第15話 婚約解消
結局、婚約は破棄された。
「だって、気がつきませんでした……だけでは困るもの」
「そうなんだ」
ジョナスが微笑みながら聞いていた。
「私の気持ち……だけではなくて、女性全般の気持ちがわからない男は、結局ダメなんじゃないかしら?」
「なにしろ、世の中の半分は女性だしね」
それに、そもそも自分自身の気持ちも理解できているのかしら?
メリンダには謎だった。
推し活で失ったものは大きかった。
好きでやっていたことだから、王家だってルイスが失ったものを保証してくれるわけではない。
あの時、ダンスパートナーをなんとか都合するチャンスがあって、それをモノにできた連中のうち、半分がなんとそのまま交際に持ち込んでいた。
チャンスがあれば、どうにかなるものらしい。
その中に、ジョナスとメリンダが含まれていたのは、痛恨の極みだけれど。
だが、腐っても鯛、ではない、公爵家の嫡子ルイスのところには、別口のお誘いが山ほどかかっていた。
ルイスにしてみたら、なぜ、彼女たちが顔を見つめてきたり、しょっちゅう帰り道や、昼食どきのアランやアンドルーがいない時間に限って同じテーブルにご一緒してもよろしいでしょうかと、微笑みながら出現してくるのかよく分からなかった。
話してみると、悪い人たちでもなさそうだし、そこそこルイスの機嫌も取ってくれる。
金持ち商家の娘とか、落ちぶれ男爵家の娘とか、別に難のなさそうな伯爵令嬢とか。
メリンダしか頭にないので、この人たちは初めて見る気がした。
世の中には、他にも女性がいたらしい。
婚約者がいなくなってしまった今、ルイスはどうしたらいいのか、本当にわからなかった。
「婚約者がおられれば、どんな女性だってご一緒をお願いしたりしません。それが礼儀違反だってこと、よくわかっていますもの。でも今は、皆さんとお知り合いになってもいいと思いますのよ?」
ルイスは目の前に陣取った、きれいな格好で物馴れた様子のご令嬢を目の前に、カチンコチンに固まっていた。
彼女は、どういうわけか、実にたくみにルイスの前に出現するのだ。別に会いたい訳ではないのだが、何回も遭遇して、その都度挨拶される。まるで知り合いのようだ。
「あら。だって、いつかは結婚なさるでしょう? 公爵家の跡取りならなおさら。それなら、いろんな方とお話して、お似合いな方を探さなくては」
メリンダ以外に女性は知らない。アランとアンドルーの彼女たちのことは知っているが。
「生涯の伴侶を探すのですもの。お話してみなくては、わからないと思います。お金や家柄だけの問題ではありませんわ」
生涯の伴侶! メリンダの顔が浮かんだ。ずっと一緒のつもりだった。ルイスの将来は盤石のはずだった。一挙に全てを失ってしまった……
「話をしていて楽しいとか、気が張らないとか、そう言った点はとても大事だと思いますの。それに、相手を大事にしようと思う心」
裕福な商人の出で、先代が叙爵したと言う男爵家の令嬢の言葉は、なんだか胸を打った。相手を大事にしろ。それは繰り返し、例のメリンダの友達に
「お互いにお互いを気遣い、尊敬することができれば、自然、相手を大事に思っていることも伝わりますわ」
まったくその通りだと思う。
ルイスはロザンナ嬢の顔を見つめた。
途端に彼女は真っ赤になった。
「ど、どうかされましたか?」
「いえ。あの、ルイス様って、本当におきれいな……」
「なにが? 何がきれいですか?」
「まあ、いやだ。本当に整った顔立ちですこと」
「……考えたことがありませんでした」
「まあ、ご謙遜」
ロザンナ嬢は、にこやかにルイスに微笑みかけた。
「私、ルイス様に大事に思うってどういうことなのか、お教えしたいと思いますわ」
ルイスはうっかり答えた。
「教えてくれるのですか? それはぜひ……」
噂は千里を走ると言うが、翌日には、高名な公爵家の眉目秀麗な御曹司を男爵家令嬢如きが
多分、噂の出どころは本人……男爵令嬢のロザンナである。
「足場固めってとこかな? 先に噂にして、逃げられないようにしてるんじゃないかな?」
ジョナスが言った。
「でも、ルイスは決めたのですね」
メリンダが複雑そうに言った。
「さあ、どうだか……そのご令嬢にうまくあしらわれているだけかもしれないけど」
「でも、父が言うには……あの男爵家ならお金はある。これまでうちが立て替えたりした分を喜んで払ってくれるだろうって言ってましたわ」
ジョナスはくすくす笑った。
子爵の商人ぽい考え方が面白かったのである。
転んでもただでは起きないと言うが、ただでなければ転んでも気にしないと言う意味だろう。
「彼女とデートを繰り返しているようだから、時間の問題かな?」
ジョナスはさりげなく言った。
「ルイスもなかなか隅に置けませんね。いつから付き合っていたんでしょうね」
それは考えたことがなかった。もしかして、婚約期間中もつきあっていたのかしら?
それは嫌だ。
なんとなく、グサリと来るものがあった。私は
カフェで一緒にお茶をしたときは、まるで世界にはメリンダしかいないみたいな目をしていたのに。
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