第23話 真の策士は夫人たち
これは、メリンダの母の子爵夫人と、親友の侯爵夫人の仕掛けたワナだった。
深くて、ドレスの女性が一人では立てないソファを用意したのも、仮面舞踏会を企画したのも侯爵夫人だった。
「ルイスが可哀想よ」
豪華な羽の扇で顔をあおぎながら、侯爵夫人がソファに沈み込んだメリンダを見て言った。
動けないらしい。
ちょうどいいわ。
「メリンダったら、いつまで意地を張っているつもりなのかしら」
大きく頷きながら、子爵夫人が同意した。
「好き過ぎてルイスに文句言えなかったくせに」
「そうよ。でも、言えないものよ。特にルイスは推し活に夢中で、メリンダの話を聞いてくれたかどうか。聞いてくれても、ちゃんと理解できなかったと思うわ。悪いのはルイスよ。メリンダがかわいそうだったわ。あのままでは、婚約破棄しないわけにはいかなかったと思うわ」
侯爵夫人が言った。
子爵夫人もわかっていた。子爵はカンカンに怒ってしまって、即時の婚約破棄と公爵家への損害賠償を言い出したが、損害賠償を保留させ、婚約破棄だけに
損害賠償になってしまったら、口約束だけの婚約と異なり、両家の間には決定的な
復縁など全く不可能になる。
少しだけ様子を見ましょうと子爵夫人は夫に言ったのだ。婚約破棄して、白紙に戻った後、ルイスとメリンダがどうするか。
全く変化がないなら、そのまま婚約は無かったことにすればいいだけ。
「そうですわ。メリンダはルイスのことが大好きでしたもの」
侯爵夫人は子爵夫人と仲が良かった。
ルイスの七転八倒は、リアルタイムで侯爵夫人の耳に入り、彼女は興味
「ルイスもね。今となっては、メリンダよりルイスの方が、気持ちは大きかったらしいわね。本人には良く自分の気持ちがわかっていなかったんでしょうね。でも、これで一件落着よね」
「ええ。もちろん、ルイスの努力が一番大きかったですけどね」
なんだか、変な方向に走ってしまったルイスの暴走には笑わせてもらったが。ただ、あれが無かったら誰も許してくれなかったと思う。
「ダンスパーティのエスコートもしないルイスは最低の男よ。反省してくれてよかったわ」
侯爵夫人は扇越しに、メリンダに熱心に話しかけている若い男を見た。ちょっと、近すぎるわ。メリンダがのけぞっているように見える。
「だけど、必死に挽回しましたからね」
それから、侯爵夫人はプッと思い出し笑いをした。メリンダに付きまとっていたルイスの悲壮な顔を思い出したのである。
「ちょっとかわいかったわ」
女性用に見えなくもないビロードの上着とハイヒールの男性用靴と手袋をルイスに貸し付けたのは、侯爵夫人だった。どこから借りてきたのかしら? まさか侯爵が?
メリンダの母は純粋に疑問だったが、なんだか楽しそうにパーティ会場のあちこちで哄笑している侯爵を見ると、何も言えなかった。とても人の良さそうな人物だ。
夜になると豹変するとか?
