第286話 アイデアは出さなかったでしょ?

 温泉街が順調だ。そのせいか、敷地への観光客の数が激増している。


 客からは、もう少し来やすいといいのにという話があるそうだが、行き来しやすい難関ダンジョンとは。


「まあ、その通りなんですが……」


 何故かリレアさんが申し訳なさそうにしている。彼女から話があると聞き、一緒に転生組専用敷地の食堂に来た。


 私と一緒ならこの敷地にも入れるし、ここは聞き耳を立てている人間がいない。


 冒険者用敷地の食堂だと、男性用であれ女性用であれ、こちらの話を盗み聞き、情報を売ろうとする商魂たくましい冒険者がいるのだ。


 冒険者なのに、商魂たくましいとはこれ如何に。


 それはともかく、今は目の前のリレアさんの事か。


「もしかして、ギルドから何か言われましたか?」


 リレアさんが視線を逸らす。ビンゴか。


 彼女はゼプタクスのギルドから派遣されて、この敷地に支店を開いているギルド職員だ。


 当然、上司であるゼプタクスのギルド上層部に命令されたら、否やとは言いづらい。それはわかる。


 でも、今回言ってきてるの、本当に「冒険者」ギルドか?


「リレアさん、正直になりましょうよ。今回話を持ってきたの、冒険者ギルドですか? それとも商業ギルドですか?」

「……両方、です」


 なるほど。




 ゼプタクスには、二つのギルドがある。冒険者ギルドと、商業ギルドだ。


 冒険者ギルドは、読んで字のごとく、冒険者のサポートから素材買い取り、依頼の受発注、最近では、ゼプタクスの方でも読み書き計算を教える教室の参加者が増えているそうだ。


