第285話 今のままでいいんだと思う

 暇だと思っていた少し前の自分をぶん殴りたい。


「コンサートのスケジュール、上がってきたよー」

「次の建築予定なんだが」

「ハンター達の、次の派遣先ダンジョンなんだけど」

「治癒スケジュール表くださーい」

「アイドルのグッズ製作、そろそろ試作品が出来上がってくるんだけど、これどうしますか?」


 何で一気に忙しくなるのか。




 まず、アイドルのグッズ作成。これまでもペンライトとか作ってきたけれど、エリーさん発案でアクスタや缶バッジを作る事になった。


 アクスタと言っても、本当にアクリルを使っている訳ではない。似たような魔物素材を使っている。あるんだな、こんな素材。


 今まで使い道がなく、ギルドでも買い取りしていなかったものだそうで、リレアさんに話したら食いついてきた。


「なら、我がギルドで買い取った素材、買ってもらえます!?」

「いや、自前で魔物素材を用意出来るんですから、リレアさんとこから買う意味ないでしょうが」

「あ」


 本気で気付いていなかったのか。そっちに驚く。


「リレアさんは、これを商品に出来ないか、商業ギルドに売り込みに行った方がいいですよ。何なら、街中にいる職人と連携するのも手じゃないですか?」

「でも、何に使えばいいのか」


 そんなに悩むような事か?


「……今、街中の住宅の窓って、ガラスは嵌まってますか?」

「窓にガラスですか? まさか。そんな高価なもの、使えるのは貴族の邸宅くらいですよ」

「なら、これをガラス代わりに窓に嵌めてみては?」

「あ」


 アクリルもどきなら、厚さを出してもガラスのような重みにはならない。ゼプタクスの冬の気温がどのくらいかは知らないけれど、窓を遮るものがあるのとないのとじゃ大違いだろう。


 しかも、アクリルよりもこの「もどき」の方がずっと強い。何せ落としても割れないし、踏んでも壊れない。さすが魔物素材。


 それに、透明なので日の光も入る。寒さをしのいで日の光の暖かさは取り入れられるとなれば、使い勝手もいいだろう。


「魔物素材で、今まで取り扱っていなかったものなら、安く買い取る事が出来るでしょう。安価な窓ガラス……じゃなかった、窓ガラスもどきが出来ますよ」

「アカリさん! これの作り方、教えてください!」

「商業ギルドに作り方を登録しておきますので、そちらでどうぞ」

「ぐ……」


 リレアさん、いい人なんだけど、がめついところがあるし、抜け目がない人だと思う。




 商業ギルドには、特許のような制度がある。先程言ったアクリルもどきの製造方法も、登録しておけば勝手に使われないし、似たような商品を扱われる事もない。


 登録には審査がある。でも、こちらには伯爵夫人という後ろ盾があるので、騙されたり誤魔化される事はない。


「商業ギルドにも、悪い奴らはいるからねえ」


 本日は、女子会の定例食事会。アクリルもどきの登録の話をしたら、リンジェイラさんが苦笑いした。


「私ら冒険者はあんまり関わる事はないけれどさ、馴染みの鍛冶屋や防具屋なんかが、仲間が騙されたと嘆いているの、見た事あるのよ」

「神殿に訴えれば、女神様の審判を受けられるのですけれど、そういった商業ギルドの場合、神殿にもお金を渡して繋がってますからねえ」


 セシンエキアさんの話が生々しい。それにしても、女神の審判ねえ。あの邪神じゃあ、供物多めに供えたら、簡単に悪い方が正しいとかやりそう。


「ゼプタクスの商業ギルドは、不正を行うような人達はいませんよ」

「だといいですね」


 登録は、伯爵夫人を通して行う事になっている。何せ私がここを離れられないので、全ての書類をここまで運んでもらったのだ。


 運んだのは、うちの薬屋の子ビアンカ。最近では薬やクロネコ達が運ぶので、敷地に来るのは久しぶりだった。


 書類の方は、伯爵夫人に突きっきりで指導を受け、全てを記入して再びビアンカに託している。


 今更だけど、クロネコに受け取りに行かせ、書き終わった時点で薬屋に持って行かせればよかったのでは?


