第7話 まいどありー

 ホーイン密林は、ちょっと変わったダンジョンらしい。広大な森林の姿をしたダンジョンの奥に、洞窟型のダンジョンが口を開いているという。


 つまり、ダンジョン攻略したーと思ったら、また違うダンジョンが出てくるという、何とも嫌ーな二連ダンジョンなんだとか。


「実は、洞窟型のダンジョンにはまだ誰も入っていないんだ」


 何故かラルラガンさんが申し訳なさそうにしてるんだけど。いや、責めてないから。


「それで、どうしてダンジョンだってわかるんですか?」

「いや、入り口までは調査が入ったが、その先には入らなかったそうなんだ。ダンジョンは特徴があるから、入り口だけでもわかるし」

「そうなの!?」

「ああ。魔力数値が自然の洞窟とは段違いなんだよ」


 へー。そして、調査には魔力を量れる機械を持っていくんだって。おお、ファンタジー。いや、私が魔法を使える時点で十分ファンタジーなんだけど。


 で、ホーイン密林は抜けられても、その洞窟まではどうしても届かない人ばかりなんだそう。


「あれ? でも、調査の人は辿り着けたんですよね?」

「かなりの金をかけて、山のように魔導具を持ち込んで、命からがら逃げ帰ってやっと、だけどな……」


 四人とも、遠い目をしてるよ。きっと、大変だったんだろうなあ。


 持ち込んだ魔導具の中には、魔物を避ける品もあったそうで、本当に行って帰ってくる事だけに全てをかけたものだったってさ。


「何で、そこまでして調査を?」

「元々、このホーイン密林単体で最高難易度なんだ。ただ、洞窟の手前まではいくつかのパーティーが辿り着いていたんだよ。で、洞窟の入り口を見たあるパーティーが、あれもダンジョンじゃないのかって言い出したんだ」


 ラルラガンさんの説明によると、ダンジョンというのは、自然発生するものらしい。


 で、発生するとまず周囲の生物、特にモンスター……魔物を取り込むんだとか。


 そうして、ダンジョンは成長する。取り込んだ生物を糧に、広く深くなるんだって。


「発生した時に、周囲に弱いモンスターしかいないダンジョンは、成長が遅い。その分、スタンピードの危険性も低くなる」

「すたんぴーど?」

「ダンジョンが内包する魔力が溢れて、中にいるモンスターを一斉に外に放出する現象の事だ。ダンジョンは、魔力が増え過ぎてもダメらしい」

「へー」


 知らない事ばかりだ。さすが不思議世界。


「で、俺達は洞窟型のダンジョンに入りたいんだが……」

「ここまで来るのに精一杯だった……」

「イールゴが大怪我をしたしね……」

「だから、この安全な場所で休ませてほしいんです!」


 なるほど、そういう事か。そういや、ここに入る前に休ませてくれって言ってっけ。いや、あれは休憩の意味で、宿泊の意味じゃないか。


 どんより気味な三人に対して、何故かシスターさん……あ、いやいやセシンエキアさんだけがキラキラの目でこちらを見てくる。


 彼女一人、別の理由がないかい?


「……ごめんなさいね、彼女、ちょっとぶっ飛んでる子で」


 謝ってきたのは、とんがり帽子を被った見るからに魔女って感じの女性、リンジェイラさんだ。


「あー、いえ……」

「あなたが汲んで来てくれた水、あったでしょう? あれが素晴らしいものだって騒いじゃってうるさいのなんの」

「ちょっとリン! うるさいは酷いじゃない。だって、あの水は本当に力に溢れていた素晴らしいものなのよ? 王都の中央大神殿にだって、あれ程の神水はないわ!」


 また聞き慣れないワードが出て来たぞ? 王都の中央大神殿? しんすい? ……神の水、で神水かな?


 そりゃあ、幼女とはいえ女神の力が宿った水だからねー。売ればいい値段が付くって話だったけど、おおっぴらに売るなって釘刺されたし。


 にしても、この四人を泊めるのかー……


 よし、ここは盛大にぼったくってやろう。


「条件次第では、この前庭を使ってもいいですよ」

「本当か!?」

「条件次第では! です」


 ラルラガンさん、先走らないでね。


「で、その条件とは?」

「お金をいただきます」

「え?」


 四人がきょとんとしている。ははは、まさかタダで泊まれるとか、思っていないよねえ?


「金額は、一人二十万イェンです」


 このホーイン密林の周辺国で使われている通貨はイェン。そこ、もう円でいいんじゃね? って思ったのは内緒だ。


 このイェン、チャージすればそのままお買い物アプリで換金されるって。レートは一イェン=一円。まんまだ。計算面倒じゃなくていいね。


 それにしても、我ながらぼったくった値段だわ。一人一泊素泊まり二十万って、どんな阿漕な宿だっての。


 しかも、部屋を提供するんじゃなくて、庭だよ? 庭。怒って出て行くのもありだけど、四人はどう出るかな?


 と身構えていたのに、一拍の後に彼等の口から出て来たのは……


「本当にそれでいいのか?」

「ここで休むのに二十万とは……格安じゃないのか?」

「そうね。場所を考えたら、安心して眠れるってだけでも、二十万以上の価値があるわよ」

「なんと心優しい方でしょう! 悪徳商人ならば、もっと人の足元を見るというのに!」


 あれええええ?