 冒険者の識字率が、少しは上がるといい。何せうちの敷地に来ている冒険者の識字率も、大分お粗末なものだったから。


 今はアイドル達のおかげか、教室に参加する冒険者が多く、識字率は跳ね上がっている。いい事だ。


 言っちゃなんだが、今までの冒険者は体が動けば誰でも出来る最底辺の仕事というイメージがある。粗野で野蛮。ろくな教養もない連中。


 街中でもほぼそのままのイメージだったそうで、まともな親は子供に「冒険者にだけはなるな」と厳しく躾けるんだとか。


 でも、敷地で学ぶ冒険者が増え、その影響からゼプタクスでもこれまで閑古鳥が鳴いていた教室が常に満員となり、街の人達の見る目も変わってきたという。


 一方の商業ギルドは、「商業」と言う名の下にいくつものギルドが集合している状態だという。


 様々な品を作る職人、農業従事者、それらを取り扱う商人。そして、彼等が生み出し商う品とそれら全てに関わる場所。それが商業ギルド。


 どちらのギルドも役所と連携して、徴税業務も行っているというから凄い。このシステム考えついた人、頭いいよな。


 本来なら街のお荷物になりそうな連中を冒険者としてまとめて仕事を与え、犯罪に走らせないようにし、かつ彼等から効率良く税を徴収する。


 商業ギルドも、職人なんかだと仕事は出来ても事務はからっきしという人はまだ多い。


 そんな彼等の事務仕事を肩代わりする代わりに、手数料と税金を徴収する。どちらも、必要な仲介もするんだとか。


 話が長くなったけれど、冒険者ギルドも商業ギルドも対立する組織ではないという事。


 どちらも領主の元で動く公的な組織なのだ。


 で、今回うちの敷地……というか、ホーイン密林とゼプタクスを行き来しやすくする手段が欲しいという話。


 これは、冒険者ギルド商業ギルド両方から出たものだという。それをリレアさん一人に押しつけたんだな。


 この人、がめついところはあるけれど基本はいい人だ。私の不利益、もしくは機嫌を損ねそうな事には敏感で、大抵彼女のところでシャットアウトしてくれる。


 そのリレアさんが、わざわざ二人だけの時間を作って話を持ってきたという事は、よほど断れない筋の話なのだろう。


 でも、領主からのものではない。そちらからの話なら、リレアさんではなく、伯爵夫人が話を持ってくるはずだから。


「今でも、魔物避けの香で道中の安全は確保出来てますよね?」

「そうなんですが……やはり、街中の人の足だと、こことの往復だけで疲弊するらしくて」


 この敷地に来られるという事は、それなりに富裕な層という事になる。間違っても、街中の一般人が滞在出来る金額じゃないから。


 そして、金を持っている層というのは、大抵金でどうにかしようと思う訳だ。


 でも、私としてはそれはありがたい。金で解決したがる連中は、いいカモになる。


「リレアさん、安全に楽に行き来する方法、ありますよ」

「ほ、本当ですか? あ、でも、お高いんですよね?」

「当然じゃありませんか」


 何言ってるんだ? この人。安全と楽を買うのだから、当然ぼったくるに決まっている。


 それに、これはこの世界の為でもあるのだ。ぼったくって幼女女神の力を回復させれば、それだけ邪神の力が弱まる。


 それはそのまま、この世界が長く存続出来るという事。


「ええと、ちなみにいかほどかは……」

「現在考えている方法ですと、ゼプタクスからここまで三十分……四半時で来るとして、片道二百万イェンです」


 超ぼったくり運賃だな。リレアさんも目を丸くしている。


「え……本当ですか?」

「もちろんです」

「ぜ、絶対ですよ!? あ、契約書! 契約書すぐ作りますから、サインお願いします! それと、ゼプタクスのギルドまで、クロネコちゃん運送をお願いします! 契約書を送ってもらいたいんです!」

「え? ええ、いいですけれど……」

「では、支店に戻ってすぐ作りますから! あ、契約書、ここに持ってくればいいですか!?」

「いえ、ログハウスのポストに入れておいてください。明日の朝までには確認してサインしておきます」

「よろしくお願いします!」


 言うが早いか、リレアさんは食堂から走って行ってしまった。あまりの素早さに、残された私は呆然とするしかない。


「あれ? 今日はリレアさんと話し合いじゃなかった?」


 食堂に、エリーさんとユーキさんの姿が。どうやら、午前の休憩時間らしい。


「それが、さっき走って出て行っちゃって……」

「……どうしたの?」

「いや、私にもよくわかんない」


 本当に、何であんな急いでいたのか。




 ゼプタクスから敷地まで、安全で楽に移動出来る手段とは。うちのワンコ達が引くワンコ車だ。


 しかもうちの子達が工夫に工夫を重ねた結果、振動が少なくワンコの負担にもならない車が出来上がっている。


 車は人力車タイプで、座席の下に魔法の鞄になっている荷物入れがあり、同じ車で二人まで乗れる。当然、料金は一人片道二百万だ。


 ただし、予約は往復でしか入れられない。全額前金でお願いします。帰りに支払えないとか言われて、借金奴隷にするのも嫌だから。


 実は、温泉街で無銭宿泊無銭飲食が出たのだ。当然、逃がすはずもなく、罰金込みでの値段で借金奴隷にしている。


 彼等は向こう三年間、敷地周辺の草むしりに従事する事が決まっていた。


 でも、出来ればそういう奴隷はもう持ちたくないのだよ。今はうちの子達で手は足りているので。




 事務所には、またしても仕事が増えた事を報告しておく。


「という訳でして、一応ワンコ車の予約は街中の音楽屋を通じて行う予定です。スケジュール管理をお願いします」

「それはいいですけれど、このネーミング、何とかなりませんか?」


 ユーキさんが困っている。


「ワンコ車、駄目ですか?」

「いえ……何と言うか、わんこそばを連想してしまって……」


 わんこそば状態のワンコ車。ストップを掛けるまで延々ゼプタクスとここを行ったり来たりするとか? もちろん、料金は行き来した分もらうけれど。


 思考が逸れた。


「何か、他にいい名前があるのなら、それでもいいですけれど」

「じゃあ、転生組に話を通して考えてもらいますね」


 ユーキさんの笑顔が眩しい。




 その後、誰からもいいアイデアが出なかったそうで、ワンコ車という名前に正式決定しました。


 ユーキさんがちょっと残念そうにしていたな。いや、自分で考えてもよかったんですよ? ユーキさん自身も、アイデアは出さなかったでしょ?

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