第9話 棋士団勧誘

 案内されたのは同じエリアの喫茶店だった。


 俺達はテーブルを挟んでルナと青年が向き合うように、俺はルナの隣に座っている。なお、法被達はあの後すぐに散っていった。まるで事前に示し合わせていたかのように。


 喫茶店の中は間接照明のみでやや薄暗く、それが店の渋さを出していた。


 ここはNPCの運営する『ショップ』ではなくプレイヤーが営むプライベートエリア(運営に一定額を支払って借り受ける空間らしい)を利用した『店舗』で、注文するとマスターが飲み物を淹れてくれる喫茶店だった。


 メニューを見ることも無く、ここへ連れてきた人物が問うてくる。


「君たちはコーヒーと紅茶どっちが好み?」


「「紅茶で」」


 無駄に言葉が重なった。


 ルナが意外そうにこちらを見ているが、男子は皆コーヒーが好きとでも思っているのだろうか?


 まあ、確かに苦いコーヒーを無理して飲んでいた時期もあったが……。そんな幼さは卒業した。


 やがてコーヒーと紅茶が二つ、マスターから受け取ったNPCによって運ばれてくる。


「君たちは払わなくていいよ」


 目の前の青年が張り付けたような笑顔で告げた。


 今は深く考えるまい。


 まず、各々が一口ずつ飲んだ。


 口の中に広がるダージリンの風味とミルクの滑らかな口当たりに砂糖のさっぱりとした甘さ。やはり、ここがゲームの世界であることを忘れそうになる。


 全員がカップを置くのを合図に青年が口火を切った。


「では、改めまして。僕の名前はシンジ。棋士団『祭り』の幹部をしています」


 礼儀正しい言葉使いと固い態度から何となく気を抜けない相手だ、という雰囲気を出そうと頑張っているのは伝わってくる。ただ、妙に視線が店内を泳いでいるので、緊張どころか向こうの企みまで透けていた。


 シンジが無難な話題から入る。


「今日はいい天気ですね」

「そうだね」

「そうだな」


 会話終了。いや、天気の話題はありきたり過ぎるだろう。そもそもこの世界の天気は日によって変わるのだろうか?


 シンジは諦めずに第二ラウンドを始めた。


「お二人はどういう関係で?」

「か、彼氏……」

「知り合い」


「「「……」」」


 三人の中で沈黙が下りた。


 ……温度差が酷い。天気は良くても局所的に真冬日のようだ。ルナはナンパ防止に俺を利用する感覚なのかもしれないが、せめて事前に打ち合わせていただきたい。そもそも、そんなに顔を朱く染めるなら言わなければいいだろうに。


 そもそも、俺はこんなくだらないことに付き合っている暇はないのだ。


 シンジまでもが修羅場に遭遇したような気まずそうな顔をしているので、俺はコホンと咳払いすると単刀直入に言った。


「要件は?」


 向こうもこの前振りを面倒に思っていたのだろうが、直接的な質問にため息を付く素振りもなく白々しい言葉が出てきた。


「いや、僕の部下たちが申し訳なかったよ。それで、お詫びと言っては何だけどボク達の棋士団、『祭り』に特別に入団条件を無視して招待しよう!」


 ……開いた口が塞がらないとはこのことだろう。


 棋士団というのはこの世界におけるギルドやチームみたいなものだ。


 ルナが勧誘を拒否して揉めたのを知らないのか、知っていながらも勧誘したい、またはしなければならない理由があるのか。


 本人なりに反省していたのか、ルナが両手を前にしつつ言葉を選ぼうとする


「えっと」


「いやいや、お礼なんていいんだ。謝罪の一環なんだから」


 が、ルナの話を遮る様にシンジが爆弾を投下した。


 シンジの本心は不明だが、ルナが目に見えて不機嫌になったということは分かる。


 先ほど過度な勧誘に釘を刺したばかりなのに、この短時間でこんなことを言われたら腹が立つのも仕方なかろう。


 そしてそんなひびの入った空気にシンジがトドメを刺した。


「ただ、棋士団に入るついでにについて話を……」


「ボク達は入らないから。行くよ、マサ」


 我慢の限界だったのか、そう冷たく言い放って立ち上がるとルナは足早に出口へと向かった。


 ここに残る義理はない。無論、俺も後を追う。


「ご馳走様」


 振り向きざま視界に入った、残されたシンジの驚愕に満ちた顔が印象的だった。

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