笑っていて
「常に笑顔を忘れるな」
死んだ父がいつも言ってた言葉。
僕にはこの言葉の意味が良くわからない。もし、息子に一つ何か教えを与えるとしたら、果たして僕はこの言葉を選ぶだろうか。でも僕は、高校生2年になった今でもよくこの言葉を思い出して人と接するときはなるべく笑顔に努めている。でも笑顔というのは不思議なもので、別に僕が笑顔を向けられてるわけでもないのに心に余裕ができたり色々我慢できたりする。
「なあ、佐々木放課後本屋行かね?」
「うん、もちろん。新刊楽しみだね」
笑顔が影響してるかどうかは分からないけど、交友関係は今の所男女ともに良い人たちと仲良くできてる。笑顔でいて特に困ったことは今まで無い。だから取り敢えず僕は、今日も笑い続ける。
「あ、やべ。俺今日予備校だったわ。悪い佐々木、俺これ買って帰るわ。じゃあな」
「全然良いよー。また明日」
彼はお目当てのものを買って走って行った。僕も帰っても良いけど、せっかくだから何か物色しようかな。彼と同じラノベを持って小説コーナーに向かうと、女子が一人いた。同年代くらいに見えるけど私服だったから、大学生かなと思っていると、話しかけてきた。
「あ、あの、その本ってどこにありましたか?」
彼女は僕の手に持っている本を指差していった。
「これはラノベなのでラノベコーナーにありますよ」
「らのべ?」
ラノベを知らないということは広告とかで偶然見た感じだろうか。
「よかったら案内しますよ」
「あ、本当ですか?ありがとうございます!」
彼女は、ぱぁっと顔を輝かせた。簡単な人助けでこんなに喜ばれると、こっちも何だか嬉しくなってくる。
「僕が持ってるのは18巻で、まだ読んだことないなら1巻はこれです」
「ありがとうございます!」
それから僕たちは会話が弾んで、30分程話し込んでしまった。
「あ、ごめんなさい。時間大丈夫ですか?」
「全然大丈夫ですよ」
「あの、嫌だったら全然良いんですけど、家途中まで着いて来てくれませんか?」
一瞬戸惑ったけれど、女性一人は不安だから着いて来てくれということだろうか。彼女は話していて楽しかったし、従うことにした。
「あの、制服、清条高校ですよね?」
「え、うん。そうですけど…」
「実は私もなんです」
「え?でもさっき同い年って」
「聞いたことないですか?西園寺結花って」
「あ、確か」
僕の言葉を遮るように彼女は続けた。
「そうです。病気で学校行けてないんですけど。」
だから今向かってるのは病院です、と彼女は言った。突然だったから僕は何か気の利いたことも何も言えなかった。
「私最近調子良くて、1日だけ外出許可もらって。それで本屋に行ったら同じ高校の君がいたから声かけちゃって。」
「そう、なんだ」
「私引っ越しで高校入ったから友達もいないし普段退屈で、仲良くなれるかもって声かけちゃった。ほんとはあのラノベも知らないの。ごめん」
「…謝んないでいいよ。今日西園寺さんと話してて楽しかったし、もしよかったらこれからも仲良くしたい。病院まで送ってくよ」
「本当?ありがとう…」
その日は彼女とラインを交換して、部屋を覚えてお見舞いに行くことを約束した。
それから一年くらい経った。僕も彼女も三年生になった。僕は毎日とはいかないものの、週四、五くらいのペースで彼女の元に通った。彼女との会話は楽しかった。大抵は僕が学校であったことを話したり、同じ本を読んで感想を言い合ったり。僕は父の言葉がなくとも彼女の前では自然と笑顔で、幸せだった。看護師さん達もイジってくるし、二人ともお互いが好意を抱いてることは大体察していた。でも伝えれば幸せな関係のバランスが崩れてしまいそうで、それはしなかった。
「佐々木くんって将来何したいとかあるの?」
「はっきりとは定まってないなー。大学は工学系のところ目指してるけど」
「そうなんだ…」
彼女の様子がおかしい。いつもよりテンションが低い気がする。
「どうしたの?調子悪いなら帰るし、看護師さん呼ぶ?」
「ち、違うの。そうじゃなくて、私小説家になりたいんだ。」
「そうなんだ…いいじゃん!きっとなれるよ。今書いてたりしてるの?」
「う、うん。まあね…」
「完成したら読みたい。っていうか今すぐ読みたいなー」
「そ、それはだめ!完成したら読ませてあげる…かもしれない…」
「楽しみにしてるね」
「ありがとう…でね、言いたいのはそうじゃなくて。私、高校行けてないけど勉強は自分なりに頑張ってるし、大学の判定も良くはないけど順調に来てる。」
「……」
