第3話 聖稜館を探して
街の施設は多岐に渡っていた。
対局場や観戦解説場、盤駒の専門店やログアウト用の宿屋についてその存在に不思議はないが、飲食店に洋服や化粧品を扱う店、どこで調理するのか普通に野菜を売っている八百屋、誰がかかるのかAIによる簡易病院まである。他にも詰将棋の買い取り専門店や張り紙のある掲示板、バイト募集の張り紙など、この世界を構成するあらゆる物に意味があり、意味不明であった。
ふと何かにつまずいて転びそうになり、足元を見ればその存在を主張するように将棋の駒が描かれたマンホールがあった。
溜息をついて、歩みを速める。
やはり、ここは俺のいる場所ではないようだ。
「聖稜館? どこかのお屋敷?」
「美味しそうだね」
「知らないなあ。そんなことより対局しない?」
……本当に来る場所を間違えたかもしれない。
一時間ほどこのエリアを訊き回ったが希望的観測とは裏腹に、誰も聖稜館について知らなかった。町を歩くNPCや交番、プレイヤーにまで訊いたが全て外れである。
なお、俺の切実な質問を「そんなこと」とバッサリ切り捨てたのは交番のNPCだった。彼には是非本業の方を頑張っていただきたい。
現状で残る希望としては初心者の多いエリアのため、情報が限られているという線だろう。
そう状況整理をしながら歩いていると妙な人だかりに遭遇した。妙と思った根拠は二点。虫のように道脇の木に集まっていることと、雪のように静かなこと。その場の全員が食い入るように木を見ているが、静かな集団ほど違和感のあるものは無い。
「なんだ、アレ?」
「ああ、あれはトレジャー詰将棋だね。通称、「宝箱」って呼ばれてるよ」
俺は何となくボヤいただけだ。無論、返事を期待してのことではないので驚きのあまり変な声が出かけたのも仕方ないだろう。
振り向くと、そこには高校生くらいの少女が立っていた。金色の長い髪をツインテールで結んでおり、その整った顔立ちは美少女という世俗な表現では不十分だろう。空色のシャツにベストを羽織り、藍色のスカートでシックにまとめ上げている。しかしながら服装とは矛盾して、その碧い瞳にはどこか活発さが覗いていた。
俺が半ば見惚れていたことには気付かず、この沈黙を追加の説明要求と捕らえた少女はコホンと軽く咳払いしてから丁寧に解説を続けた。
「トレジャー詰将棋は文字通り財宝のような詰将棋。時間も場所もランダムで設定されているかわりに報酬が非常に大きいのがポイントなんだ。ただし一人しか正解できないからみんな真剣なわけ」
楽しげに説明するその姿はそれこそ宝箱でも見つけたように喜んでいるように見える。
しかしながら相槌を打っている暇は無かった。
「いたぞ。こっちだ!」
少女の後方から複数の人陰が走ってきている。その数は6。白いワイシャツに青い法被という統一された姿から江戸時代の大衆が連想された。
その声にビクッと肩を震わせる金髪の少女。おまけに小さくため息をついているのだから状況を理解するには十分だ。
俺が察したことを察したのか、少女は早口で告げた。
「あれは二十三手だし、リハビリにはちょっと不向きかもね。ボクは一回撒いてくるから。またね!」
そう言い終えるが早いか少女は颯爽と去っていく。標識によればこの先にエリア移動のスポットがあるらしい。
『リハビリ』に『またね』か。
実際将棋を指すのは五年ぶりなので『リハビリ』という表現は正しいのだが、面識がないのでどうやら人違いだろう。それに有益な情報が手に入った。
礼を言い損ねたな。そう思った時、追手の男達がまさに目の前を通り過ぎようとしていた。
まあアレだ。君子危うきに近寄らずというやつだ。向こうの勘違いで話しかけてきただけとはいえ、あの少女は間違いなく危うきに該当すると本能が告げていた。
だから俺は片足を男の前に出す。
危うきが物理的に遠くなるのだから極めて紳士的な振る舞いに違いない。
ついでに1割くらいは先の礼を込めて。
そしてものの見事に、盛大に、先頭を走っていた男が転んだ。
更に続く二人目もそれに躓いて倒れる。
驚いた仲間たちが駆け寄ってきた。
「お前、何をする!」
「ああ、すいません。先程マンホールで躓いたのでプレイヤーの接触判定について実験してみました。普通に転ぶんですね」
「当たり前だ! この世界はアマテラス様によって……いや、いい。初心者のようだから今回は見逃してやるが、次から気を付けるんだぞ」
思ったよりも冷静な対応で悪意もない。
男達はゆっくりと立ち上がると少女の後を追って走り出した。
まるで追うという事実が目的の様に。
それにしても現在追走している人数に加えて、叫び声から別に仲間がいるとすれば十人近くに追われている計算になる。
「いったい何をやったんだ……?」
活発な印象を受けた、とはいえそんな大勢を敵に回す機会などあるのだろうか。ここが異世界ならお転婆なお嬢様を追う使用人……みたいな妄想をしてみたが所詮はゲーム。やはり何かやらかして敵対しているのだろう。
「それにしても一人称が『ボク』か」
嵐のような少女を見送りながら、そんなどうでもいいことしか思い浮かばなかった。
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