第284話 時期尚早だ
どうやら、チャチャの闇魔法の沈静には、自白剤というか、思っている事を話す効果もあるらしい。
それによると、田島ルリアは機能不全家庭で育ち、高校を中退して家を飛び出したそう。
その後知り合った男性と付き合い妊娠するも、相手に逃げられたという事らしい。しかも、逃亡には相手の家族が手を貸している疑惑があったとか。
生活の苦しさから、つい子供に当たり散らしてしまい、結果虐待する事になったようだ。
理由があるにせよ、虐待駄目、絶対。機能不全家庭というのには、同情はするけれど。
我が家も、ある意味機能不全だったから。といっても、不全だったのは私に対してだけで、両親と妹に関してはそうではなかった。
「ともかく、落ち着くまではここで過ごしてください」
「ねえ、ケントは? うちの子どこよ?」
「……あなたの息子さんの心配はいりませんよ。元気で暮らしています」
「どこだって言ってんだろ! 答えろよ!」
「チャチャ」
「キャン」
激高して飛びかかってきそうな田島ルリアを、チャチャが再び眠らせる。術式に込める魔力の量によって現れる効果が変わるとは。闇魔法、深い。
とりあえず、保護した人から話は聞けた。後は敷地にいる転生組で話し合い、残すか残さないかを決めるだけ。
もちろん、本人達の希望は優先する。ここに残りたくないのに残すような事はしない。
建屋から出て事務所に戻る間、カナタさんとエーチさんは無言だった。
特にカナタさんは、思うところがあるんだろう。エーチさんの事情は聞いていないけれど、年齢的にも家庭を持っていて不思議はない。
「とりあえず、今夜にでも集まって、情報共有しておきましょうか」
「そうだね」
「……」
珍しく、カナタさんからの返事がない。彼の事情を考えると、突っ込む訳にもいかず、そのまま解散となった。
その日の夕食は、全員揃ってのものに。場所は転生組専用の拡張敷地にある食堂だ。
聞き出した話を伝えた後、エリーさんが質問してきた。
「じゃあ、本人達の希望があれば、全員残すって事?」
「今のところは」
これといって、危険視するような人物はいない。
「でも、子供を虐待していた人も、いるんでしょ?」
ユーキさんが不安そうだ。
「田島ルリアさんに関しては、環境が悪かったと思うので、一旦保留状態です。落ち着いて、子供と一緒に生活出来そうなら、敷地に受け入れてもいいかと思います」
「そう……」
事情を知っても、やはり子供に当たる人は受け入れがたいのかもしれない。
気持ちはわかる。人間なんて、簡単には変われない。でも、その一方で変わる事も出来るのが人間だ。ケンがいい証拠だろう。
彼は地道に冒険者の仕事を続けている。最初は草むしりから始まり、今では敷地周辺とはいえ魔物を狩ってくる事もあるそうだ。
彼に貸与した魔法は、一種類で威力も弱い。殆ど剣一本で戦わなくてはならない状態の中、一歩ずつ着実に前に進んでいる。
泣き言も言わない。以前の彼からは、信じられない程の変わりようだ。
ケンが変われたのなら、田島ルリアも何かの切っ掛けで変わる可能性もあるのではないか。むしろ、今までが環境の悪さで歪んでいただけではないか。
そう信じたい面があるのは、否定しない。
「田島さんも気になるけれど、中村さんところも、気になるんだよな」
自分の考えに耽っていたら、エーチさんの言葉が耳に飛び込んできた。
「彼女、相当追い詰められてなかった?」
「確かに……」
旦那は浮気して愛人と一緒に逃亡。その際、旦那の借金をなすりつけられたという。
これには、エリーさんとユーキさんも憤慨していた。
「何それ!? 酷いよ」
「本当ですね。田島さんの相手もそうですけれど、子供を作っておいて責任を取らないなんて。最低です」
女性陣の怒りに対し、男性陣からの反応はない。唯一、イクティだけが声を発した。
「今はここにいない男の事をどうこう言ってる場合じゃないでしょ。中村さんだっけ? 彼女が自殺しないように気を付けなきゃ」
こいつ、本当にイクティなのか? ガワだけ同じで、中身は別人になっていたりするのでは?
