『天弓』の旅立ち
立食パーティーは何の成果もなく、ただ貴族に嫌味を言われるだけの無駄な時間だった。
アリスは慣れているのか、上手くあしらっていたが、フェンリーの機嫌を取るのは一苦労。ノルンにフェンリーの相手を任せ、『1人でぶつぶつと喋っている頭のおかしい獣人』と認識させ、相手にされないようにした。
これに対して貴族連中はおもいっきり引いていたが、別に積極的に関わる気もないので、別にいいかとノルンの楽しそうな笑顔を見つめた。
「ロ、ローラン様……。フェンリーさんは大丈夫なのですか?」
アリスの言葉には苦笑しか出来なかった。『今回』はどこかのタイミングでノルンの存在を伝えてみるのもいいかもしれないと感じた。
早々に切り上げ、ルベル王国の研究員達と顔を合わせた。あまりいい顔はされなかったが、アリスの特級回復薬(エクスポーション)を差し出すと、俺達の評価は一変した。
「導師様! 聖女様! これは世紀の発明でございます!」
研究所長の『ギデオン』は極端な実力主義者のようで、目に見える成果にひどく興奮し、絶対に量産の目処を立てると鼻息を荒くしていた。
国王アレクの計らいで、宝物庫から好きな物を持っていってよいと言われたので、旅に役立ちそうな物を数点頂いた。
もろもろの準備……、主にシャルや教会へのお土産や国王アレクへの挨拶を整え、号泣する『赤モグラ』ことギースに笑い、受付嬢ミラに泣かれ、たくさんの冒険者達から託された。
ちなみにアリスとフェンリーと共に行動する事を羨ましがられ、中には血の涙を流している者もいて、フェンリーは終始ご機嫌だった。
「ローラン。また王都に来た時には一緒に酒を飲もうぜ。困った事があればいつでも言ってくれ」
ヨルムには本当に世話になった。
今回、1番の『イレギュラー』にして、最大の報酬はヨルムとの関係にあるとすら思える王都滞在だった。
朝焼けと共に王都を出立する。ほとんどの冒険者達は酔い潰れ、なかなか寂しい出立ではあるが、気持ちは昨晩の宴でたくさん貰った。
寂しいと言っても、『いつも』に比べればかなりの人数だ。
「うぉおん、うぉおん!! ローランさん! 俺は、俺は……!! 行かねぇでくれよ! 俺はあんたに認められるような冒険者に……!!」
「いつまで泣いてるんだよ、ギース。降格したとはいえ、1度は『A』までいけたんだ。すっかり冒険者達への態度も変わったみたいだし、頑張れよ?」
「うぉおーーーん! ローランさぁーーん!!」
「き、汚ないな……。は、離せ、ギース」
巨体を丸めて俺にしがみつきながら、号泣するギースを宥めていると、ミラが水晶のような物を手渡してくる。
「ローランさん。いえ、導師様。これは通信用の魔道具です。これで、たまには連絡を頂けませんでしょうか……?」
「え、確か、かなり高かったはずだけど……?」
「でかした! 『ミラ嬢』!! ローランさん! 毎日これで顔を見せてくれよ!」
「ふっ……お前は少し黙ってろ」
通信用の魔道具。俺もシャルといつでも連絡が取れるように購入しようとしたが、確か100万ベルほどの高値だったはずだ。
(なんでこんな高価な物を……?)
俺はギースの顔を押し退けながら、ミラに視線を向ける。
「お気になさらず。私は『独り身』! 贅沢などせず、給金は『いざ』という時に取っておりましたので!!」
グイッとギースの頭を退けて、至近距離で上目遣いをするミラに笑みが溢れる。
「なるほど!! わかったぞ。王都に『緊急』の襲撃とかおかしな動きがあった時のためだな!? それは俺が用意しておくべきだったな。悪い……」
ミラはピクピクと顔を引き攣らせると、
「い、い、いえ……。そ、その通りです……。はい……」
などと俯いた。俺は「ん?」と首を傾げると、ヨルムの豪快な笑い声が響く。
「ガッハッハ!! 勘がいいんだか、鈍いんだか。まぁ、気軽に通信してやってくれ。俺もお前達の動向がきになるしな!」
「ああ。ありがとうな、ミラ」
ポンッと頭を撫でると、ミラはうるうると瞳を滲ませる。遠く離れていても繋がっていられる。魔道具技師達の叡智の結晶と努力には本当に感嘆する。
「ローラン様! 俺達も立派な冒険者になりますよ!」
「『黒涙』の根絶! 導師様なら必ずできます!」
「また一緒にお酒を飲み交わしましょう!!」
周囲にいた冒険者達から声があがる。「アリス様ぁ〜!」や「フェンリーちゃぁあん!」などと騒いでいる者たちもいて、朝方だと言うのに騒がしい出立になってしまった。
「ローラン! パーティー名はどうしたんだ?」
「『天弓(テンキュウ)』だ」
「……『テンキュウ』?」
「俺達が『本物の雨上がり』に『虹』をかけるんだ!」
俺の言葉にヨルムは少し目を見開いた。
「……ハハッ! お前達なら必ず出来る! 頼んだぜ、ローラン! アリスリア! フェンリーちゃん!」
「ふふっ。相変わらず暑苦しい男ですね、ヨルムさん。ご心配なさらず。ローラン様と共に必ず……」
「我に任せておくのだ! ヨルム! たくさんの美酒と豪華な食事を用意しておくのだぞ?」
2人の言葉にヨルムはニカッと笑顔を浮かべる。俺はこれ以上の言葉は要らないような気がして、そっと手を差し出した。
固く握られた手にヨルムの熱を感じる。
「行ってくる……」
「ああ……」
交わされた短い挨拶に再会を固く決意する。見送りに来てくれた冒険者達をグルリと見渡し、目に焼き付けるとノルン、アリス、フェンリーに目を向ける。
「行くか」
「はい。ローラン様」
「フハハッ! 早くローランのご飯が食べたいのだ!」
2人の返事を聞き、俺達はゆっくりと歩き出した。振り返るような事はしない。
「頑張れよぉー! 『天弓』!!」
ヨルムの声が響くとみんなの声援が沸いた。それを背中で聞きながら自然と頬が緩む。
「マスター! シャルちゃんが待ってますね!」
ノルンの言葉に更に笑みを浮かべながら、シャルの笑顔を思い浮かべた。その笑顔はやっぱり世界一可愛かった。
ーーーーー
ここまで読んで下さった皆様。本当に感謝申し上げます。これにて1章完結です!
あと『ルーリャまでの道中』でのエピソードを【番外編】として2話、今日中に更新します。
少しでも「面白かった」「2章も頑張れ!」と思っていただけましたら、
☆☆☆&フォロー
して頂ければ嬉しいです。
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