 アプリ「異世界の歩き方」によれば、この世界はまだ紙幣がない。お金は全て硬貨。コインのみだそうだ。


 そして、通貨イェンを使う国々は、金貨のみ同じ硬貨を使用しているんだって。


 で、その金貨が一枚十万イェン。つまり、彼等は私に金貨八枚を支払わなくてはならない。


「では、これで」

「……はい、確かに」


 代表して、セシンエキアさんが八枚の金貨を支払ってくれた。ちょっと待っていてもらって、ログハウスの玄関に駆け込む。


 玄関ドアを閉めてから手のひらの上の金貨にスマホをかざすと、「八十万円、チャージしますか?」と出て来た。


 うん、本物みたい。


 受け取った八十万イェンは、無事お買い物アプリにチャージされた。


 それにしても、八十万もの金をこんな密林に持ち込むなんて、お金持ちなんだなあ。


 戻ってそれを言ったら、四人が微妙な顔になった。


「いやあ、俺らは拠点を持たない冒険者だから……」

「?」


 どういう事?


「金持ちの冒険者ってのは、街中に拠点……家や邸を持つものなんだ」

「そうなんですか?」

「拠点を持てない冒険者は、所詮二流って言われてね……」

「街中では蔑みの目で見られる事もしょっちゅうです……」


 えええええ。こんな危ない場所まで来る事が出来る実力があるのに?


「要領よく稼げる連中は、金持ちの護衛なりなんなりして単価の高い仕事を請け負うんだよ」

「そういう仕事は、ギルドでも人気でね。すぐに依頼票がなくなっちゃうの」


 おお、ゲーム的存在のギルド! 酒場とかあって、色っぽいお姉さんが仲間を斡旋してくれたりするのかな?


「という訳でして、八十万イェン程度を持ち歩く私達は、お金持ちとはとても言えない存在なんです」


 セシンエキアさんが苦笑いしてる。何か、ちょっともの悲しい。


 彼等は、稼いだら稼いだ分だけ装備の購入に充てるそうだ。だから、拠点を買う程のお金が貯まらないんだとか。


 じゃあ、この八十万も大事なお金なんじゃ……


「あ、それは大丈夫。ここまで手に入れた素材で、十分お釣りが来るから」


 あ、そっすか。なら、もっとふっかければ良かった。ザンネーン。


 ちなみに、街中で一人二十万の宿となったら、それなりの上級さだって。そこだけはちょっとほっとした。




 彼等がお金持ちではないというのはわかった。でも、それはそれ。


 一人二十万を格安だと言われてしまったら、それなりにさらにぼったくってやろうと思うじゃないか。なので、あれやこれやに値段を付けてみた。


・タオル 一枚十万円

・洗面器 一人十万円

・飲み水 一瓶十万円


 ちなみに、タオルと洗面器はレンタル。使用料のみのお値段なのだ。水は瓶を返却いただきます。中身は実は水道水という外道さだよ。さすがぼったくり。瓶はお買い物アプリの在庫一掃品だし。


 ただなー、このログハウスの水道の水って、さっきセシンエキアさんが言っていたように神水らしいんだよね。そう考えると、これでも安いのかも。


 でも、瓶に入る量って、小さいペットボトルくらいだしー。喉が渇いた時は一気飲み出来る量だもんね。これでいいや。


 あと、生活用水? は魔法士であるリンジェイラさんが出すんだって。なので、こちらから提供するのは飲み水のみとなりました。


「食事はどうするんですか?」


 今の時間は午後四時。夕食には早いし、おやつの時間にはちょっと遅い。


 でも、見たところ彼等は食料と呼べそうなものを何も持っていないようだ。だったら、ここでぼったくるのもありでしょう。


 にこやかに聞いた私に、四人は大変申し訳なさそうな顔をする。


「その……余裕があるのなら、分けてもらえないか?」

「素材を持ち帰る為に、食料を廃棄してしまって……」

「今、手持ちの食べるもの、何もないのよー」

「お腹が空きました……」


 欠食児童みたいな目でこちらを見ないで。お金さえ払ってくれるのなら、出すから。


 という訳で、レトルトカレーを一人十万で提供。ライスを付けると、お値段さらに倍。提案してみたら、首を傾げられた。


「かれー……とは、どういう食べ物なんだ?」


 そこからかー。とりあえず、香辛料が利いたスープだと答えておいた。


 そしたら、四人の目がまん丸になっちゃったよ。


「香辛料のスープ!?」

「それは、王侯貴族が食べるものではないのか?」

「そ……そんなスープを、ここで食べられるの?」

「お、おいくらなんでしょうか?」


 セシンエキアさん、よだれは拭いてください。


「一人分、十万です。ライスも付けると、倍の二十万になりますが」


 すげーぼったくりだよな。海の家とかで出る焼きそば以上のぼったくり感。


 でも、四人の興味は他にあった。


「その、ライスというのは、どういうものなんだ?」


 そっか、こっちに米はないんだな。


「穀物です。ちょっと甘みのある白い粒で、スープと一緒に食べるととてもおいしいですよ?」


 私の言葉が最後の一押しとなったようだ。四人とも、カレーライスをお買い上げとなった。まいどありー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る