クロロ一行のダンジョン攻略 ⑥
―――最果てダンジョン 25階層
「ゴーン、いないね? まぁあんなクズ、さっさと死ねばいいと思うけどッ」
メリダの言葉にミザリーはブルッと身体を震わせた。
20階層主の鎧熊(アーマーベア)との戦闘中に、ゴーンに蹴られ気を失っていたメリダの悪態は心からの言葉のように聞こえたからだ。
(狂ってる……)
ミザリーは、『仲間』と少し揉めただけで平然と「死ねばいい」などと言ってのけるメリダに嫌悪感を抱きながら、逃亡に失敗した事を実感する。
足に突き立てられたクロロの剣の傷はメリダに治して貰ったが、心と『身体』に植え付けられた恐怖は拭い去れる物ではなかった。
「くっ……少し休憩する。来い、メリダ……」
「ふふっ。嬉しいッ!」
クロロの言葉に、何の躊躇もなく服を脱ぎ、擦り寄るメリダに吐き気がする。
ミザリーは、始まった『情事』から目を逸らし何も出来ずにうずくまる。
また更に『ネジ』が飛んだクロロ荒い呼吸と、メリダの甘い声を背中で聞かされながら、ミザリーはローランのリュックをギュッと握りしめた。
(助けて下さい……。ローランさん)
全てが狂っている。
ローランが消えて、何も上手くいかなくなった『炎剣(フレイム・ソード)』。ミザリーの心の支えはローランしかいなかった。
下腹部から消えてくれない『不快感』と欲望を剥き出しにするクロロの表情が消えてくれない。
汚された身体を今すぐにでも洗い流したいのに、ダンジョンにそんな場所があるはずはない。
込み上がる涙を必死に堪えながら、ローランの紺碧の瞳を思い出し自我を保った。
「あぁっ! んっ……! ハァハァ……。クロロ!」
メリダの声に全身の毛が逆立ち、小さく丸まり耳を塞ぐ。
クロロは『こんな』事をする人間ではなかった。更に『壊れた』のは、右腕が『黒炎』に包まれてから。
複雑な模様の『火傷』が現れてからだ。
気性が荒くなり欲望のままに貪る。だが、それとは対照的に凄まじい『力』を得たように見える。
あれほど苦戦していた鎧熊(アーマーベア)を一蹴し、攻略を進める度に『黒炎に包まれる右腕』を使いこなしていく。
以前から強かった。
確かにクロロは抜きん出た『力』を持っていた。でもそれから更に2段階、3段階と力をつけた。
【煉獄焔】が進化した。
魔力量が跳ね上がった。
ミザリーはもう逃げられるはずがない事を理解していた。誰もクロロには敵わないとわかっていた。
(ローランさん……)
でも、縋らずにはいられなかった。
クロロの幼馴染にして、ずば抜けた戦術眼の持ち主。おそらくクロロの【煉獄焔】を斬り裂いたであろう人物。
このパーティーを支え、導いてきたローラン・クライスという自分がバカにしていた男に。
「クロロ! んっ。ハァッ、ああっ!」
ミザリーは強く強く耳を塞ぎながら、ローランの笑顔だけを思い浮かべていた。
※※※※※
30階層主の『牛狼(ミノウルフ)S-』を前にクロロは口角を吊り上げた。
(余裕だ。負ける気がしない……)
ブォオオオン!!
クロロは、ミノタウルスの風貌に、黒い毛並みと狼の足、3メートルほどの巨躯に黒々とした鉄の棍棒(こんぼう)を手に持っている魔物の咆哮を鼻で笑った。
「ミザリー。『アイツ』のノートには何て書いてある?」
「……影に潜るようです。シャドーウルフの俊足と技能。ミノタウルスの怪力と強化された防御力。弱点は、」
「要らない。それだけわかれば充分だ……」
クロロはニヤァッと笑みを浮かべゴクリと息を飲む。
「《黒炎武装(ヘルフレイム・アームス)》……」
ボワァッ!
