第178話 世知辛い

 作業場が狭くなっている。それはそうだろう。畑部屋だけでも建築やら木工やらやってるし、鍛冶部屋では鍛冶仕事とガラス作成、焼き物作成をやっている。


 人数も増えたせいか、手狭だ。


「もうそろそろ、敷地内に作業場を建てられそうかなあ」


 建築チームの熟練度が上がったおかげで、木造二階建てが建てられるようになった。


 石造りやコンクリ造の二階建てはまだ無理そうだけど。木造でも二階建て、しかも広い建屋が建てられるのは大きい。


 土地に関しては、冒険者達をまとめた拡張敷地をもう一つ……一つ? 購入したいところ。


 別の出入り口で、拡張敷地、買えないかなあ。


 願うと鳴るスマホ。ピロリンというこの音が、これほど待ち遠しかった事がかつてあっただろうか? いや、ない。


「入荷したか!?」


 見ると、お買い物アプリからのお報せだ。


『毎度ー。拡張敷地、今の区画を広げるんじゃなく、別枠でってご注文、承りましたー。すぐ入れますんで、お待ちをー』


 中の人は、今回はこういうノリか。とりあえず、別枠で買えるようになったから、いいや。


「今一番必要なものかもしれないしね……ん?」


 見間違いか? 拡張敷地一区画の値段が、大幅に下がっている。以前は二千万だったのに、今見たら一区画三千。


 どういう事?


 首を傾げていたら、スマホが震えた。少女女神か。


「はい」

『違うのじゃ! これはほんのちょっとしたお茶目で――』

『はいはい、言い訳しないの! あ、アカリー、元気にしてるー?』

「あ、はい。元気です、フォリアペエル様」


 少女女神かと思ったら、フォリアペエル様からの通話だよ。てか、奥でギャン泣きしてるのは、少女女神か。また、何やったんだ?


『もー、いい加減泣き止みなさいよ、ルヴンシールちゃん! 間違えた自分が悪いんでしょ!?』

『うぐ……ひっく……』


 少女女神、何かやらかしてフォリアペエル様に怒られたのかな?


『ち、違うわい! ほんのちょっとの悪戯を、フォリアペエルの奴が』

『おい、いい加減にしろや』

『うぎ』


 え……今のドスのきいた声、フォリアペエル様?


 いや、あの人細身で綺麗だけど、れっきとした男神だし、これくらい低い声を出しても不思議はないのかも。


 見た目に関しては、アルコーブにある神像で確認してるし。


『悪い事は悪い、ちゃんと自分の間違いは認めなさい。そうでないと、シュオンネと一緒になりますよ?』

『はい……』


 シュオンネっていうと、邪神と呼んでいるあの女神か。主神になりたくて少女女神を追いやったけれど、主神の格がないから色々世界が滞っちゃってる元凶の。


『……ええ、その邪神よ。あの子も、自分の過ちは一切認めなかったから』

『わ、わらわは認めるぞ! 邪神のようにはならないのじゃ!』


 嘘吐け。誤魔化そうとしたくせに。てか、拡張敷地の値段って、本来はこっちだったのか……


『一応ね、敷地関連だから畑や鍛冶場のような格安の値段にするのはどうかって話もあったんだけど、あくまで拡張でしょう? 畑部屋と似た扱いでいって結果になったのよ。なのに、ルヴンシールちゃんったら』

『ううう……許せ、なのじゃ』


 まあ、色々便宜も図ってもらってるし、持ちつ持たれつとはいえ、こっちの要望も色々取り上げてもらってるから、いいんだけどさ。


「いいですよ、もう」

『本当か!? ほれ、聞いたな?フォリアペエルよ!』

『はあ……アカリ、本当にいいのね?』


 ドヤ顔状態の少女女神にはイラつくけれど、まあいいや。って、顔は見てないけれど。でも、声からそんな様子が窺える。


『詫び代わりに、ルヴンシールちゃんに有用なスキルを格安で入荷させるわ。待っててね』

『なぬ!? フォ、フォリアペエル!?』

『当たり前でしょう!? 少しは反省しなさい!』

『ふぎゅう』


 この二人……二柱? の力関係って、どうなってんだろうね?


