確認とノルンの異変
任命式を終えると、王宮での立食パーティーが予定されており、俺達は王宮の一室にて休息を取る事になった。
貴族連中の相手など本当に憂鬱だが、何か手がかりがあるかもしれないし、アレクやヨルムの顔を立てるためにも参加を決めた。
「ローランさん……、いえ、ローラン様。何とお礼を申し上げればよいのか……。必ずローラン様の役に立つ事をこの場で誓います」
部屋に入るなり、アリスは深く頭を下げた。
「や、やめてくれ。そもそも、不当な幽閉だったんだから! それに敬称は必要ないからな?」
「いえ、そのようなわけには行きません。こうして、私が解放されたのはローラン様のおかげでございます。私の事は『アリス』とお呼び下さい。私はローラン様の妹様を救うためにどんな事でもしますので……」
「え、あ、う、うん……」
アリスは頑固なところがあり、一度決めた事はなかなか覆ることはない。
(気持ちは嬉しいけど、なんか『いつも』と違いすぎるぞ……?)
ここ数日で話し合いの場をたくさん設けたのは間違いなく『正解』だった。「俺という人間を知って貰うことでスムーズに出立にする」という目的は達したが、『いつも』と違いすぎて困惑する。
――解放して下さった事には心から感謝しますし、協力も惜しみません。しかし、私は私なりのやり方で『黒涙』に挑みますので……。
『いつも』の言葉とは真逆とも呼べるアリスの言葉に思わず苦笑してしまう。打ち解けるのはシャルと顔を合わし、はしゃめちゃ可愛いシャルのおかげだったのだ。
キョトンとしていたフェンリーが声をあげる。
「ローラン。ノルン。この娘は誰なのだ?」
「彼女はアリスリア・ガーネット。【治癒の聖光】のスキルを持つ『聖女』だ」
「……ふぅーん」
フェンリーはしばらくアリスを見つめながら、「ふふッ」と勝ち誇った笑みを浮かべる。
「我のおっぱいの方が上だな……!!」
アリスは目を見開き少し驚いた顔をするが、すぐに苦笑を浮かべる。
「……ローラン様。この方は誰なのですか?」
「あ、あぁ。彼女は『神獣』のフェンリー。……放っておけばいいから」
「は、はぁ……。よろしくお願い致します。フェンリーさん」
「フハハハッ! 我が神獣である事に疑わないとは、なかなか見どころがあるぞ! アリスよ!」
「え、あ。はい」
アリスは顔を引き攣らせながらも、愛想笑いを浮かべる。
(大人の余裕だッ! ノルンとは大違いだなぁ)
特に言い返す事も無駄な事を話すわけでもなく、ただ曖昧に微笑むアリスにそんな事を思った。
「フェンリー。ここのお菓子全部食べていいから、少し黙ってな?」
「ローラン! それは本当なのか!?」
「これは全部フェンリーにやるよ!」
「一生、付いていくのだ! 我に出来ることがあれば何でも言うのだぞ、ローラン」
「あぁ。はいはい」
ふわふわの尻尾をフリフリと振りながら、満面の笑みでお菓子に食べ漁り、うるうると瞳を潤ませるフェンリーはただの子供だった。
「これで、大丈夫。アリス、『黒涙』についてわかっている事を教えてくれ」
「……はい。まずは、『黒涙』の発動条件についてですが……」
アリスはすぐに真剣な表情に戻り、『黒涙』について話し始めた。嬉しい『イレギュラー』を期待したが、俺の知っている情報と同じだった。
発症する条件は飢餓と魔力の枯渇。
あの雨に打たれている事。
基本的には、『黒涙』が発症するのは平民ばかりだ。裕福な生活をする貴族で発症する者はかなり少ない。
発症後、5年以内で絶命。
回復薬(ポーション)や継続的な治癒魔法で病気の進行を抑える事は有効だが、平民達にとってそれが出来る者達は一握りであり、5年以上の延命を実現する事は不可能。
アリスの見立ては俺が『これまで』聞いていた物と同じ。結局、手がかりは『最果て』にしかない事を理解する。
アリスの研究は、あらゆる薬草に自分のスキル【治癒の聖光】の《聖浄化(ホーリー・ピュリフィケイション)》を行い、万能薬(ラストエリクサー)を作り出す事。
現在、成功しているのは複数の薬草を組み合わせることで生み出した、高級回復薬(ハイポーション)より少し効力のある特級回復薬(エクスポーション)の制作までだ。
「こんなところでしょうか……。少しは役に立つ情報はありましたでしょうか?」
説明を終えたアリスは少し不安気に俺の顔色を伺う。
「もちろんだ! エルフの里で『聖水』を手に入れれば、超級回復薬(エリクサー)の開発できるはずだ。アリスがいてくれないと完成しないんだ。頼むな?」
「……ロ、ローラン様は薬学に精通してるのですか? せ、『聖水』ですか……。なるほど、試してみる価値は充分にあります」
「……あっ。まぁな! 俺も勉強してるんだ!」
「……ローラン様は『神』のようなお方ですね」
「いやいや、そんな事はない! アリスの力がないと作り出せない! どちらかといえば、アリスの方が『神』に近いだろうな」
「そ、そんな事はあり得ません!」
アリスは少し照れたように頬を染める。
俺は既に『知っている』だけで、俺が生み出せる物じゃない。超級回復薬(エリクサー)も、おそらく万能薬(ラストエリクサー)もアリスの力なくして手に入る物ではないと思っている。
(よし。『ここから』だ。研究所にはアリスの『特級回復薬(エクスポーション)』の成分の解析と鑑定に回して、量産できるようになればいいけど……)
権利を与えられたなら提供はする。あまり期待は出来ないが、アリスが生み出した物が量産できるのなら、『黒涙』に対する「延命薬」として世界に知れ渡らす事も可能だ。
俺が思考を進めていると、お腹を膨らませ満足そうなフェンリーが声を上げる。
「ローラン! それよりこれからどうするのだ? ここよりももっといい場所なんてあるのか?」
「ふっ、あるぞ? 俺の妹のところだ!」
「……ああ! 我より『可愛い』と言っていた者だな? それも楽しみだ!」
「ローラン様。妹様はどちらに?」
「辺境都市のルーリャだ! ひとまず俺の妹の『シャルロッテ』と合流してから色々と動こうと思う」
「フハハッ! ローランのご飯も楽しみなのだ!」
「承知致しました、ローラン様」
2人の返事を聞きながら俺は頷き、ノルンに視線を向ける。ノルンは少しぎこちない笑みでニッコリと微笑むが、何やら元気がないのは一目瞭然だ。
(ふっ、2人きりになれないから拗ねてるのか?)
心の中で呟き、小さく微笑みかけるがノルンは俺から視線を外し俯いた。
(……ノルン?)
あまり見た事のない反応に少し驚くと部屋にノックの音が響く。
「導師様とその一行の皆様。準備が整いましたのでご案内させて頂きます」
王宮のメイドがドア越しに声をかけてくる。
「アリス、フェンリー。先に行っててくれ。アリス、フェンリーを頼むぞ。フェンリーは食事を食べながらいい子にしてるんだぞ?」
「わかったのだ! 行くぞ! アリス!」
「……ローラン様は?」
「俺はちょっと用がある」
「承知致しました」
アリスは不思議そうに首を傾げ、フェンリーはチラリとノルンの様子を伺う。ノルンは泣きそうな顔で俺を見つめていた。
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