第11話 バッティングした

ルイスから手紙がメリンダ嬢宛についた。可及的速やかにとのルイスからの言い付けで、使いが公爵家権限で応接間にまで持ち込んだのである。


「是非とも我が主人が、メリンダ嬢にお渡ししたいと」




『お茶に誘いたい……』



「断りましょう」


運悪くジョナスがメリンダの家に来ていた。


メリンダの両親がニコニコしながら、抜け目なくジョナスを観察しているところだった。


ジョナスは、親友からの手紙ですから、私も拝見しましょうと、爽やかに不法行為に出た。


使いは大急ぎでという願いが、柔軟に叶えられて、大喜びだったが、ジョナスが物柔らかに子爵夫妻に向かって頼み込んだ。


「僕にとっては、大変残念な手紙です。このような場に公爵家特権で、入り込む使いも悪い。空気を読まないところは主人そっくりです」


ルイスは空気を読まないわけではない。


焦っただけだ。


ジョナスもルイスと付き合いが長いだけに、無理を言ったルイスの気持ちも実はわかっていた。


だが、ここは利用させてもらおう。



主人の子爵は悪い顔で微笑んだ。


「まあ、好きにしたまえ」


ジョナスは、手紙の空いているところに自分の字でスラスラと書き込んだ。これを返事として送り返せば、手紙はメリンダの手元に残らない。会いたいとか、あなたと一緒のお茶がどうのとか言う甘い言葉の羅列られつはよろしくない。


『子爵家にお茶に呼ばれているところへ、君の使いが踏み込んできた。お茶は僕だけでたくさんだと思う。無理してメリンダ嬢をお茶に呼ぶ必要はない ジョナス』


「親友に随分冷たいな」


のぞきこんで子爵が言った。


「恋敵に優しくするいわれはありませんから」


にっこりと愛想よく微笑んでジョナスは言った。メリンダ嬢がちょっと赤くなった。




可及的速やかな使者が、ジョナスの手によって返事が書き加えられた手紙を持ち帰った。



ルイスは勢い込んで手紙を開いたが、メリンダの字ではない。


見たかったのは、メリンダの字。欲しかったのはメリンダの私物。封筒とか便箋とか。香りがついているかも知れない。


しかし、ジョナスの仕業だとわかると、今度は意味のわからないムカつきと怒りが湧いてきた。なんでこんなにイライラするんだろう。





「おお。どうした?」


アランが遊びにきた。


「彼女は一緒じゃないだろうな?」


思わずルイスは聞いてしまった。あの女はたくさんだ。


「友達のお茶会に呼ばれたとかで……俺一人だよ。ちょっと俺のナタリーがお前にきつく当たったと思って……」


ルイスはうめいた。


彼だって、そう頭が悪いわけではないので、ナタリーが言った言葉の大半は噂だとわかっていた。


国王陛下が、ロザモンド殿下の付き添いになれと命じたと言う部分だ。


あれが本当なら、ルイスが知らないはずがない。


それに常識的に考えたら、元親衛隊長なんかにそんな役割を振るはずがなかった。余計ヤバい。



だけど、メリンダがルイスを嫌っているかもしれないと言う懸念はあったし、これまでのルイスの振る舞いが最悪だったという点は事実だった。


「で、どうしたいんだ?」


ルイスは整った顔をしかめた。


アランは向かいの椅子に座った。


「メリンダの気持ちはわかった。つまり、俺の誘い方が悪かったとか、メリンダの誘いを断ってはいけなかったとか」


「メリンダ嬢を嫌いなら、断って当然だ。婚約解消もあり得るだろう」


ルイスは呆然として、アランの顔を見た。


婚約破棄? どうして、そんなことに?


だが、アランは冗談を言っているようには見えなかった。真面目に言っているらしい。


「だけど、ただ、忙しいからの一言だけでは失礼だろう。礼儀さえ尽くせば、一生の問題だ。婚約解消は問題ないと思う」


「なんで、婚約解消を勧めるんだ」


「勧めてないよ。お前の婚約は、お前がどうにかするしかないんだよ。どうしたいんだ、ルイス?」



「婚約破棄なんかしたくない……メリンダに会いに行く」


ルイスの出した結論はそれだった。

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