第164話 焼き物が作れる

 ダンジョン内に突如出現した集落。そこにある建物をダンジョンの外に持ち出せるのか。持ち出せたとして、宿屋として使えるのか。


 その確認の為にも、一度中を確認しておこうという事になった。


 扉は木製。ただし、分厚い一枚板で作られたものだ。重そうだな。


 扉を開け、ルチアが先導する形で中に入る。私はルチアのすぐ後ろで、最後尾はセレーナだ。


 入ってすぐはエントランスホール。そこそこの広さのホール奥には、弧を描いて上がっていく階段。


 外観は灰色の石材で出来ているけれど、中身は漆喰の壁なのかな? 白くてわずかな光でも明るく見える。足元の床は大理石……か、それっぽい石。


「埃っぽさはないですね」


 確かに。長年放置されていた家なら、もっと埃だらけでもおかしくないのに。


 まるで、つい先ほどまで人が住んでいたような……


 いきなり、背後で大きな音が響いた。振り替えると、開けっぱなしだった玄関の扉が閉まっている。


 セレーナが開けようとするけれど、びくともしない。


「これ……」

「どうやら、誘い込まれましたね」


 マジかー……


 入った家から出られない。家の中では入った人達が何らかの「力」で惨殺されていく。


 こんなホラー映画、昔見た事がある。あれ、大分古い映画だったはず。


 まさか、ダンジョンの中でホラー映画のようなシチュエーションに出くわすとは。


 こういう場合、どうすれば外に出られるんだったか。何とか記憶の片隅から情報を掘り起こそうとしていると、セレーナが明るく言ってきた。


「マスター、一度外に出ましょうか?」

「え? 出られるの?」

「問題ないかと」


 マジかー。


 次の瞬間、本当に建物の外に出ていた。移動を使ったらしい。こういう場合、建物の中では魔法やスキルは使えなくなるのがセオリーだと思ってた。


「いえ、普通に使えますよ?」

「ダンジョンの中の建物ごときに、私達の魔法を封じる能力など、あるはずがありません」


 本当に、うちの子達って。


 建物そのものが何かのギミックか魔物と考えられるので、一度塩水を掛けてみようという事になった。しかも、塩マシマシで。


 お買い物アプリで買った業務用の塩を、ルチアの風魔法で建物の上まで持って行き、そこから撒く。


 さらに、セレーナがとどめとばかりに水魔法で水を出して撒いた。塩が掛かった時点で、建物自体が揺れて絶叫がほとばしる。


 そのまま建物が溶けるかと思ったけれど、そんな事はなかった。しばらく響いた絶叫が消えた後は、何事もなかったように、集落は静寂に包まれている。


「マスター、このままこの石造りの建物を魔法の鞄に入れてみましょう」


 ああ、魔法の鞄って、生き物は入れられないから。入るなら、この建物は「死んだ」と思っていい。


 早速建物を入れてみたら、するっと入った。最初から、こうしておけばよかったよ。


「今度似たような事になったら、中で塩を撒いてみましょうか?」

「それがいいですね」


 ルチアとセレーナが、何やら怖い事を言い合っている。いや本当、うちの子達って……




 魔法の鞄に入れられたので、今度は取り出して中をチェック。扉を開けて中に入り、エントランスホールを抜けて奥へ。


 家具も備え付けであるけれど、ファブリック類は取り替えた方がよさそうだ。


 ソファも、布の部分は少し傷んでいる。いや、少しで済んでいるだけ凄いのかもしれないけれど。


 他にも、壁に掛けられた絵画、廊下に飾られた磁器の壺、キッチンに飾られている食器類などなどなど。


 ものの善し悪しがわかる目を持っている訳ではないから、全て鑑定を使って見てみた。


 絵画は紛失して久しいと言われている名画だし、壺も何やらどこぞの家の家宝クラスのもの。


 キッチンにあった食器類は、過去に消失した有名窯の最後の作品なんだとか。どうなってんだ? この家。


 ベッドやソファなんかも、名工の逸品と出てくる。確かに、木製部分には精巧な彫りが施されてるよ。


