第283話 いたたまれないのだろうか

 よくよく聞いてみると、女性陣は本気でここを襲撃するつもりはなかったらしい。ただ、邪神の囁きがうるさいので、何かあるのではと感じて来ただけなんだとか。


「正直、冒険者やるのも微妙だったし、どこか腰を落ち着けて働ける場所を探そうかって言ってたんだけど」

「こっちって、身元保証人がいないとどこも雇ってくれなくて……」


 二人は、日本にいた頃からの仲……という訳ではなく、本当に偶然、一緒の街に飛ばされたそうだ。


 転生と言っても、赤ん坊からやり直す訳じゃないからな。


 飛ばされた先の街はウェターゼ王国の西の端。そこは、余所者と冒険者に厳しい場所だったそう。


「根っこは一緒だと思うよ。余所者が出来る仕事って言ったら、冒険者くらいしかない街だったから」

「あれは、区別じゃなくて差別だったんじゃないかなあ。とにかく酷い街だったから」


 そういえば、リレアさんがそんな事を言っていなかったか? そんな場所から来たカナタさん、大変だったんだろう。


「だから、出来たらこの敷地で働けると助かるんだよ」

「お願い! 皿洗いでもウエイトレスでも何でもやるから!」


 こちらは、最初からそのつもりなので、働く意欲がある人は歓迎します。ただし、隷属魔法付きだけどな。




 男性陣には猶予を、女性陣には職業選択と隷属魔法をそれぞれ提示し、次はまだ眠る親子連れだ。


 闇魔法に睡眠の術式があるように、光魔法には覚醒……起こす術式がある。危ない薬の術式では、決してない。


 チャチャに頼んで、一組ずつ起こしてもらう。まずは、父親と娘の組から。


 起きた父親はパニックになっていたけれど、娘の姿を見つけたら何とか落ち着いた。


「あの、ここは……」

「あなた方が襲撃しようとした敷地の中ですよ」

「え」


 意地の悪い言い方だとは思うけれど、自分達がやろうとした事を自覚してもらいたいから。


 背後に立つカナタさんとエーチさんから、微妙な雰囲気が感じられる。二人も、ここを襲撃しに来た人達だからね。


「ちなみに、後ろに立つ二人も、あなた方の同類です」

「え」

「アカリちゃん……」

「事実だけど……」


 背後の微妙な雰囲気が、今度は困惑に変わる。同席を頼んでおきながらのこの所業。でも、パニックからこちらを警戒していた父親には、いい刺激になったらしい。


「ほ、本当に二人も? なのに、どうしてこの子と一緒に? この子、女神様から敵認定される子だよね?」


 何それ。初耳なんですが?


 どうやら、邪神は寝ている相手に囁く際、私の姿を一緒に見せるようにしていたらしい。


「そうなんですか?」


 背後の二人に確認すると、揃って首を横に振られた。


「いや、俺の時はなかったよ」

「俺もだ」


 なるほど。邪神は手を替えてきてるという事か。それでも、転生者にここを襲撃させようとしているのは変わらない。


「その女神について、説明しておきますね」


 私は、前世のショッピングモールでの事故、白い空間、ガチャ、幼女女神と邪神の戦いなどなどを話した。


 一度に色々詰め込まれた形の父親……新島良治は目を白黒させている。ちなみに、彼の娘の杏奈ちゃんは、まだ夢の中だ。


 全てを聞き終えた新島良治は、がっくりと肩を落としている。


「信じられない……」

「理解は出来ますよ。でも、これが事実です」


 あのショッピングモールの事故に、邪神が関わっていたのも本当だし、ガチャガチャを通じて幼女女神の力をスキルにして私達に配ったのも事実。


 そして、そのスキルをこの世界で使えば使う程、邪神の力が強くなる事も。


 聞いた話を信じるか信じないか、それは新島良治のこれからの選択だ。私達がどうこう言うものでもあるまい。


 あくまで邪神を信じるなら、ゼプタクスまで送り届ける。これ以降、敷地にちょっかいを出すなら、その時はその時。


 もっとも、スキルをなくした彼等では、生き残りも厳しいとは思うけれど。それも含めて、彼の選択だ。




 二組目の親子は、母と娘。中村まゆ、まつり親子だ。名前を聞いた後、母親の中村まゆは室内を見回している。


「あの……ここは……」


 先程会った新島良治より、大分くたびれた印象だ。それがこの世界での苦労からなのか、それとも日本の頃からなのかは不明。


 ここでも、娘のまつりちゃんは起こさないでおいた。


「ここは、あなた方が襲撃しに来た敷地内です。お仲間も、別の建屋にいますよ」

「襲撃……仲間……」


 うまく理解出来ないでいるようだ。大丈夫か? この人。


「奥さん、あなた方に囁いていたのは、女神ではなく邪神です。俺等も含めて、全員邪神の手のひらでいいように扱われていたんですよ」


 カナタさんの言葉も、中村まゆには響いていないようだ。


「チャチャ、心を柔らげる術式を使ってくれる?」

「キャン」


 覚醒魔法を使う為に同席していたチャチャが、中村まゆに向けて沈静魔法を使う。中村の顔立ちが柔らかく……なってない?