ぎこちない会話に、何だか悪い予感がした。そんな僕の表情を見て察したのかもしれないし、元から言う事は決まってたのかもしれない。
「私、今週末手術するんだ。今まで黙っててごめん。って言っても決まったのは最近なんだけど。病気の方が最近良くないんだって。難しい手術なんだって」
「そんな…」
「気付いてると思うけど」
そう前置きした彼女はポツリと呟くように、小さな声で感情を乗せないようにしたんだと思う。
「私、佐々木くんのことが好き…っ」
彼女の声は震えていたけど、言葉を続けた。
「私病気で体弱いけど、迷惑かけないから、絶対手術成功して生きるから。その時は私と一緒に生きて欲しい」
ああ、強いなあ。僕は涙を堪えた。彼女は夢と決意を僕に示したんだ。失敗した時のことを言うつもりはないのだろう。本当は不安と恐怖に沈みそうなのに、必死で前を見ているのだろう。ここで僕が泣いてしまったら彼女の覚悟が無駄になってしまうから。僕は何とかして笑顔を作った。彼女を安心させたくて、僕にはこれしかできないから。思わず彼女の手を握った。彼女に触れるのは初めてだった。細くて白い、綺麗な手はひんやりとしていた。
「うん。絶対成功する、一緒に生きよう」
情けないことに僕の手は震えを抑えられなかったけど、彼女は僕の手を握り返してこう言った。
「佐々木くんがいつも笑ってくれる顔が好き。今も安心させてくれてるんだよね。ありがと」
それは僕なんかよりもとびきりの笑顔で、勝てないな、と心のどこかで思ったのを覚えている。
いつもなら時間的に来ていた筈の看護師さんが病室の外、ドアの隣にいて、
「よくやったわ。ありがとう」
と言われた。ついでに、辛いだろうけど彼女の容体が悪いから手術が終わるまで面会は禁止、今日は特別だった、とも。その後、気付いたら僕は家にいて、お風呂にも入らず眠った。翌日は確か日曜日で、いつもより少しだけ遅く起きた僕は本屋に向かった。僕は地元の国立大学の医学部医学科と表紙に書かれた赤い本を買った。こんなことしても何も意味はない。でもどこか宙に浮いて落ち着かない僕は、そうでもしないとやってられなかった。
結果から言ってしまえば、彼女の手術は成功した。もちろん実際に手術をしたのは医者であって彼女ではない。でも、彼女が手術を受け入れたこと、生きることを諦めようとしなかった強さは、それらは確実に彼女を生かしたのだと思う。
二人で泣きに泣いた後、何だか恥ずかしくなったけれどこれからのことについて話した。医者になりたいということ、これから勉強でこれまでのようには会いには行けないということ。彼女には、
「何でいきなり医者なのー?」
って揶揄われた。
彼女は手術翌日に、丁寧に印刷してまとめてある小説を読ませてくれた。女の子が偶然会った男の子に恋をして、でも彼女は病気で、最後男の子が一人残されてしまうという話。男の子は女の子のことは忘れてしまって、最後幸せになる。女の子目線で書いてあるから救いようがなくて、最後は読んでいて苦しかった。何より女の子が死んでしまうという結末は彼女の恐れていた手術失敗であって、色々言いたいことがあって顔を上げた僕に彼女はこういった。
「読んでて分かったと思うけど、それは佐々木くんと私を元にした話だよ。絶対成功するって言ったけどそんなの分かんないしね、一応遺しておきたかった。知って欲しかった。もし私がこの女の子なら、男の子が私のことを忘れて幸せになってくれるんだったら、それが私の幸せだって」
僕は異議を唱えた。幸せなんて描写無いから、こんなの読まされたらたまったものじゃないと。そしたら彼女は少し驚いた顔をして言う、
「でも、君なら最初に戻って題名見れば分かると思うよ。私の願うことはそれだけだから」
僕は紙の束を渡された時の状態に戻した。
そこにはこう書いてあった。
『笑っていて』
______________
あとがき
ここまで読んで下さった方はありがとうございます…!
よくある感じの内容だったかもしれませんが、如何でしたでしょうか。
常に笑えと父親に呪いとも言える“祈り”を与えられた主人公ですが、“祈り”は続けることによって少しずつ伝播していきます。祈りに優劣はありませんが、今回のように人に見えやすいと影響を与えやすいのかもしれません。何だよ祈りって、という方が大半だと思いますがつまりそういうことです(?)。
まだ書いてませんが、次回も是非読んでくれると嬉しいです。アドバイス等ありましたら優しくコメントして頂けると幸いです。では!
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