第287話 優しい子だな、本当に

 ワンコ車の為に、新たなワンコチームを作る事にした。いや、当初はクロに引かせようかと思ったんだけれど、ルチア達からクロよりも大きくした方がいいと忠告されたのだ。


「確かにクロでもワンコ車は引けるでしょう。ですが、やはり大型の方が安定するかと思います」

「それに、クロにワンコ車を引かせると、クロが小さく見えて乗客も安心出来ないんじゃないでしょうか」


 二人が口にする「ワンコ車」の破壊力。なるほど、ユーキさんはこれを言っていたのか。


 でも、もう決定したし。


 二人に言われて、私も考えた。確かに、ワンコ車専用のワンコがいてもいいんじゃないか。


 運送関係はクロネコのみだから、そのうちニャンコも増やしたいところ。


 でも、今はワンコ。


「大型犬というと、セントバーナードとかサモエドとかかな」


 あ、秋田犬も大きいんだっけ? 土佐犬も大きいけれど、あれは顔が怖くてな。


 相手に圧迫感を与えない大型ワンコがいい。やはり秋田犬かな。ここらで和犬を仲間にするのもいいだろう。


 ただし、本来の秋田犬よりも大きくする。ワンコ車、人力車をモデルにしたら、結構高さが出たから。


 それを引くワンコも、やはり見た目大きい方がいい。そしてもふもふ。大きなもふもふ、最高だ。


 人形なら襲われる危険はないので、今度はぜひ大きなニャンコも作ってみたい。チーターとか大山猫とかぶっとい足のニャンコ、最高だ。


 話が逸れたけれど、今回ワンコ車用に作るのは、秋田犬ベースの現実にはいない大きさのワンコ。体高は馬くらいなので、かなりデカい。


 そしてもふもふ。これ大事。


 目はちょっとショボっと、尻尾はくるん。あくまで秋田犬は外見のモデルであって、そのままを人形にする訳じゃない。第一、本物の秋田犬はこんなデカくないし。


 本来の大きさからすると、多分二倍から二倍半くらい大きくしている。いいんだよ、ここは異世界だ。こんな見た目の犬がいても、許される。


 試作で作ったワンコは、なかなか可愛く出来た。スペック的には乗客の安全を守る為に、それなりの戦闘力を持たせておく。


 あ、周囲をクロ達が護衛すればいいんじゃないかな。護衛料は別途請求しよう。まだリレアさんと正式な契約書を交わしていないので、問題なし。


 今更だけれど、リレアさんが用意する契約書で私が契約する相手って、誰なんだ?


 冒険者ギルドも商業ギルドも、敷地には無関係だ。契約する相手って、この場合顧客とのもののみになるのでは?


 契約書を持ってきたら、リレアさんに直接聞いてみよう。後、契約書は複数の人に見てもらって、おかしなところがないか確認してもらわなくては。


 不意に、手の中のスマホがピロリン。今まで、新しいワンコの設定をしていたから。


 画面には、「めがみ」の文字。すっかりメールに戻ってるな。


『仕方なかろう! フォリアペエルがやかましいのじゃ!』


 相変わらず、メールでも会話してるし。まあいいや。


「今日はどうしたの?」

『うむ。そなたが損をせぬよう、契約書が手元に来たら神像に捧げよ。わらわ達で精査してやろうぞ』


 神様チェックか。凄い厳しそうだ。でも、ありがたい。


「よろしくお願いします」

『そなたが損をすれば、わらわの力が戻るのが遅れるでな。ゆめゆめ儲ける事を忘れるでないぞ』


 へへー。新しい仕事も決まったし、これまでのものもある。順調にいけばいいな。




 ささやかな祈りは、神様には届かないのか。それとも、これも邪神のなせる技か。


 十二人の襲撃者を敷地に招き入れてから約十日が経った頃、早朝からたたき起こされた。


 どうやら、エーチさんが血相を変えてログハウスに来たという。報せてくれたのは、セレーナ。


 彼女達は、相変わらずどちらかが私の側に残るように組んでいる。ルチアはハンターチームと一緒に洞窟ダンジョンだ。


「起きてください、マスター。緊急事態です」

「え? 何? 何が起こった?」


 半分寝ぼけた状態で、セレーナに手伝ってもらいながら着替える。身支度が終わる頃には、ようやく目が覚めてきた。


 玄関に行くと、三和土にエーチさんが立っていた。


「あ、おはようございます」

「おはよう。緊急事態だ。田島ルリアが自分の子を人質に立てこもった」

「はい?」


 起き抜けに、何ともハードな内容が耳に飛び込んできたんだが。


 セレーナには言い含めて留守番してもらい、エーチさんと一緒に襲撃者隔離用敷地へ向かう。


 あそこからは、襲撃者達は出られないから、人質を取っても無駄なのに。


 私の前にはエーチさん、足元にはチャチャがいる。田島ルリアが興奮している可能性大なので、闇魔法が使えるこの子を連れてきたのだ。


 というか、ワンコもニャンコも一種類ずつ、私の元にいるようになっている。ローテーションで交代しているそうだけど。


 となると、足元のチャチャは何番目の子なんだろう。


「アカリちゃんを連れてきた」

「朝早くから済まない。気付いたら、この状況で……」

「マスター、申し訳ございません」


 隔離敷地で合流したカナタさんの隣では、イレーネが頭を下げている。彼女には、この敷地の責任者を任せていた。


 彼女の下で、接客スキルを持っている子達が襲撃者の面倒を見ていたのだ。


「イレーネのせいじゃないよ。こうなる事を考えておかなかった私の責任だ」


 敷地のオーナーは私。必然的に、最高責任者は私なのだ。


「カナタさん、状況は?」

「田島親子を引き離しておいた結果、息子の様子が劇的に変化したんだ。最初は感情を見せるようになり、次に周囲の大人にビクつくようになった。そこから昨日は俺等にも笑顔を見せるようになってね。杏奈ちゃんやまつりちゃんと庭で遊ぶようになったんだ。それを、田島ルリアが見たらしくて」


