第20話 立ちはだかる倫理の壁
子爵が驚いたことには、ルイスは公爵家の帳簿を全部自分で確認するようになっていた。
「セバスを説得したのか。完ぺきだな」
きちんと確認するべきところを確認していたし、領地からの
セバスの目線も変わっていた。彼はルイスを主人と認めたらしかった。聞かれたことに全部丁寧に答えていた。
「ルイスは今や人気者になったしな」
子爵は苦笑いした。
子爵夫人が、お友達から噂を聞き取って来たのである。
食堂でアホ騒ぎを起こした一件も、実際に目にした者はルイスの口ぶりがバカっぽかったのでさっぱり萌えなかったが、知らない者からはなぜか好感された。
人間、見た目が八割である。
寡黙な美男子は、なんだかいい方へ自動修正される。
「人目もはばからず、愛を叫んだのね」
友達に聞かれたナタリーは、友達の正気を疑った。
人目もはばからず、そんなことを叫ばれては迷惑だ。頭がオカシイ勢いだと思う。
だが、友達のニュアンスは違う。なんだかあこがれている風がある。
聞いた当人は、イケメンの
「秘めたる恋心が
全然秘めていない。叫んでるって、今、自分でも言ったところじゃないの。
「あなたは現場を見ていないから……」
「見られなくて残念だわ。ロマンチックな瞬間ね」
違う。
残念なのはルイスだ。あんな叫びを聞いたら、百年の恋もいっぺんで
「私にも、そんなふうに、一途に想ってくれる人がいたらいいんだけど……」
「え……?」
一途以外、何もないんですけど?
世間は、変われば変わるもの。
あの婚約破棄から三か月。
最新の学園内調査によれば、今や結婚したい男ナンバーワンに
推し活にいそしんでいた男が、推し活対象に化けたのである。
推しの親衛隊長を務めたことがあるくらいだ。推す側の心理は痛いほどわかっている。
嫌われないアイドル路線を見事に体現した。
ただし、最初から彼の
「複雑ですわね」
子爵夫人が言った。
子爵のところには、ルイスをお茶会に呼びたいと言う手紙が届くほどだった。
本人に声をかけても、令嬢や夫人からのお誘いにルイスは決してOKしない。売りが「メリンダ一筋」なので、メリンダから以外のお誘いは全部シャットアウトだ。
だが、子爵から頼めば一発OKとなる。彼の売りは「メリンダ一筋」だ。子爵家からのお誘いは、ルイスの売りに抵触しない。むしろ大歓迎だ。
だが、それ以来、ルイスを呼びたければ、元の婚約者の父に頼むと言う妙な構図が出来上がった。
そして、今や押しも押されぬイケメンナンバーワンの座にのし上がった彼を招待したい家は多かったので、子爵家には招待状が数多く舞い込んだ。
なにしろ、王女殿下の推し活だの、婚約破棄だの、話題性に富むイケメンである。身分は公爵。お茶会のゲストとしては、誠に都合がよいではないか。皆さま方に、楽しい(おもろい)話題の提供である。その上、目の保養だ。
「とりあえず、鑑賞に耐えるイケメンなのよ、お母さま」
娘に頼まれれば、夫人も娘のお願いだからと夫には釈明するものの、イケメン鑑賞願望は同じだ。
夫の方も、メリンダ一筋の「氷の貴公子」は、呼んだところで妻にも娘にも興味を持たないだろうから安心である。
娘にも無関心というのは、少々気になるところではあるが。
ルイスだけを呼んで子爵一家の誰かを招待しないのは、とても失礼にあたるので、もちろん子爵か子爵夫人かメリンダも呼ばれる。
ルイスにしてみれば子爵一家の人間なら大歓迎だった。もちろん、一番話したいのはメリンダだったけれど。
そんなわけで子爵家からの話には全部うなずく。
そして子爵は、この招待状を活用することに、何のためらいもなかった。
娘の婚家先だと思って、さんざん公爵家の面倒を見て来たのに、まさかの婚約破棄。
思い返せば、何のメリットもない婚約だった。
そう思うと、これくらいの口利きで、依頼してきた家に恩を売れるのなら、じゃんじゃん利用したい。出席が面倒臭いが、メリンダはとにかく、妻が喜んで出てくれる。
「だって、あなた」
夫人が言った。
「本当にメリンダがジョナスと愛し合っていると思うの?」
子爵は嫌な顔をした。
ジョナスだろうが、ルイスだろうが、娘に言いよる男は全部気に入らない。なんとなく気に入らない。
「もちろん、そんなことはないだろう。ジョナスだって、条件がいいから近づいてきただけだ」
「ルイスはメリンダを好きなのよ」
