第10話 河川敷の疑問

 ルナに店を連れ出されて歩くこと数分。


 とてもゲームとは思えない、いや、むしろ非現実であるからこそ生み出せる絵画のような河川敷に来ていた。


 眼下に広がる急斜面には緑の芝生が生い茂っており、所々にピンクや白の花が咲いている。


「短気だな」


「別にいいでしょ? 迷惑かけてないし」


「法被に追われた」


「でも紅茶をただで飲めたよ?」


「消費カロリーと摂取カロリーが釣り合わないが?」


「なら、案内代も込みでね」


 そう悪戯っぽく微笑む姿に不本意にも目を奪われてしまう。金を取るつもりだったのか、なんて軽口を言うつもりだったが出てきそうも無かった。


「マサは何で断ろうと思ったの?」


 彼女は前を向いたままでこちらに顔を向けない。


「愚問だな」


「そっか、マサは将棋好きじゃないもんね」


 この一言で理解してもらえるのはありがたいが、後一歩踏み込みが足りない。


「惜しいな。『好きじゃない』ではなく『嫌い』なんだ」


「もう、せっかくオブラートに包んだのに」


「それで包んだつもりなら、中身が出ないようにもう二三重にした方が良いぞ」


 ふふ。という笑い声とともに金色のツインテールが揺れた。


 鏡のように川面がキラキラと輝いている。


「それで訊くがルナは何で断ったんだ?」


「うーん。素直にムカついたっていうのもあるけど、あの人嘘ついてたから」


「……嘘くらい誰だってつくだろう」


「うん。別に人に嘘つくくらいは良いと思うよ。でも、自分に嘘は良くない」


 急に哲学っぽくなったな。


「あのシンジという男が自分に嘘をついていたと?」


「たぶんそう。なんとなくだけど、なんで自分がこんな事、っていう感じがしたから」


「積極的だったように思うが?」


「見張られていたとか? 証拠はないけど」


 ……証拠がない、と言うことはあれに気付かずに俺と同じ結論に至ったのか。

短気というより、感情の変化に機敏なのかもしれない。


 何となく詫びるつもりで、俺はあの場で見たものを伝えた。


「入口、食器棚、机、天井の一角。少なくともこの4点に監視カメラらしきアイテムが設置されていた」


「そうなの⁉ 気づいてたなら教えてよ!」


 その反応に満足しつつも膨れるルナを宥める。


 ただ、勧誘を断った理由はこれだけでは無いはずだ。なぜなら、彼女はすでに一度断っているのだから。


 何か裏があるな。


 容姿も挙動も可愛らしい。性格にやや難ありだが天然とかお転婆くらいに表現すれば彼女に惚れ込む男なんて腐るほどいるだろう。


 しかし、それと本人が信用できる人物かどうかは別問題だ。


 自分が利用されているなどとは思っていないし、利用されていても目的が達成できるなら構わない。だが、初対面の会話といい、人違いにも関わらず行動を共にしている点といい、明らかに何か隠している。


 そして利用されることに問題は無くとも、何か重要なことを隠している人物を信用できるほど俺は善人では無かった。


 故に問う。まずは外堀から。


「ルナは棋士団に入らないのか? 将棋を指すなら入団した方が都合良く思えるが」


 するとルナは何故か微笑み、明るく聞こえる声で言った。


「大丈夫。ボク、将棋指せないから」


 その言葉に俺は沈黙するしかない。


 ルールが分からないという訳では無いだろう。それは詰将棋を解けている時点でダウトだ。ならば将棋指せないとはいったい……?


 事実と矛盾したように思える発言を脳内で解析していると、ふと核心へ触れる一手を見つけた。


「……なら、お前は何を求めてWSCにいるんだ?」


「はは。マサ、顔が怖いよ?」


 本当にそう思うならそんな軽口は言えないと思うがな。


 俺は表情を変えることなく沈黙を持って先を促す。


「ならさ、マサはなんでWSCに来たの? 将棋嫌いなんでしょ?」


 疑問に疑問で返すのはよろしくないと思うが、比較的デリケートな質問をしている自覚もある。元々聖稜館については話す予定だったこともあり、こちらが先に話すのに問題はなかった。


 軽く息を吐くと、ここへ来た経緯を手短に説明した。


「昔世話になった人がWSCにいて、俺に見せたいものがあるそうだ。将棋は嫌いだからできれば断りたいんだが、返信をしても音沙汰ないし他に連絡手段もない。かといって恩人だから無下にもできない。だから諦めてここに来た」


 来ないで済む努力はしたのだ。


 将棋なんて二度と関わりたくなかった。


 できるならメールなんて気づかなかったことにして、今までのダラダラとした生活に戻りたい。


 だがそれでも、やはりあの人を無視はできなかった。


「……マサもボクと似た感じなんだね。それで、その人には会えたの?」


「……今日一日お前と一緒にいただろうが」


 俺が呆れながらそう言うと、ルナは頬を赤らめてそっぽを向いてしまう。


 なんとなくその仕草を直視できず話を続けた。


「その人に会うためには聖稜館という場所に行かないといけなくてだな……」


「聖稜館⁉」


 その単語を聞いた瞬間、ルナはビクッと肩を震わせてこちらを見た。


 この反応は当たりだ。ようやく聖稜館について知っている人物と出会えたことに安堵する。そして聖稜館についての手がかりが得られる以上、ルナの目的について完全に興味が無くなった。


 しかしながら、聖稜館について詳しく訊こうと思ったところでその如何にも三下な男の声が邪魔をする。


「二人とも、待ってくれ!」


 残念ながらこの話はもう少し後になりそうだった。

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