第6話 何じゃそら

 シスターさんが手をかざしたバケツの水が光りだし、その光が横たえられた大柄な男性に吸収されていく。


 あれ、何?


 バケツから溢れる光を吸収する大男。なかなかシュールな光景だ。


 光は数秒くらい大男に注がれていて、徐々に弱くなって消えていった。


「これで大丈夫」

「良かった!」

「命拾いしたわね イールゴ!」

「あ、ああ……」


 おお、先程まで血まみれでぐったりしていた大柄な男性が、むっくりと起き上がったよ。怪我、大丈夫なのかな。


 は! もしや、あれは回復魔法!? ちょ、ちょっと聞いてみてもいい?


「あ、あのー」

「このお水! 一体どこのですか!?」

「うひい!」


 シスターさん、凄い圧! さっきまで慈愛の笑顔で大柄な男性を見ていたのにー。


 さらさらの長い髪を振り乱し、こちらに迫ってくる。あ、この人、結構大きい。どこが、とは言わない。うん、絶対。


「これだけ神力に溢れた清らかな水、そうそう手に入るものではありません! 神殿にだってありませんよ! 一体、どれだけ神力の強い場所の水なんですか!?」

「セシ! 落ち着け! どうどう!」


 細身の男性が、シスターさんを押さえてくれてる。それでもぐいぐい押してこようとするなんて、何がそんなに彼女を駆り立てて……


 ん? 水? 神力?


 ここは、幼女女神が私に用意してくれた敷地だ。タダで手に入る水もそう。どういう仕組みかしらないけれど、日本の水道と同じように使える。


 んで、その水は余所では滅多に手に入らない神力とやらの強い水だそうな。


 うちの水道水、幼女女神の力が詰まってる? え……でもこれ、シスターさん達に言っちゃっていいの?


 と思ってたら、スマホからピコンというメッセージ音が。


「ちょ、ちょっとすみません!」

「あ! ちょっと待って!! 放してラル!」

「放すか!」


 逃げるように彼等に背を向け、背中に言い争う二人の声を聞きつつログハウスに入って鍵をかける。


 スマホを取り出すと、メール着信。もしやと思い、メールアプリをタップ。


「やっぱり!」


 差出人は「めがみ」とある。


『元気にしておるか? わらわじゃ。少し、歩き方にも乗せられぬ内容があったので、めえる……とやらで送っておる』

「めえるって……どこのおばあちゃんだよ……」


 まあ、女神っていうくらいだから、相当な年数生きてるって事か……


「あだ!」


 また金属製のたらいが落ちてきた!! くそう、今度はチャージに出さずにここでこき使ってくれる!


 メールの続きを読むと、驚愕の一文が。


『女神を軽んじるなど、恐れ知らずよのお』


 ついさっき届いたメール本文にこれが書かれてるって、予想でもしてたって事?


 怖。幼女女神怖。


『それはともかく』


 ともかくかよ。


『その敷地の事じゃが、その全てにわらわの力が宿っておる。土地も、水も、火も雷もじゃな』

「雷? ……ああ、電気の事か。電気に、どうやって幼女女神の力が宿るの?」

『そのせいで、その敷地、特に水や土など動かしやすいものは、その世界で珍重される事じゃろう。あまりおおっぴらに売るでないぞ? お主が困る事になるからのう』


 あ、そっか。外で売れるんだ、水も土も。


『再度申しておく。おおっぴらに売るでないぞ!?』


 ……幼女女神、本当にどっかから見てるんじゃないでしょうね?


 改めて、何とも不思議な土地? をもらったもんだ。溜息を吐きつつ玄関を開けると、シスターさんが満面の笑みで立っていた。


「お水、この家で汲めるんですか!?」


 勘弁してください。




 結局、シスターさんの仲間達によって彼女は取り押さえられ、事なきを得た。


「仲間が迷惑をかけてしまい、申し訳ない!!」


 細身の男性がそう言い、皆揃って頭を下げる。こっちでも、謝るときは頭を下げるんだ。


「えーと、あまり踏み込まないでくれれば、それで……」


 構わない、と続けようとしたら、大きな帽子を被った、ナイスバディーな女性がシスターさんの頭を思いっきり叩いた。今、結構いい音したよ? 大丈夫?