「あんな馬鹿なことをしといて、それはないだろう」
「今後、馬鹿なことをしないっていうなら? ルイスはメリンダだけが好きなのよ?」
子爵は怒って妻を
「ルイスの気持ちなんか関係ないだろう? メリンダがどう思っているかだよ」
「ルイスが冬祭りの重要性や、ダンスパーティの独占権の重要性に一生気がつかないままだなんてあり得ないわよ」
「いい加減にしろよ、ルイス!」
ついに、ジョナスが顔色を変えて怒鳴り込みに来た。
ジョナスだって、メリンダのことが気に入った。
出会いは残り物同士なのかもしれなかったが、お互い気に入っている。条件としても、申し分ない。
両親もこの結婚が叶えばと、力一杯後押ししてくれる。
後はどうにかして婚約に持ち込み、結婚に向けて将来を決めていくだけと言うこの時になって、もう舞台から消え去ったはずの元婚約者が、どうして今更、自分の恋人に猛攻をかけているのか、腹が立って仕方なかった。
そして、何が腹立つって、ワケのわからない女どもが、泣きながら「お願い、メリンダさんと別れて!」とジョナスに取りすがってくるのだ。推し活だそうだ。
そんな推し活があるか。
「推しがルイスだってところが、もう、腹が立って腹が立って。あのバカを崇拝するだなんて、一体どんな脳みその持ち主なんだ」
事情はメリンダも一緒だったが、(「ルイス様の愛に応えてあげて」)こちらの方はルイスが一言、メリンダをそっとしておいてやって欲しいと彼女たちに伝えたので、一人二人の哀願だけで済んだらしい。差別だ。
どう聞いても忌々しい。
ジョナスにはルイスの援護射撃がなかったので、ボロカスな目に
「俺んとこに、妙な女どもが来るのを止めさせてくれ!」
だが、生徒会室に暇そうに座っていたルイスは、別人だった。
やる事がないせいか(推し活は全面的に禁止になっていた)、彼は物憂そうに椅子に座って帳簿か何かを見ているだけだったが、目つきがちょっと荒くなって、ジョナスを睨んだ。
「俺には、人の推し活を止める権利はないよ」
「お久しぶりです……メリンダ嬢」
子爵一家と同じ会で一緒になったルイスは、チャンスを逃さなかった。
きちんと夜会服を着こみ、噂通り、涼やかな、匂いたつようなイケメンだった。
あれからずっと花を届け続け、手紙も書き続けた。
推しを喜ばせることに誠心誠意努めていた時があった。
どうすればメリンダに喜んでもらえるか。
考えてみれば、回答と方法は簡単だった。
最初から知っていた。だって、メリンダとはずっと一緒だったのだ。
近すぎてバカなことをした。
冬祭りやダンスパーティに一緒に行くことが、どんなに大事だったか。
それはそのまま、メリンダのことを婚約者として、あるいは恋人として大事に思ってくれているのか、それともただの幼馴染なのか?という質問だ。大人になって初めて出てくる質問で、ルイスは回答を間違えた。
本当は幼馴染なんかじゃない、そんなことではない。もっと大事な……
ルイスは唇を噛み締めた。
質問の意味すらわかっていなかった。
甘えすぎだった。
「もし、もし、許してもらえるなら……」
メリンダは複雑な顔をしながら無視した。
婚約破棄した男にかける言葉はないはず。
「行ってきなさいよ、メリンダ」
意外なことに、子爵夫人が言ってくれた。
ルイスは思わず、期待を込めてメリンダの顔を見た。
「でも、おかあさま、ジョナス様はどうしますの?」
静かに娘が聞いた。
「私は婚約を破棄しました。その後、縁あって、ジョナス様とお知り合いになりましたが、その方をなおざりにしたら、ルイス様と同じになってしまいますわ」
……俺と同じってどういう意味?
「婚約破棄した理由は、婚約者を軽く見たからですわ。
(お願いだから、お
ジョナス様とは仲良くさせていただいております。
(ここで、気の毒なルイスのハートはかなりの痛手を負った)
婚約者ではありませんが、その方を差し置いてルイス様とご一緒すれば、相手を大切にしないと言う点では、同じになってしまいます。そうではありませんか?」
メリンダの母の子爵夫人は、微妙な表情で娘を見ていた。
「私はそんな理由で、婚約破棄したのです。私はジョナス様を大事にしなくてはいけないのです。ルイス様と親しくすることはできません」
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