右腕に黒炎を纏わせ、剣に伝播させる。
「《身体強化(ボディ・ブースト)》、《魔力探知(マナ・サーチ)》……」
クロロは自身の全能感に打ち震える。
(やっぱり俺は選ばれている! コイツをぶっ殺したら、あの『虫ケラ』にわからせてやる)
クロロは自身の異変に気づいていなかった。歯止めの効かない殺戮衝動。唐突に湧き上がる欲求。満たされる事のない飢餓感。
それは全てはローランのせいであり、ローランさえ消し去ってやれば全てが解消されると信じ込んでいた。
ブォオオオン!!
クロロは牛狼(ミノウルフ)の咆哮が怯えているようにすら感じ、「クククッ……」と楽しそうに笑みを漏らす。
「《煉獄火炎(パーガトリー・フレア)》!!」
真っ赤な炎を左手で放つが、牛狼(ミノウルフ)は高速で躱し、黒い棍棒を振りかぶりクロロめがけて振るう。
ガキンッ!!
牛狼(ミノウルフ)は、眉一つ動かさず片手で持った剣に攻撃を止められた事に驚愕したようだ。
ブォオオオン!
ガキンッガキンッガキンッ!!
狂乱する牛狼(ミノウルフ)をクロロは飄々と攻撃を防ぎ続ける。
「クククッ……うるせぇよ」
言葉と同時に剣を振るう。
スパンッ! ザッ! ザッ!!
クロロは黒炎を纏った剣で鉄の棍棒を斬り、即座に2撃入れる。
ブォオオオンー!!
牛狼(ミノウルフ)は、腕と横腹の切り傷にクロロの黒炎が纏まりつくと踠き苦しみながらも、その箇所を抉りとり、すっかり怯えた表情を浮かべる。
(さすがに、瞬殺とはいかないか。ザコの割には、なかなかいい判断だぞ?)
自ら黒炎を抉り取り、一瞬でボロボロになった牛狼(ミノウルフ)に心の中で褒める。
牛狼(ミノウルフ)は慌てた様子で影に逃げようとするが、クロロは地面に消えそうな首を刈り取るように剣を振るった。
高く上がった牛狼(ミノウルフ)の首と影から上がる血飛沫にクロロは確信した。
ボトッ……。
(俺こそが最強だ……! 俺こそが至高の存在。地上に降り立った『神』だ!!)
クロロの頭には牛狼(ミノウルフ)の事なんてなかった。あったのは、最強にして至高の自分憐れみ、バカにして去っていったローランの清々しい笑顔だけだった。
「クロロ! あなたはやっぱり最強だわッ!!」
クロロはバカのようにはしゃぐメリダと、唇を噛み締めるミザリーを一瞥し、対極の反応に笑みをこぼして静かに口を開いた。
「もう帰るぞ。ゴーンのバカは魔物に食われたんだろ」
決してゴーンを探していたわけではない。
クロロは、ローランを屈服させ、這いつくばらせ、じわじわなぶり殺す力を研ぎ澄ませていただけだ。
(待ってろよ。ローランッ!!)
クロロは悪魔の形相を浮かべ、最果てダンジョンからの帰路に着き始めた。
ただローランを殺すため。
ただローランを絶望させるため。
目的地は妹シャルロッテがいて、絶対にローランが現れる街。自分が生まれ育った街『ルーリャ』。
薄暗いダンジョンには3つの足音が響いていた。
ローランは知らなかった。
『いつも』なら、ゴーンを囮にする前にクロロが両腕と片足を失って廃人と化し、パーティーが壊滅に追い込まれていた事を。
そして勝負をかけた『今回』、クロロが何千万分の1の世界線を引き当てた事を。
そして2人はまた対峙する。
今はまだ、そこに待っている事など知る由もない。
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