは「お前なんてろくに考えなくても勝てる」と言っているようなものだ。
まあ昔のプロでも似たようなことをした人がいたそうだから許してほしい。
こうして対局がはじまった。
レインは☖3四歩と時間を使わずに駒を叩きつけた。
あまりにも早い駒の動きは「読む時間は要らないんだろう?」という怒りが滲んでいる。
俺も「ああ。そんなものはいらない」と言うように☗2五歩と速攻で飛車先の歩をさらに前進させた。
レインは☖3三角と飛車先を一度守る。これによりすぐには仕掛けられなくなった。
その後も早指しを維持したまま駒組が続き、こちらが☗3八銀と銀を前進させたところで、レインが☖4二飛車と四間飛車を表明した。
四間飛車は江戸時代から伝わる戦法で、古くから居飛車党が潰そうとしてきたが数々の進化を遂げて常に一定の人気を誇る戦法だ。
有名な例としては対居飛車穴熊に藤井システム、四間飛車から角交換する角交換四間飛車がある。
今回の駒組から考えて、と四間飛車の作戦の種類、定石、対策を思い考慮しつつ作戦負けしない駒組や差し回しを考える。
……のが普通だ。
だが、俺は迷わず駒を掴んだ。俺の駒を動かす手を見てレインは怒りを込めて静かに言った。
「ナメてるのか?」
幾ら拒もうとも、昔将棋を指していた人間として向こうの言い分も理解できる。
そしてこの反応を見た瞬間、勝利条件が揃ったことを確認した。
対局場の外。いつの間にか増えた数十人のギャラリーが六角のパネルに映し出された画面を見つつ感想を寄せている。
WSCではシステム的に防音になっているので助言にはならない。
そんな一角でやや距離を取りつつ対局を観戦する金髪ツインテールの少女と皺ひとつないスーツを着こなす青年。二人の間には非常に険悪な雰囲気が流れ、川の中州のように誰も近づこうとしなかった。
そんな二人は将暉の指した手、☗2七銀を見て声をあげた。
「「棒銀⁉」」
周囲にも騒めきが走った。
序盤の十手程度は棋力に関係なく、最低限の定石を知っていれば誰でも指せる。ただ、それを過ぎると少しずつ戦法の種類に関する知識、定石、対策などから棋力の差が表れるのだ。
四間飛車に対する居飛車の対策は星の数ほどあるが、将暉の選んだ作戦では銀が戦場から取り残される可能性や相手の飛車先に対する抑止力としての能力が低いことからとても有利とは言えない。
つまり、ある程度の棋力のある人物からすれば将暉の手は完全に最低限の形しか知らない雑魚にしか映らなかった。
それと先ほどの会話から将暉が将棋初心者であることを確信したシンジが誇らしげに告げる。
「いやいや、これはあまりにお粗末だね。本当に保証人になって良かったのかい?」
保証人というのは賭け将棋の補助システムであり、同数の同行者が署名することで追加の賭けを行うものだ。今回はシンジの売り言葉に買い言葉対局中の二人と同じ条件を賭けていた。
「ボクはマサを信じてるから。マサなら勝つよ」
ルナは断言こそするも将暉の真意を測り損ねていた。
(人違いだとしても……マサ、宝箱解いてたよね? いくら盤面を進めているとはいえ、ある程度の七手詰めを解くだけの棋力はあるはず。そもそも勘だけで間違えずにそこまで指し進めること自体やや異常だし、絶対に初心者じゃない)
彼女はそれから横でひたすら煽り、喚き立てるシンジをすべて無視して思考に浸っていく。
一方で依然として早指しのまま互いの玉を囲い合う姿がパネルに写った。
おぼつかない様に見える、しかしどこかしっかりとした手つきで指す将暉に対して荒れ狂うレイン。
同等の棋力であれば明らかに冷静な将暉が良く見える態度だが、将暉を初心者と確信している者にとってはうっかりと魔王の逆鱗に触れた村人の如く同情が向けられていた。
レインが一手指すごとに空気が震えた。
「ふふ。今のうちに入団の手続きでも始めるかい?」
すでに勝ちを確信したシンジ。
しかし、ルナはその発言を無視した。シンジはそれを状況に対する焦りと解釈したが、内心は少し異なっていた。
(今日一日、ボク、マサに好感を持たれるようなことしたっけ?)
ルナは今日一日を思い返す。
(案内してあげたのはプラスだけどマサは少し不満だったみたいだし、その……手は取ってもらったけど……そのあとよく分からない奴らに追いかけまわされたし、腹立つヤツの勧誘を長々と聞かされたし。これって総合的に見てマイナスだよね? もしかしてマサ、ボクのこと嫌ってる? それでもって別に負けてもいいとか思ってる⁉)
シンジの予想通り、ルナは焦っていた。だがそれは将暉を怒らせたのではないか、という疑惑故であった。
混乱する少女を置いて無慈悲に盤面は進んでいく。
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