第22話 外堀を埋める作戦

ナタリーが伝授したのは、外堀を埋める作戦。


ついにルイスはメリンダと直接話をする機会をつかんだ。


それは、とある侯爵夫人が催したパーティの席上だった。





「メリンダ、許して欲しい」


メリンダはなんとも言えない目つきで、ルイスを見ずにはいられなかった。


騙された気がする。



だって、今日は仮面舞踏会。


そうは言っても、もちろんお遊び。


なぜなら、招待状がある者しか出席出来ないし、出欠は侯爵夫人が把握している。


社交界に出入りしている者なら、どんな仮面をつけていても、出席者が誰だか大体わかる。侯爵夫人が呼びそうな人以外の出席はない。市庁舎主催のパーティなどでは無いのだから。


メリンダだって、ちゃんとわかっていた。ちょっと変わった趣向だなとは思っていたが、いつも同じではつまらないという侯爵夫人の気の利いた遊びなのだろう。


そして、誰だか見当がつかない男から誘われた。


侯爵夫人の知り合いなら、人選は間違いない。妙なことをする人物は混ざっていないはずだ。それに一人ではなかった。仮面をつけていても、どうやら侯爵本人らしい年配の男性も一緒になって話しかけてきたので、子爵の娘のメリンダは、一生懸命返事した。


「とても綺麗だ。色のセンスが抜群だ」


年配の男性はひとしきりメリンダをほめて、彼女を赤くさせた。


「仮面舞踏会はいいね! 私も妻が……ゴホンッ……仮面舞踏会なんか風紀の面で問題があるんじゃないかと開催を……うっ……参加を躊躇ためらっていたのだけれど、気楽に、身分だの考えないで話せて楽しい」


侯爵本人とバレバレである。


「楽しんでいらっしゃるのなら、何よりでございますわ」


確かに子爵家の娘と侯爵本人が直接しゃべることなど、普通のパーティだと難しいかもしれない。


黙って子爵の横に立っている男は、さっきから気になっていたが、全然誰だかわからなかった。


ルイスかなとも疑ったのだが、光沢のあるベルベット使いの服と言い、手袋と言い、派手な格好は、基本的にルイスの趣味ではなかったし、何より身長が違った。


ルイスよりずっと背が高かった。これは別人だ。誰だろう?


「では、若い方同士で話を楽しむといい。私は、侯爵夫人に挨拶してくるからね」



残された派手な格好の男は、ちょっと周りを見回し、人の邪魔にならないよう少し後ろに下がろうといった身振りをした。


これに騙された。


一緒に下がったところを、どうしてかバランスを失い、なぜか本当にちょうどいい場所に置いてあったソファにドスンと座り込む格好になった。


男も一緒に座り込んだ。


しかも、そのソファは、とても深かった。


高いヒールを履いていて、しかも重いドレスを着ている彼女が、一人では立ち上がれないほどに。


隣の男が、ちょっとだけ仮面をずらした。


メリンダは、生まれて初めて、ドキンとした。



ルイスだった。



ルイスが整った顔立ちをしていることは分かっていた。


だけど、ずっと幼い頃からよく知っているので、知ってい過ぎて、意識したことがなかった。


他人だと思って見て、人相を見た。


とてもきれいな顔立ちだった。


美しい顔だと思ったけれど、そこにドキンとさせられたわけではなくて、至近距離から見つめる目に射抜かれた。



「お願いだから、許して欲しい。そして言わせてくれ」


「ダメです」


メリンダは立ちあがろうとしたが、うまく立ち上がれなかった。


貴婦人にあるまじき格好で、足をうんと引いて踏ん張らないと、このソファからは立ち上がれない。


メリンダはプンスカした。ルイスは幼馴染だ。こうなってしまっては別に遠慮も何もない。


「手伝って、立たせて」


「無理だ」


「どうして」


「僕もヒールをいているからだ。立てない」


メリンダはつくづくルイスを眺めた。


なるほど、それでだまされたわけか。




「そんなにジョナスが好きなの?」


「え?」


「いや、ジョナスでも、誰でも、好きな人がいるの? ……男として」


ジョナスのことは気に入っていた。だって、彼は誕生日のプレゼントも欠かさないし、デートをすっぽかしたりしない。


「そんなことで……。それさえできたら誰でもいいの?」


それが全くできなかった男に言われたくない。


ジョナスは優しいし、気を遣ってくれる。メリンダの希望をそれとなく察してくれて、尊重してくれるのだ。


「それに常識的だわ。街で買い物する時だって、アドバイスしてくれるし、買ってくれるかどうかも判断してくれる……」


「メリンダ、お願いだから、僕を試してくれないか? それをちゃんと出来るかどうか。十分反省した。もう一度だけチャンスが欲しい」


「ダメです。私は、あなたと婚約破棄してジョナスと付き合っている。それは浮気です」


「君は厳しいんだな、メリンダ。ジョナスは婚約者ではないんだよ? それともジョナスと婚約するつもりなのか?」


ルイスは、ゆっくり自分の仮面を取った。


それから、メリンダの顔に手を伸ばした。


「やめて。何をするの?」


ルイスはメリンダの顔から仮面を外した。そのまま、メリンダを見つめた。


「答えて。ジョナスと婚約するつもり?」


メリンダは息をのんだ。雰囲気が知っているルイスと違う。


「婚約は、家同士の問題よ? 私たちの一存で決められるわけじゃないわ」


「では質問を変えよう。メリンダはジョナスとの婚約を進めたい?」


即答できなかった。


「一度だけチャンスをください。それくらい許されるでしょう?」


答えないメリンダにルイスは言葉を重ねた。


「一緒にいることが当たり前になりすぎた。メリンダに甘えていた。ダンスパーティの相手を俺以外の男が務めるとわかった時はムカムカした。この気持ちはなんだろうと気がついた時はもう遅かった。バカだった」


メリンダは黙っていた。


相手の言うことは、多分真実だ。ルイスは嘘をつく男じゃない。それに、嘘をついてもメリンダにはすぐわかる。


「ジョナスより、俺の方が君を好きだ。メリンダが喜ぶならなんでもする」


「何もしてくれなかったじゃないの」


メリンダは思わず文句を言った。


「今は違うんだよ。メリンダと他のものは別なんだ。俺にもわかったんだ」


ルイスはもっと説明したいらしかったが、うまくいかないらしい。



だが、突然、言いだした。


「もし、チャンスをくれたら、このソファから起こして差し上げます。でなければキスしますよ?」


「え?」


みんなが見ているじゃない?こんなところで?


「みんなが見ている。仮面を外したのだもの、メリンダ嬢と俺が仲睦まじく、ここに長い間座っているのを見た人が大勢います。チャンスをくれないと、時間がもっと経ちますよ? 俺があなたに惚れきっているのは誰もが知っている。俺の口説きをあなたが喜んで聞いていると思うでしょう」


なんて卑怯な。メリンダは怒った……けれど、どう言うわけだか、本気で怒る気になれなかった。


「あの、恥ずかしいので、ここから出して?」


状況にやっと気が回ったメリンダが囁いた。


ルイスが満足げに微笑んだ。


「約束してくれますね?」

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