 自分がいないところで、息子が幸せそうにしているのが許せなかったのか? 身勝手な。


「今、二人はどこに?」

「物置小屋に立てこもっている。声を掛けても、ここの責任者を出せの一点張りで」


 それで、エーチさんが私を呼びに来たのか。


 隔離敷地には、話を聞きつけたのか他の転生組も集まってきた。


「どういう状況だ? こりゃ」

「母親が息子を人質に、物置に立てこもった」

「はあ?」


 エーチさんに話を聞いたケンが、呆れたような声を上げる。まあ、呆れるよね。何やってんだと私も思うわ。


「強制的にツッコむか?」

「いや、しないから」


 荒事を生業にしているせいか、ケンは気軽にこういう事を言う。この世界では悪くないのだろうけれど、敷地の中ではゴーサインは出さないからな。


 エリーさんとユーキさん、ケンに遅れてイクティとジャンも来た。


「何か大変な事になってるって聞いたよ?」

「確かに大変かも。母親が我が子を人質に物置に立てこもってる最中」

「何それ」


 イクティにまで言われるなんて。田島ルリア、本当、あんたがやっている事はそれくらいどうしようもない事だよ。


 とはいえ、彼女には通じないだろう。何しろ、田島ルリアはイクティを知らない。


 それはともかく。


「物置から連れ出すだけなら、チャチャに闇魔法を使ってもらえばすぐに出来ると思う。そのまま、ケント君と引き離してゼプタクスに戻せば問題は解決じゃないかな。敷地的には」


 自分が親にいらない子扱いされてきたせいか、親子の愛情神話のようなものには懐疑的だ。


 ただ、ケント君はまだ幼い。親の存在は、この後の生育に影響が出ると思う。


 その為にも、田島ルリアの要求を聞いてみようか。




 立てこもりなんかをやる人間は、それなり主張したい事があるんだと思ってる。


 中には逃げようとして逃げられなくなっただけって犯罪者もいるだろうけれど、今回はちょっと違うんじゃないかな。


「田島ルリアさーん。敷地の責任者が来ましたー。私でーす」


 何とも気の抜ける声掛けに、周囲の転生組が微妙な顔をしている。


「あんたみたいなガキが責任者!? 嘘吐くな!」

「嘘じゃありませんよー。ここは私の持ち物なのでー」


 煽っている自覚はある。田島ルリアはどう反応するかと思ったら、こちらの想定外な事を口にした。


「だったら!! この場であたしに殺されろ!」


 どういう事だ? 何故、私が田島ルリアに殺されなきゃ……あ。これ、邪神からの命令ってやつか?


 でも、スキルは奪ったから、もう邪神との繋がりはなくなってるはずなんだけど。


 尻ポケットに突っ込んでおいたスマホがピロリン。


『あの女、すきるを取られる前に邪神に言われた事に、執着しておる』


 言われた事? 何を?


『それは』


 続きを読もうとしていた私の耳に、田島ルリアの声が響いた。


「あんたを殺せば、あたしは元いた場所に帰れるんだ! あたしとケントの為に死ねよ!!」


 マジか。てか、本当に私が死んだら、田島ルリアは日本に帰れるの?


『そんな訳あるか! そなたらは日本で既に死んでおる。戻れぬし、戻ったところで幽霊という存在になるだけじゃぞ』


 え? 幽霊になるの?


『そなたらの肉体は、既にないからの』


 なるほど、魂だけの存在になるって事か。それは嫌だ。


 興奮している田島ルリアは、聞くに堪えない言葉を繰り返す。


「死ねよ、お前が死ね! 死ーね! 死ーね! ギャハハハハハ!」


 あれ、何を言っているのか、本人ももうわかっていないじゃないかな。


「アカリちゃん、大丈夫?」

「え? ああ、平気です」


 あの程度、学生の頃はよく言われたしな。我ながら、メンタルは鋼並だと思ってるよ。


 それと、悪口は自分が言われたくない事を言う。田島ルリアは、「死ね」と言われるのが随分と嫌いらしい。


 もっとも、今は興奮しすぎて止まらないだけかもしれないけれど。


「ともかく、ケント君の為にも、田島ルリアを拘束しましょう。チャチャ、お願い」

「キャン」


 チャチャが一声返すと同時に、物置からの罵声が消えた。それと同時に、カナタさんとエーチさんが動く。


 程なく、物置から眠る田島ルリアとケント君が救出された。そうだね、ケント君も眠らせておかないと、母親が拘束される場面を見る事になる。


「チャチャ、ありがとう」

「キュウン」


 優しい子だな、本当に。

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