第11話 強制対局
俺は最速で聖稜館へ行く方法を検討したいが、付きまとわれるのも面倒だ。
もう完全に突き放すように、冷たい声音を意識して尋ねる。
「何だ?」
「君たち本当に入らないのかい?」
これが営業スマイルというやつか。まあ、これだけナチュラルに挑発できるのだから営業職に就かない方が世のためだろう。
「君たちの棋力ならすぐにでも戦力になれるから好待遇だし、僕たちもあのお方についての情報を……」
まるでここで引いては後がないように、諦めず説得を掛けてきたシンジが慌てて口を噤んだ。
……何という盛大な自爆。
俺の場合、WSCでの知人はルナだけなので『あのお方』というのを知っているのはルナだろう。だが、先の話もあってか、当の少女からは冷ややかな視線が注がれていた。
やがて、慌てていたシンジは顔に影を落とすと急に高圧的な物言いに切り替える。
「もういい。まどろっこしいことは無しだ。お前、彼と対局しろ。それで彼が勝ったら二人ともうちの団に入ってもらう」
何を言い出すのかと思えば。
いい迷惑だし、こちらが対局するメリットが提示されていない。やはり交渉に不向きな人材のようだ。
それに、お前というのは指をさされている俺のことだろうが彼とは?
そう思った矢先、シンジの後ろから茶髪の少年が現れた。赤いジャケットに青いジーンズ。まるで自分が強者であることを主張するように棘のある眼差しをこちらに向けているが、本当に将棋が強い奴はもっと違うベクトルでオカシイものだ。
俺は旧友を思い返しつつ目の前の威嚇する犬のような少年を無視する。
その一方でシンジの言葉を解釈したルナが眉をひそめた。
「それは賭け将棋で、ということ?」
「そうだ」
ルナの確認にシンジが頷く。
俺もそれに続いて質問をした。
「賭け将棋ってなんだ?」
「……ちょっと説明が難しいんだけどWSCのあらゆるものはA~Dでランク分けされていて、等価と認められたもの同士で色々な形で取引ができるんだ。例えばCランク相当の駒とCランク相当の『称号』とかね」
「なら同じランクの物を持っていないと賭けができないのか?」
「そういう場合にはランクに応じたゴールドで代用できるよ。具体的にはAが50万、Bが10万、Cが5万、Dが1万G以下。例えばさっきのたこ焼きをかけるとDランク扱いになって上限で1万Gまで賭けられる」
……今日回った情報から1G=1円が相場と予想して、1万円のたこ焼きなんて、ろくに味が分からないだろう。そもそも対局中に冷めそうだ。
「で、それが入団と何の関係があるんだ?」
「その賭けの項目にプレイヤーの行動を強制する項目があるの。例えば強制入団させるならAランク相当、とか」
「ということは50万G払えば誰でも強制的に入団させられるのか?」
「ううん。あくまで賭けとか借金の対価として払うだけだから買収したりは出来ないよ」
つまり借金を体で払うってやつだな。健全な意味で……。
俺が理解したことを察したのかシンジが喜々として割り込んで来る。
「君たち、一ついいことを教えてあげよう。先月の大型アップデートによって、賭け将棋でプレイヤーの行動を強制する項目はワンランク下の扱いになった。つまり、強制入団はBランク相当の10万Gで賭けができるんだ!」
要するにAランクの要請内容を対局に限りBランク扱いできるようになったということか。
運営の賭け対局を促す工夫だろう。
だがそれ以前に賭け将棋ではワンランク下がる、ということは……。
「他にプレイヤーの行動を縛るシステムはあるのか?」
「うーん、有名なのは負債かな。文字通り借金すると額に応じたランクの報酬を相手から無条件に得られる。他にも取引とか独自のルールを破れなくする契約とか、いろいろあるけど……」
苦笑いするルナを横目に俺の脳内では様々な可能性が思い浮かぶ。
「では早速始めようか」
すっかり対局を始める気のシンジに対し、俺は冷たい声で言った。
「断る。なぜ俺が将棋をしなければならない」
「相手がレインと知って勝てないから逃げようっていうことかな?」
あからさまに挑発してくるシンジに全駒でもしてやろうかと思うが、そんな安い挑発に乗るほど俺もお人好しではない。俺はさっさとこんな世界から抜け出したいのだ。
よって返答は、
「解釈はご自由に」
という至極簡単なものになる。
俺が立ち去ろうとすると、どこからともなく法被の集団が表れて俺達を取り囲んだ。
勝ち誇ったようにシンジが告げる。
「できればこの手を使いたくなかったんだけどね。あの喫茶店で君たちは僕に負債をしているんだ。よく思い出してごらん? 僕は『君たちはお代を払わなくていい』と言っただけだ」
「そんなの……」
その言葉にルナが慌てだす。
詐欺だ、というのは簡単だが、そう断言できないのが難しい。「こちらのおごり」ではなく「こちらが貸す」という言葉が省略されているのであれば、こちらが早合点しただけなのだ。
ルナがはっとしたように呟く。
「Cランクの強制対局……」
「正解だ。あれは賭けの内容まで全て負債者が決められるからね。分かったかい? 君たちはもう逃げられない」
悔しそうに唇を噛むルナとそれをあざ笑うシンジ。
彼らのやり取りで俺もようやく状況が飲み込めてきた。
おそらくこの世界の値段設定的に喫茶店の飲み物だけでは上限値まで引き上げても強制入団を利用できるほどの負債、具体的には50万G以上を負わせることはできなかったのだろう。
だが、5万Gの負債を利用してCランクの強制対局を行わせる。そしてその対局を賭け将棋のBランク相当に設定し、賭けるものを強制入団とすればこちらの意思を無視して入団を掛けた将棋が成立する。
「まあ支払いは全部その初心者君に付けてあるから君は安心していいよ。そして負債のシステムでランクCの賭け将棋の強制対局を使う。プレイヤー、ショウ。レインと対局しろ」
一瞬『ショウ』という名前が誰のことか分からなかったが、そう言えば俺の正しいユーザーネームだった。
コイツに名乗っただろうかと疑問を覚えたのも束の間、目の前にウィンドウが表れると「賭け将棋、対局申請をします」と表示され、レインと呼ばれた少年へ向かって紙が折鶴になり飛んでいった。
それを受け取ったレインが何か操作すると突如、俺とレインのちょうど中間にあたる空間が数字に化け、気づけば七寸近くある足つきの将棋盤と駒台があった。先ほどまでは草が生い茂っていた場所には金色の畳に紫の座布団が置いてある。
隣にいるルナの手がにわかに震えていた。
「ごめん、ボクが迂闊だったよ」
「気にするな。これが終ったら聖稜館について教えてくれ」
「うん」
ルナの小さな返事を聞き取ると、俺は周囲に法被以外の人が集まりつつあることに気付いた。
「それにしても、ギャラリーが多くないか?」
「そうだね。もともとあまり人が少ない場所だったけど、これだけ騒いでいれば……。それにそのレインって人はこの前の新人戦でベスト8まで残って、それなりに有名だから」
「要するに実力者が対局するから観戦しに来たって訳か」
ルナがこくんと頷く。
一部の視線がルナに向いているのは、気のせいということにしておこう。
それにしても、この弱者に気を使わない、強者が優先されるという価値観が将棋の世界へ踏み込んでしまったことを伝えてくる。
本人の意思を無視した対局にしかり、このプレイヤー達しかり、本当にろくでもない世界に来たものだ。
俺は光を失った川面を眺めつつ、燻る苛立ちを連れて対局場へ向かった。
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