 とはいえ、ビアンカも久しぶりに里帰りのようなものが出来たようだし、それでよしとしておこう。


 話題が途切れたところで、エリーさんから一つお報せがあった。


「そういえば、クロネコ運送、割と評判いいよ」

「そうなんですか?」

「うん。今では冒険者も何人か顧客になってるんだ」


 クロネコ達は、各街に作った音楽屋と敷地の間を行き来しているのだけれど、その輸送網を敷地にいる人達にも開放した形だ。


 最初の顧客は伯爵夫人。ゼプタクスの薬屋や音楽屋の商品をどうやって補充しているのか、不思議に思っていたらしい。


 それを質問されたので、クロネコの事を教えたらぜひ使いたいという話だったのだ。


「クロネコ達の届け先も大分広がったし、冒険者ギルドとも提携してるしね」

「うちは小さな村にも支店がありますから」


 にっこりと微笑み会うのは、エリーさんとリレアさん。


 うちのクロネコ達、自身が行った事がない場所でも、他の人形達が行った事があればどこでも転移可能なのだ。


 その魔法がさらに使い勝手がよくなったらしく、何と地図で見ただけで行けるようになったという。


 これは、チャチャのドローン技術との連携だそうだ。うちの子達、凄くね?


 これに目を付けたのが、リレアさん。田舎出身の冒険者達は、ギルドを通じて実家に送金している人が多いらしい。


 ただし、ギルドは送金は対応していても、品物までは対応していない。個人で故郷方面へ向かう冒険者を探すか、依頼として出すかしか手がなかったそう。


 なので、手紙一つ故郷に出した事がない人が多いらしい。識字率も低いしな。


 リレアさんの発案で、クロネコ達に故郷のギルドまで品を運んでもらうサービスを開始したら、これが大当たり。


 しかも、文字が書けないなら再生機器とMMを使って、声の手紙……ボイスレターを送ってはどうかと発案。


 敷地にいる冒険者なら、再生機器の価格分を稼ぐのはたやすい。食堂にボイスレター用のMMと、貸し出しの録音機器を置いたら我も我もと冒険者が殺到したそうだ。


 どんなに遠い街や村でも、冒険者ギルドはある。そこまで持って行けば、後はギルドの人が配達してくれるという仕組みだ。


 クロネコ達の移動時間は短い。本来なら何日もかかるような場所でも、瞬時に行く事が出来る。


 おかげで、ボイスレターや布地や毛皮などに加え、ゼプタクスで手に入れた果物や、敷地で買った甘味などを送る人も多いそうだ。


「それにしても、クロネコちゃん達のおかげで、不正職員がたくさん見つかるなんてね」

「あー……それに関しては、何も言えません……」


 エリーさんの発言に、リレアさんがいたたまれない様子だ。


 商業ギルドに不正をする人間がいるのなら、冒険者ギルドにもいるのでは。あれこれ考えた末に、伯爵夫人に相談して品物の追跡を行う事にした。


 追跡を担当したのは、チャチャ達。ドローンスキルを使い、クロネコ運送のサービスを開始してからずっと、荷物の追跡を行ったのだ。


 結果、やはりというか何というか、不正を行うギルド職員が何人か見つかっている。


「不正って、地方の方が多いんですね」

「王都に近いと、それなりに強い領主が街を治めていますから。そういう場所での不正は、見つかりやすいんです」


 なので、不正は地方の小さい領地で起こりやすい。冒険者ギルドも、商業ギルドも。領主も不正に荷担する事があるんだとか。


 実際、今回の件で不正に荷担していた小領主が四人、クビになっている。クビというか、家財没収の上、地位を剥奪された形だ。


 これらの成果から、私は伯爵夫人に報償金をもらっている。


 本当なら、王家に報告して爵位がもらえる程の働きなんだとか。でも、伯爵夫人はこの敷地の事を考えて、金銭でのやり取りにしてくれた。ありがたい。


「にしても、チャチャちゃん達のドローンスキル、本当に凄いね」

「元はユーキさんのスキルなんですけどね」

「あ、そうだった」


 エリーさんの反応に、その場が笑いに包まれる。


「でも、私よりもずっとチャチャちゃん達の方が使いこなせてますよ」


 元持ち主のユーキさんからも言われる。


 チャチャ達が凄いのもあるのだけれど、大抵のスキルの威力は、持っているステータスに左右される。


 彼女達も、ステータスアップアイテムを使えば、元々持っていたスキルを前以上に使いこなす事は可能だろう。


 とはいえ、敷地で事務仕事をするには不向きなスキルだ。彼女達は、今のままでいいんだと思う。

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