あり得ない事を考えていたら、イクティの言葉に女性陣が驚いている。
「え……自殺?」
「まさか……」
「いや、どう考えてもそうでしょ。自殺というか、娘を連れた無理心中?」
そう、行き詰まった中村まゆが選択したのは、娘を連れて死ぬ事。あのショッピングモールにいたのも、最期の時を楽しく過ごす為だったらしい。
「彼女のそれも、環境が大きな原因だと思うから、ここで穏やかに過ごしていれば自殺願望はなくなるんじゃない?」
「だといいけれど。いざとなったら、光魔法が役に立つかも」
私の意見に、イクティは懐疑的だ。
イクティって、光魔法で治癒をするから、薄毛と下半身問題を抱えた貴族男性以外にも、顧客がいる。
そうした治癒を望む人の中には、どうも精神的な何かを患っている人も含まれているそうだ。
そうした人にも、光魔法は有効らしい。場合によっては闇魔法の方が有効な人もいるけれど、大抵は光魔法なんだとか。
イクティに、闇魔法もインストールしておくべきか、悩む。
「ええと、残りの親子は、問題ないんだっけ?」
場の空気が微妙になったのを察して、エリーさんが少しだけ話題を変える。
「新島さんだよね? 娘さんと一緒なんだっけ? そこは、問題ないのかしら」
ユーキさんの疑問ももっともかもしれないけれど、新島良治・杏奈親子に、今のところ問題はなさそうだ。
「普通に娘さん激ラブのお父さんでしたよ」
「うわあ。いい親子そう」
「前二組が濃すぎましたから、一服の清涼剤ですねえ」
本当だよ。どうしてよりにもよって、問題ありの親子が二組も揃うのか。
「彼は……奥さんがいない今を、どう思ってるんだろう?」
カナタさんが、ぽつりと呟いた。これに答えられる者は、この場にいない。
「も、もしかしたら、何か事情があるのかもしれないよ、カナタさん」
「そ、そうですよ」
エーチさんの取りなすような言葉に、ジャンが乗っかる。流されやすい彼の性格も、こういう時は救いになるかも。
二人の言葉を聞いたカナタさんは、先程までの重苦しい空気を振り払った。
「……そうだな。勝手にあれこれ決めつけるのは、よくないな」
「人間なんて勝手なものだから、色々想像するのは仕方ないですって」
「悪い……ありがとう」
カナタさんの脆い部分は、エーチさんが補ってくれる。この二人は、いいコンビじゃないだろうか。
翌日からは、敷地はいつも通りである。冒険者活動に精を出すもの、治療に勤しむもの、その手伝い。
事務所で書類と格闘する人達もまた、日常だ。
当然、私も日常に戻るのだけれど。
「何をしよう?」
担当を決めて、あれこれ仕事を割り振ったから、私がしなければならない事って、日に日に減っているのだ。
敷地全体をあれこれするのは私以外に出来ないから、その時は動くけれど。日常生活では、最近やる事がない。
襲撃者や敷地内で問題が起きないと、私は役立たずなのではないだろうか。
そんな役立たずは人の邪魔にならないよう、サイクリングコースを走っている。自然の中を自転車で走るのは気持ちがいい。
この専用敷地の存在は転生者組しか知らないので、現地の人達……リレアさんや銀の牙、伯爵夫人にはバレていない。
自転車の存在が、知られるのは困る気がしたのだ。街中を移動するのに、便利なものだけれど、交通ルールを決めないまま運用するのは危険だから。
自転車も「車」である。対人事故で死者が出る事もあるのだ。ルール作りは絶対だろう。
伯爵夫人なら、その辺りは問題ないかもしれない。でも、やはり自転車は時期尚早だ。
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