「スキルの件、ありがとうございます。楽しみに待ってます」

『任せて。じゃあねー』


 フォリアペエル様、ノリノリだったな。さて、どんなスキルが入るのやら。




 拡張敷地は無事購入。前回と同じ区画数を買っても、割引き後のお値段、二百八十万ちょっと。随分違うな。


 出入り口は散々悩んで、以前仮で付けた玄関脇に決めた。ログハウス内で全部終わる方がいいでしょ。下手に無関係の人間が入り込まないように。


 いや、出入り口に入れる存在を設定出来るようだから、人形と私以外出入り禁止にしておけばいいんだけど。


 下手に見えるところに出入り口を付けておくと、ツアー客が覗きそうで。参加者というより、参加者に命じられたメイドさんとかが。


 ログハウス内にあれば、人目に付かないし。何より、玄関内に入れる人間も限られている。私が招き入れない限り、玄関先であっても入れないから。


 扉を開けると、向こう側には前回買ったのと同じ風景が広がっている。当たり前か。


 ここは拡張敷地なので、後で買い増しも出来る。これ、大きいよな。本来の敷地はレベルが上がらないと広がらないけれど、拡張の方はお金を掛ければいくらでも広げられるという。上限、あるのかね?




 作業場が出来た事で、アマゾネスの建築チームは拡張敷地の方へ移動。木材を運ぶの面倒かと思ったけれど、魔法の鞄があれば事足りるようだ。


 畑部屋で伐採した木材を、拡張敷地に持って行って木造家屋を建てる。


 拡張敷地も敷地同様気温は一定だから、暖房冷房の設備はいらない。暖房はまだしも、こっちに冷房の設備とか、あるのかな。


 あれか、いざとなったら魔法を使うのかも。


 ともかく、建築チームにはそれぞれの作業場を作ってもらう予定。


 布関連の家と木工関連の家と、靴関連の家と……他色々。


「焼き物の窯は、また別枠かな?」


 今は鍛冶場でスキルを使い焼いてるけれど、いつかは窯で焼きたいよな。いや、大量になったら登り窯とか?


 ともかく、新しく拡張した敷地には、人形達の為だけの施設を作ろうと思う。


 いや、作るのは建築チームだけど。




 ログハウスで、ひたすら人形作り。今はこれまでに作ったシリーズの増産に勤しんでいる。


 まずアガタ達余所のダンジョンに行っているチーム。ここはダンジョン内での簡易宿屋食事処付きの経営と、手が空いたら周辺での狩りを行う。


 次に食堂チーム。やがて建てるであろうプチホテル……プチでいいのか? と思うけれど、ともかくホテルのメインダイニングを任せられるくらいには増員しないといけない。


 今の食堂だけでも、実は調理担当が大変らしい。その分、好評なのでいいんだが。いや、よくないか。好評だからこそ、大変なんだから。


 鍛冶チームもエステチームも増員決定。鍛冶チームはガラス作りや焼き物も担当しているので、そちらの需要増大の為。


 食堂に二階で出している料理、磁器で提供したらツアー参加客が食いついたらしい。


 購入出来ないのかという問い合わせが殺到したそうな。で、またしてもリレアさんから泣きつかれた状態という。


 貴族のお屋敷では、食器といえば銀器だそうな。銀って、毒に反応するんだっけ?


 でも、魔法があるこの世界の毒って、銀に反応しないものも多そうなんだけど。




「貴族が銀器を使うのは、見栄もありますねー」


 私の目の前で、食堂のスイーツを美味しそうにぱくつくのは、セシンエキアさん。


 ネーラから彼女が会いたがっていると連絡を受け、日時を決めて今日こうして食堂で顔を合わせているのだ。


 何でも、ロッドの調子がいいので、次はステータスアップアイテムを売ってほしい、との事だ。


「久しぶりに四人で洞窟ダンジョンに行ったんですけれど、武器を新調したせいか、四人だけでアンデッド階層まで行けまして」

「おお、それは凄い」

「で、大量に色々手に入れてきたから、素材支払いでお薬を売ってもらいたいと」


 これは、パーティーの総意なんだとか。


 まあ、素材支払いにはいつでも応じるし、アイテムを売るのも問題ない。


 話は早々に終わったので、スイーツを食べながら雑談。今日のスイーツはエクレアだ。美味しい。


 その雑談の中で、銀器の話になったのだ。


「貴族の見栄……ですか。銀製品をこれだけ持っているぞーっていう?」

「それもありますけれど、銀って手入れが面倒じゃないですか。放っておくとすぐ黒くなっちゃうし」

「ああ」


 銀のペンダントを持っていたけれど、あっという間に真っ黒になったのを思い出す。


 磨く為の布とか売ってたし、付けるだけで元に戻せる薬剤もあったな。こっちだと、どうなんだろう?


 セシンエキアさんに聞いたところ、専用の磨き粉を付けて、ひたすら磨くらしい。これがなかなか重労働なんだとか。


「なので、そうした労働力を余裕で確保出来てますよ、と招いた客人に見せつける為のものでもあるんです」

「へー」

「それに、もしもの時には銀器を売って現金にする事も出来ますしねえ」


 そういう「訳あり」銀器は安く手に入ったりする事もあるそうな。世知辛い。

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