【番外編】 ラーク村の救済 ②
黒髪の剣士を見つけたのはいいが、ギルは声をかけるのを躊躇した。
「アリスは全員の治療に間に合ったかな?」
「そうだな! フェンリーが魔物と間違えられてないといいけど」
「ふっ、いつも仲良く話してるくせに、」
「は、はぁ? あ、あれはフェンリーが勝手に俺のベッドに……ってノルンもいただろ!」
また『何か』と喋っている黒髪の剣士にギルは意を決してゴクリと息を飲んで声をかけた。
「あ、あの! ありがとうございました!」
「ああ。さっきの子か! とってもかっこよかったぞ? 背中の白い羽はスキルだろ? 空を飛べるのか?」
「……は、はい」
「へぇ〜! いいスキルだな! 聞いた事も見た事もない」
少し驚いたように声を上げる剣士に、ギルはグッと唇を噛み締めると、半ば衝動的に声をあげた。
「あ、あなた様は特殊な剣技系のスキルなのでしょう? 僕のスキルは戦闘力のないハズレですよ……! 魔力だって少ないし、魔法だって才能がないんです!」
ギルはこんな事を言いに来たわけではなかった。
助けてくれた黒髪の剣士に心から感謝を伝えて、名前を聞きに来ただけだったのだ。
だが、目で見えないほどの神速の剣技系スキルを持ち、姿が消えたと錯覚するほどの『身体強化』を生み出す魔力量を秘めている剣士の「いいスキルだ」という言葉に、思わず口から溢れ出してしまったのだ。
「……?」
「あなた様のように圧倒的なスキルと魔力を持っている人に『いいスキルだ』なんて言われたくはありません……」
助けてくれた剣士に向ける言葉ではないとギルはわかっている。
でも、何も出来なかった自分の無力さを痛感し、死を覚悟して未だ興奮している頭では、口から溢れる言葉を止められなかった。
黒髪の剣士は穏やかに微笑むと口を開く。
「俺のスキルは確かに『超有能』だが、剣技系のスキルではないし、俺の魔力はゼロだ」
「……!!」
「剣は『かなり』の時間を費やして身につけたんだ。魔力がなくても、人間の中には君の知らない力がいくらでも眠っているんだぞ?」
「そ、そんな事……」
剣士の言葉にギルは否定的な言葉を吐き出そうとするが、諭すような穏やかな笑みと優しい口調は、とてもじゃないが嘘を吐いているようには見えず押し黙った。
(本当にそんな事、あり得るの……?)
無理だと決めつけ諦めた。自分の魔力量が人よりも少ない事を知った。頼みの綱の恩恵(スキル)は戦闘力とはかけ離れた、『逃亡専用』のようにすら感じていた。
黙り込んだギルの目には涙が溜まって行く。
「空を飛べるなんて、すごい可能性を秘めてるじゃないか! 無い物を嘆く前に、ある物をどうやって活かすか考えてみるといい」
「僕は……、僕は……」
「ふっ。君は誰かを守るために身体を張れる『心』があるんだ。きっと強くなれる」
剣士の言葉にギルはボロボロと泣き始めた。
(僕は、強くなれるの……?)
自分を救ってくれた『英雄』にかけられた言葉が胸に染み込んでポワァっと温かくなって、どうしようもなくなってしまう。
ポンッ……。
ギルの頭にまたゴツゴツとした感触が触れる。
(一体、どれだけ剣を振るって来たの……?)
手のひらの感触が、剣士の言葉の裏付けのように感じる。
「僕も、あなた様のような『手』になるまで頑張れば、強くなれるでしょうか……?」
「……? ふふっ。この手はまだまだ柔らかい方だぞ? もっともっと『刀』が手に馴染むようにしないといけないんだ」
「……」
「大丈夫。守るべき人がいて、誰よりも努力できれば、必ず強くなれる。魔法が使えないなら『剣』をすればいい。『天空剣士』なんてカッコいいじゃないか!」
黒髪の剣士はそう言ってニカッと笑うと、ギルの頭を撫でた。
「ローラン様! 村人達は大丈夫そうです。不幸中の幸いとでも言うのでしょうか……? 頭を潰され、即死の者が居なかったので、なんとか治癒できました」
「ローラン。『急に慌てて』、どうしたのかと思ったら、『こんなこと』になってたのだな! 我はそろそろ『ノルン』の力を教えて欲しいのだ!」
「はぁー……! よかった。人だけでも救えたんだな! ここで討伐した大鬼(オーガ)共は置いていく。村の再建に金がいるだろうしな!」
「そうですね。素晴らしいお考えです、ローラン様」
「ローラン! 聞いているのか? 我はノルンの力を教えて欲しいのだ!」
「……いまはそれどころじゃないだろ。ひとまず、村長にこの旨を伝える。ミラに通信して、ヨルムに冒険者達を派遣してもらおう」
「私達は先を急ぎますか?」
「ああ」
狼のような耳と尻尾を持つ女の子は騒いでいるが、黒髪の剣士は気にする事なく、ギルに視線を向けた。
「……どうした? 大丈夫か?」
『ローラン』と呼ばれた『英雄』の言葉にギルの涙は止まらなかった。命だけでなく、心まで救われた。
――強くなれる。
ギルは誰かにそう言って欲しかった。
「強さが全てじゃないぞ? ギル」
「ギルは優しいじゃない! それだけでいいの」
「人間には向き不向きがあるんだぞ、ギル」
村の人達は優しかった。
でも、ギルが言って欲しかった言葉は誰1人として言ってはくれなかったのだ。
みんなは隠していたがギルは知っていた。両親が冒険者として魔物達と戦って死んだ事と、一部の人達から、影では「夢を見てバカなヤツだ! 本当に『アイツら』そっくりだ」と笑われていた事を……。
物心つく前に死んでしまった両親。
ギルは湧き上がる衝動は抑えられなかった。
『英雄になりたい』
自分にはなれないと線を引いた。現実を見て、身の丈に合った一生を過ごす事を諭された。自分すらも諦めていた幼い頃の夢。
ギルは誰かに言って欲しかった。でも、まさか自分を救ってくれた命の恩人に言って貰えるとは夢にも思っていなかったのだ。
黒髪の剣士にかけられた言葉が『これから』のギルの景色を一変させた。
(僕は頑張ってみても……、挑戦してもいいんだ!)