「知り合いの役者さんに借りましたのよ」
「……安心しましたわ……」
余計なことを考えてしまった。
ルイスはチャンスをモノにした。
次のデートの約束を取り付けたし、そのデートの時、やっと好きだったという一言をもぎ取った。
「婚約していた時は、よ」
メリンダは真っ赤になって言い訳した。
ルイスは天にも昇る心地だったが、過去の話だとメリンダに言われて、ここは口説く場面だと意を決した。言わなければ伝わらない。
もう、十分なんだけど。メリンダは思った。
「俺が悪かった。本当にすまなかった。許してもらえると思ってはいないけど、俺はメリンダがいないと生きていけない。メリンダが俺をどう思おうと、愛してるんだ」
そして、一拍置いて哀願した。
「婚約を戻して欲しい」
だからと言って簡単に婚約を元に戻せるわけではない。特に難関は子爵だった。
「五年は、様子を見させてもらう。そのほかに公爵領の健全で円滑な運営と、自己の就職なりの身の振り方から判断させてもらう」
「あなた、五年も経ったら、メリンダは婚期を逃してしまいますわ」
「かまわん。その間に別な男と結婚すれば良いだろう」
事実上の拒否である。
男親はダメである。話が通じない。
「あなたも話が通じませんでしたよ? ルイス」
ここへきて、子爵夫人からまで、やんわりとなじられた。
だが、紆余曲折を経て、学園卒業前にはどうにかこうにか話をまとめることができた。
「ルイスはだいぶんまともになったな。割と口は立つ。元々領地や利害関係の話になると、一瞬でポイントを理解する。そこは結構だと思う」
渋々、子爵も認めるようになったが、子爵夫人は肩をすくめたくなった。
メリンダの前では、全然だめなのだ。いまだにデロデロで、うまく喋れていない。
いつかの王女殿下の結婚の時と同じように、推し活は解散になった。
だって、ルイスの恋が見事に実ったのだから。
それはそれで、一同満足だった。
楽しい恋物語だった。
ちょっとおもろすぎたけれど。
「そして、どうして、元の
メリンダが怒って恋人に怒鳴った。
彼は……ルイスは念を入れて衣装を選んだり、茶会やダンスパーティで気取って黙って立っているだけなどというイケメンな真似をやめてしまったのだ。
「君が選んだモノだったら、なんでも着ていくよ」
自分の美貌にさっぱり関心がない。
「男前の無駄遣い」
メリンダは呟いた。
黙って立っていればイケメンなだけで済むものを、ルイスは笑って喋って、女性がくると怖そうにメリンダの後ろに隠れた。
「あれが地なのよ」
忌々しそうにメリンダが言った。
ただ、前と一つだけ違う点は……ルイスは愛するメリンダのことを決して忘れなくなったことだ。
愛していさえすれば、伝わるわけじゃない。
「愛するメリンダ、君の月誕生日だ」
「月誕生日?」
「君が生まれた日のこと。毎月、プレゼントを贈ることにしたんだ」
「いや、そんなにしてまで愛情表現しなくてもいいから」
「ダメだ。一度、足りなくて失敗して捨てられた」
捨てた立場としては、言い返せない。何か少し違うような気もするが、概ねあっているのだろうか。
それから学園内でもついて歩くようになった。
「どうしてくっついて歩くのよ」
「一緒にいたいから」
「前は嫌だったんでしょう?」
「メリンダと一緒なのは少しも嫌じゃなかった。だけど、ゲームに夢中になってしまって」
「ゲーム?」
「推し活」
あれはゲームだったの?
いや。だからといって許せない。メリンダを軽視したのだから。
「とにかく、少し離れてくださらない?」
「一緒にいたらダメですか?」
今日は、ルイスが好きだというカフェに来ていた。
川べりの景色がいいカフェだ。
可愛い小物はないが、スッキリしたテーブルとかけ心地のいい椅子、あっさりし過ぎているくらいだ。色合いは暗めで、ブルーやグレーが多い。
「ここで良かったの?」
「ええ。嫌いじゃないわ」
メリンダがルイスの好きな店を知りたいと言ったので、ここへきたのだ。
「子どもは嫌いだっていってたよね」
メリンダは当惑した。
「俺は、少し大人になったんだよ。恋人の意味がわかってきたんだ」
メリンダは訳もなく赤くなった。
「一緒にいたい人、その意味がわかってきたんだ。あなたじゃなくてはダメなんだ。多分アンドルーもアランも、同じことに気がついたんだと思う。たった一人の人だけが大事だってことと、その人と一緒に居たいってことに」
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