「う……ううう……」


 彼女はいきなり泣き出した。どういう事だろう? 背後の二人と顔を見合わせるも、二人も困惑していた。


「中村さん、大丈夫ですか? 何か、怖い事でもありましたか?」


 下手な声掛けだが、意外にもこれが功を奏した。


「や、やっと死んで楽になれると思ったのに! 死んだ後まで苦しめられるなんて!!」


 中村まゆの口から出た言葉に驚いたのは、私だけではない。背後の二人も驚いたし、何よりカナタさんは怒りを露わにした。


「死んでって……あんた! 子供はどうするつもりだったんだ! 母親だろう!?」

「何で母親だけ大変な思いをしなきゃいけないのよ! 男は気楽に逃げるくせに!!」


 その後、泣きわめく中村まゆの話を整理すると、こういう事らしい。


 中村まゆは結婚後、三年目で待望の子を妊娠したらしい。夫も当初は喜んでいたようだが、段々と態度が変わっていく。冷たくなったそうだ。


 それでも、お腹の子はどんどん成長していく。やがて出産。だが、産院から戻った彼女が見たのは、夫の荷物だけが消えたアパートと、借金の督促状。ご丁寧に、彼女を連帯保証人にした借金が総額一千万近くあったそうだ。


 働いても働いてもなくならない借金。子供を抱え、生活は苦しくなる一方。逃げた夫には愛人がいたらしく、遠い地で幸せに暮らしているという噂が彼女の耳に入った時、全てが馬鹿らしくなったそうだ。


「私はこんなに苦しいのに、あいつは一人愛人とのうのうと暮らしているのかと思ったら、もう頑張れなかった。まつりを置いていこうかとも思ったけれど、親の事で虐められたら、生きていたって仕方ないもの」

「そんな訳あるか!」


 中村まゆの話を聞いたカナタさんが、大声で怒鳴った。


「一番悪いのは逃げたくそ野郎だが、あんたも我が子を巻き込むような事をするんじゃない! 子供は、あんたの物じゃないんだよ! 生きてる人間なんだ!」


 カナタさんの言葉に、中村まゆは再び泣き出す。色々と溜まっていたんだろう。


 彼女が落ち着くのを待って、再び話し合った。


「選択肢は二つあります。この敷地で働くか、ゼプタクスの街へ行くか。正直、後者はあまり勧めません。紹介状が必要なようですし、母子家庭にも優しいとは言い難いし」


 ゼプタクスの街自体は暮らしやすいって話だが、それも日本を知っているとそうとも言い切れないようなのだ。


 特に目の前の中村まゆは、大分心身共に疲弊している。そんな彼女が、子供を抱えて生きて行ける程楽な世界じゃないんだよな、ここ。


「今すぐ選べとはいいません。しばらくここで休んで、それから選んでください」

「……はい」


 まだちょっと心配な面はあるけれど、最初に見た時の暗さや危うさは大分減っている。


 一応、見張りとしてチャチャを置いていく事にした。この子なら、必要に応じて闇魔法や光魔法を使ってくれるだろう。




 最後の一組は、一番気が重い。母親と息子の組だ。ドローンで見ていた限り、母親は息子を虐待している。本人にそのつもりがなくとも、周囲……こちらが見た限りでは、限りなくそう。


 なので、ここは親子を引き離している。


 目を覚ました母親……田島ルリアは子供の姿がない事にパニックを起こし、騒いだそうだ。


「で、今はチャチャが沈静魔法を使って、おとなしくさせてます」

「この犬、前のところに置いていかなかったか?」

「この子はチャチャ……何号だろう?」

「キャン」


 チャチャが、顎を上げてこちらを見上げてくる。その首には、メダルがぶら下げられた首輪がはまっていた。


 首輪のメダルには、四十五の文字が。


「四十五号ですね」

「そんなにいるんだ……」


 実は、私も今同じ事を思った。この子達、そんなに作ったんだ。


 それはともかく、今は田島ルリアの話を聞くのが先だ。


「田島さん。あなたがここを襲撃しに来た事はわかっています。邪神……女神に、言われて来たんですよね?」

「そう……言う通りにすれば、あいつを捕まえてきて、私の目の前で金を搾り取ってくれるっていうから」


 どういう事だ? 思わず背後の二人と顔を見合わせるも、当然ながら彼女が言った内容が理解出来る人間はいない。


「あいつって、誰ですか?」

「ケントの父親」


 ケントというのは、別室で保護している田島ルリアの息子だ。もしかして、ここも旦那が逃げたとかそういう話か?


「何故、ケント君の父親を捕まえるという話になったの?」

「あいつ! あたしに子供が出来たってわかったら、さっさと逃げやがったのよ!!」


 うわあ。


「責任取りたくないって、へらへら笑って! あいつの実家も、どこの馬の骨ともわからない女が産んだ子供は、孫と認めないって! 認知すらしなかったのよあのくそ野郎!!」


 どうしよう。田島ルリアも、違う意味で中村まゆと似たような境遇だ。


 ちらりと見た背後の二人は、何とも言えない様子で明後日の方向を見ている。同じ男として、いたたまれないのだろうか。

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