「ほらご覧なさい! セシがおかしな事をするから! イールゴの……引いては私達の命の恩人なのよ!」

「ご、ごめんなさい……」


 ああ、やっぱり痛そう。


「本当に申し訳ない。俺達は、このホーイン密林を探索している冒険者パーティー『銀の牙』だ。俺は剣士のラルラガン。気軽にラルと呼んでくれ」

「盾のイールゴ。あんたのおかげで、命が助かった。ありがとう」

「魔法士のリンジェイラよ。中に入れてくれて、本当に助かったわ。改めて、ありがとう」

「元修道女のセシンエキアです……先程は、お見苦しいところを……」


 シスターさんの名前は、セシンエキアというのか。そして、元シスターなんだね。


「……あかり、です」


 何となく、フルネームは避けておいた。だってほら、名前を知られると呪われるとか、あるじゃない?


 ……悪かったな古のオタクで。


「アカリ……いい名前だな」


 そ! そんな台詞をさらりと言えるなんて! ラルラガンさんは、天然人誑しか!?


「ちょっとラル。こんな子供まで口説く気? しかも男の子を」

「いや! そうじゃなくてだな!」


 ん? 今、男の子と言ったかな? いやいや、私はどこからどう見ても立派な四十路……って、ああ!


 思い出した! この世界に来る際、姿形が変わったんだった! んで、どういう訳か若返ってたんだったわ……


 しかも、来てるのがTシャツジーパン。場所や時代によっては、パンツスタイルは男性のみだっけ。髪も短めだし。


 うん、そりゃ男の子扱いされても、おかしくないわ。ここはちゃんと訂正を……


 別に、しなくてもいいか。彼等はいわば通りすがり。そんな人達に「私は女です」なんて言わなくても、別にいいよね?


 ラルラガンさんを一発手持ちの杖で殴ったリンジェイラさんは、私に向き直った。


「アカリは、一人でここに?」

「ええ」

「お父さんか、お母さんは?」

「いないです」


 この世界には。日本では、故郷で元気に暮らしてる……はず。


 私は、彼等の理想とする娘像からはかけ離れていたらしく、実家にいた頃から疎遠だったんだよね。


 誰だって、何をした訳でもないのにごつく育った娘もどきより、生まれた時から「可愛い」と評判の娘の方が可愛いと思うさ。


 単純に、私は父親似で、妹は母方の大叔母に似たんだけどね。大叔母さん、若い頃の写真見たらどこの女優さんかと思うくらい綺麗な人だもん。


 それはともかく、目の前では私の「親はいない」発言に、孤児と思われたらしく、なんだか場がしんみりしてしまっている。


「あの、別に寂しくないし、生活にも困らないから」


 場の空気を払拭しようと口にしたら、更に同情っぽい目で見られてるんだけど……どうしよう?


「でも……こんな場所で、こんな……庭付き一戸建て? に住んでるなんて……」


 ラルラガンさんが、思いっきり可哀想という感情を顔に出してる。ああ、そっか。私は子供に見えるんだっけね。


 そりゃ森の奥で子供が一人、ログハウスで生活していたら、不思議に思うわな。


「ええと、気付いたらここにいたので、わた……僕もよくはわからなくて……」

「ええ!?」


 何で、こんなに驚かれるの?


「気付いたらって、誰かにここに捨てられたって事!?」

「そんな……こんな場所に捨てるだなんて、なんて酷い!」

「捨てるにしても、何もこんな場所まで連れてこなくたって……」

「捨てた奴は、かなりの手練れだな」


 皆それぞれ言ってますが、共通ワードが「こんな場所」。そりゃそうか。世界で最も危険な場所って言われているダンジョンだっけ。


 それに、確かに私はここに捨てられたようなものだ。いや、落とされた、が正しいのか。幼女女神によって。


 まあ、それなりに暮らしているから今更文句はないけどさあ。もうちょっとこう、安全な場所に落としてほしかったなあ。


 ちょっと遠い目をしていたら、四人が何やらもじもじしている。何? トイレ? ログハウスのはちょっと貸したくないんだけど。


「その……こんな状況で言う事じゃないとはわかっているんだが……」

「? 何でしょう?」

「頼みが、あるんだ」


 頼み? やっぱりトイレを貸してほしいの? ちょっと腰が引けていたら、なんと四人同時に頭を下げられた。


「今夜一晩だけでも、ここで休ませてはもらえないだろうか!?」

「はあ?」


 何じゃそら。

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