【番外編】 ラーク村の救済 ①




―――王都『ルベリー』の南西 「ラーク村」



「も、もうやめてくれ……」


 街道から外れた森の中にあるラーク村の少年『ギル』は目の前の惨状に力なく膝をつき、ただそれを見ていた。


「いやぁ!」

「きゃーー! やめてぇーー!!」

「逃げろぉ! 早く逃げるんだ!!」


 泣き叫ぶ村人達はみんな知っている。孤児だったギルは村人達に叱られ、支えられ、助けられて今生きている。



グオオォオオオオン!!


 ひときわ大きな鬼の魔物が叫ぶと、周囲の鬼がそれに応えるように咆哮を上げ、棍棒(こんぼう)を振り回している。


「逃げろ! ギル!! 早くッ!!」


 兄のように慕っていたマーズの叫びにギルはただ顔を歪ませ涙を流す。大きな鬼の手には大きな剣。


(もうダメだ……。ここでみんな死ぬんだ……)




グジャッ!



「ぐぁあああ!!」


 マーズの腕が砕かれ骨が外に飛び出ている。ギルはその光景にカタカタと歯を鳴らすだけで、足は地面に縫い付けられた様に感じる。


(みんな、みんな……死んじゃう……)


 村には火の手が回り、逃げ惑う村人達は次々に鬼の棍棒に叩かれては倒れていく。



――僕は英雄になるよ! 大きくなったら冒険者になって、この村をもっといい村にするから!


 小さい頃に聞かされた英雄譚に憧れた。


 ギルに与えられた恩恵(スキル)は【白羽】。

 魔力量は人並みより少ない。


 憧れてみたはいいが、現実は甘くない。

 戦闘力のないスキルと魔力量に特別な物はなく、魔法の才能はゼロに等しいギルは、すっかり現実に飲まれていた。


(何が『英雄になる』だ……!)


 目の前の惨状にカタカタ震えて、ただ絶望することしかできない。


 孤児の自分を助けてくれた村人達がバタバタ倒れて行っているのに、一緒に森を駆け回った友達が逃げ惑っているのに。

 

(誰か、誰か助けて……! みんなを助けてよ!)



グオオォオオオオン!



 また大きな鬼が叫び、小さな鬼が呼応する。


「ギルー! 助けてぇえ!!」


 叫んだのは幼馴染のルル。

 それはギルが想いを寄せる少女だ。


「ルル……!!」


 ギルはガクガクと震える足に鞭を打ち駆け出した。鬼の魔物に対する恐怖よりも、ルルを失う恐怖の方がはるかに大きく、考える間もなく駆け出したのだ。


「ギルゥ!!」


「ルル!! 待ってて! 僕が、助けるからッ!!」



ブォオ!


 ルルを追いかけていた鬼が棍棒を振り上げる。大きな鬼より小さいと言っても、その魔物は12歳のギルの2倍以上はある。


 ギルはルルを抱きしめると、上空に逃げようとスキルを発動させる。


「《白羽(ホワイト・ウィング)》!!」



バサッ!


 背に生えた白い翼。飛び去ろうと背中に力を込めるが、混乱と恐怖に支配される頭は身体を硬直させる事を選んだようだ。



ガゥッ!


 振り上げられた棍棒が勢いよく落ちてくる。


「ルル!! 逃げてッ!!」


 ギルは叫び、振り下ろされた棍棒がルルの元に行かないようにバッと両手を広げた。


(死ぬ。きっと僕はここで死ぬ……!! ルル! ルル! ルル!)


 死の間際、ギルの頭にはルルしか居なかった。せめてルルだけは逃げ延びて欲しいと心から願った。



「うわぁああああ!!」


 鬼の魔物の怪しく光る赤い目を泣きながら睨みつける。これで何が変わるわけでもない。でも、叫び、睨む事しか出来なかった。



「強い子だ……!」



 声が聞こえると同時に鬼の頭が飛んでいた。振り下ろされたはずの棍棒は、視認する間も無く斬り落とされていた。


 火に包まれる村の中に黒髪が揺れていた。ギルはドサッと腰を抜かし、目の前に現れた青年を見上げた。


「もう大丈夫だ。よく頑張ったな? 偉いぞ?」


 優しい青い瞳と笑顔。撫でられた頭には、見た目からは想像もできないほどに分厚くてゴツゴツした手のひらの感触が伝わってくる。


「あっちに避難していろ。ちゃんと女の子も連れて行くんだぞ?」


「……」


 ギルは口を開く事すら出来ないほど目を奪われた。

 

 目で追う事すら叶わない剣筋。少し変わった黒い剣と、助けてくれた人の立ち姿があまりに綺麗で息を飲むことしか出来なかった。


「アリス! 急いで治療を! フェンリーは村人を拾ってアリスのところへ!」


「はい! ローラン様!」

「わかったのだ!」


 黒髪の剣士の言葉に、綺麗な女の人と狼のような耳と尻尾のついた女の子は即座に行動を開始する。


「ノルン。やっぱり『最短で来ても』被害があるな! 村に火が回ってる……」


「まぁそうだけど……。とりあえず大鬼王(キングオーガ)を早く討つぞ!」


 剣士は『何か』と少し話をするとパッと姿を消した。するとすぐ左で小さな鬼の断末魔が響き、ドゴォーンと巨大な轟音が響くと同時に地面が揺れる。


 ギルの耳に聞こえてくるのは、


「ありがとう、ありがとうございます!」


 涙声の感謝の言葉とパチパチと家が焼ける音だけだった。


「ギルッ!! ありがとう、ありがとう!! とってもかっこよかったよ!」


 急に後ろから抱きつかれると、ルルの泣き声と嗚咽が耳元で聞こえた。


「僕……、い、生きてるの……?」


「うん! うん!! 私達、生きてる!!」


「ルル。よかった。本当に……」


 ギルはルルを見つめると強く抱きしめ、いま初めて『生』を実感した。


「ルル! 無事じゃったか!」


「うん! ギルと『あの人』が!」


「おお。よかった。本当に……。ギル! ありがとうな……!!」


 ボロボロの服なのに無傷の村長がルルを抱きしめたのを確認し、ギルは駆け出した。


(『あの人』は……! あの人はどこに?)


 ギルは全ての家が燃えている村の中を走り回りながら、黒髪の剣士を探した。村人の姿は一切なく、斬り捨てられた鬼の首や腕が辺りには散乱している。


(ここは死後の世界なんじゃ……?)


 ギルが首を傾げていると、巨大な鬼の頭と身体が斬り離されて倒れているのを見つけ、すぐそばに目的の人物を見つけた。


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