 それと、気になった事が一つ。家の中のどれもに「オントロント家のもの。ここより動かす事能わず」と入っている。


 つまり、ここにおいてある焼き物や美術品などは、この家の外に出しては駄目という事か。


 何となく納得していたら、スマホが震えた。


「はい」

『その家にあるものは、売るでないぞ?』


 少女女神からの通話だ。やっぱり、この家から出せないものなんだな。


『出せない訳ではない。おそらく、敷地へ持ち込んでしまえば、そこで家とものとの縁が途絶える。じゃが、オントロント家のものは、前の持ち主の思いがたっぷり込められているからの。何かしら悪さをする危険性が』

「そんな危ないもの、外に出しません」


 永久に、このダンジョンに封じておこう。


『待て待て待て。使う分には問題ないのじゃ。ただ、その家から出してはならんというだけで』

「いや、十分使用に影響が出てますから」

『土のと木工のとその他あれこれの連中が、このままダンジョンに埋もれさせるなとうるさいのじゃ!』


 つまり、少女女神にクレームを入れている神様達を静かにさせる為に、家ごと外に持ち出して、使えと。


『そなた、何やら余所のダンジョンで宿屋をやっておるそうじゃな。そこに持ち込めばよいのではないか? 冒険者ならば、ものの善し悪しはわかるまい』

「その代わり、高そうなものだから持っていってしまえと盗まれる危険性が高いのですが?」

『そ、それは、あれじゃ! 家から持ち出せないような魔法を用意してやろうではないか』


 ふむ。どういう魔法かは知らないけれど、この家以外にも使えるのなら、敷地で役に立ってくれるかも。


「値段は安くしてください」

『そなたは……そろそろ、れべる……とやらが上がる頃じゃ。それで割引きがされよう』

「割り引かれたって、元の値段が高いとそれなりにするんですよ」

『むう』


 少女女神と交渉して、値段は安くするようにと押し通した。後でお買い物アプリで確認しておかなくては。




 家の中を確認し終わったので、再び家を魔法の鞄に入れる。跡地を見ると、割と広い。


 何やら、家名持ちの人の家だったみたいだし、当然か。


 その跡地をぼんやり見ていたら、スキルが反応する。まさか……


「磁器用の土だ、これ……」

「まあ、ではここの土を全て持っていきましょう」


 え? いやいや、全てはさすがに……いいのか?


 ここはダンジョンで、魔物ですら狩り尽くしても一定時間が経てばリポップする。


 なら、土だって元通りになるのでは?


 あ、そうなると、建物はどうなんだろう……


 あれこれ考えている間にも、ルチアとセレーナは次々と魔法で土を掘り返していく。


 この土だけで磁器が焼ける訳ではない。他にも加えるべき素材はあるんだけど、中心となるいわゆる粘土。それがあの土だ。


 磁器も陶器も同じ土を使い、粘土と長石の割合でどちら向きの土になるか決まる。ちなみに、もう一つの素材は珪石で割合は固定。これは石英でいい。


 石造りの家の下にあった粘土をあらかた掘り出し終えた二人は、他の建物の下にもあるかもしれないと、片っ端から建物を魔法の鞄に入れていった。


 全て入ったのみると、「生きた家」は石造りのものだけだったらしい。


 建物がなくなった集落の土を見てみると、どれも見事に陶磁器向きの粘土だ。なので、またしても二人に大量に掘り返してもらった。


 後は長石を見つけて、石英を再び海階層で仕入れればいい。ガラスの分があるから、石英は大目に入手しておこう。


 長石に関しては、意外なところで見つかった。意外というか、なるほどというか。


 集落の奥、石造りの家があったところからさらに進んだ先が、崖になっている。その崖に、長石が大量にあったのだ。


 これも、ルチアとセレーナが魔法で採掘してくれた。これで、焼き物が作れる。

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