命の恩人にギルは『きっかけ』をもらった。
それが何よりも嬉しかった。
それが何よりも誇らしかった。
「本当に、ありがとうございます……、『ローラン様』。僕も必死に努力して、ローラン様のように強く、優しい『英雄』に……なり、ます! 必ず!!」
黒髪の剣士はギルに向かって穏やかに微笑んだ。涙ながらに瞳に力を滲ませるギルに強い意志を感じた。
「……ああ、頑張れ! きっとお前は誰よりも高く飛べるさ!」
剣士は鞄から一振りの短剣を取り出しギルに投げた。
「餞別だ。魔力を込めると形が変わる『宝剣』らしいんだけど、俺には意味がないからな。また会えるのを楽しみにしてるぞ?」
ギル・アネスティーユ、12歳。
少年は1人の剣士と出会い、進むべき道を決めた。
渡された短剣は軽量だが、装飾の1つを見ても高級品である事がわかる。刻まれた刻印は魔法付与の証。この一振りが一級品であることは聞かずともわかった。
「あ、りがとう、ございます……」
ギルは誰になんと言われようともう迷わない。
(いつかあなた様のように『誰かを救える英雄』になります……!!)
ギルは『託された』短剣を固く握りしめた。
※※※
「……ロ、ローラン様。よ、よろしいのですか? 『あれ』は北の大国に住まうドワーフ族が鍛え、希少種のウィザードが付与を施した短剣ですよ?」
アリスの言葉にローランは「ん?」と首を傾げる。
「……陛下が『武器も持って行け』ってうるさかったから貰って来ただけの短剣だ。解体用として使うより、未来ある者に渡したほうがいいんじゃないか?」
ローランの言葉にアリスは顔を引き攣らせる。
「ば、売却すれば数千万ベルの価値があると思いますが……」
「え……、えぇっ! あの短剣、そんなにすごいヤツなのか? あれが『黒天』より高い? どう考えても『黒天』の方が優秀だろ?」
「……そ、それはローラン様の腕があってこそですよ」
アリスの言葉にローランは顔を引き攣らせるが、別に後悔があるわけでは無い。
使いこなせない自分より、しっかりと可能性を秘めている使い手の方が、『剣』も喜んでくれると笑みを溢した。
「『あの子』は強くなる。心配ないさ!」
ローランの頭には大鬼(オーガ)を一瞬だけ硬直させた『気』が込められた少年の眼光があった。
無意識に込められた『気』。
(『一瞬の硬直』が自分自身の命を救ったと教えてやればよかったな……)
ローランは心の中でそんな事を考えたが、村の惨状の復権よりも、あと少しで妹に会える気持ちを抑え込む事に尽力する。
「それより通信するぞ! 村の復興はヨルム達に任せよう!」
ローランが声を上げるとアリスは感嘆したように、
「……。ローラン様はあの少年を導かれたのですね。さすが、導師様です」
ローランは小さく苦笑し、ミラに渡された通信用の魔道具の準備を始めたが、ノルンはローランの顔を覗き込み、イタズラな笑みを浮かべる。
「ふふふっ。マスター? シャルちゃんは逃げも隠れもしませんよ……?」
ノルンの言葉にローランは少し顔を赤くした。
「……うぅーん? ローラン! ノルン! 我は早くノルンの『力』について教えて欲しいのだ!」
フェンリーは大きく首を傾げながらも、まるで『こうなる事』がわかっているかのようなローランの行動とドヤ顔のノルンに声を荒げた。
【最強剣士】はスキル【栞】で再出発〜親友だと信じていた幼馴染に追放された俺は、妹の呪いを解くために、美人の『聖典』とタイムリープを繰り返して100年もの時間を費やした剣で幸せを手にする。〜 夕 @raysilve
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