それぞれの心中
アレクは薄く微笑むローランを見つめ、この選択が『全て』をより良い方向へと向かう事を確信していた。
(久しぶりに『未来』が見えたわ。この青年こそが、世界を導く者……)
アレクがローランにこだわるのには理由があった。初めて王宮に招いた時のローランの言葉の数々は本当に耳が痛く、それと同時にひどく感動した。
――『俺達』は絶対に『黒涙』を治してやる!
ローランの言葉と共にザザッと視界が揺れた。アレクの頭に飛び込んで来たのは、『未来』の映像。
※※※
『陛下。これは私だけの功ではありませんよ』
『何を言う! 其方が『あの者』を解き放ち、』
『支えてくれた仲間達。私を信じ、託してくれたあなたや友人達。『黒涙』に打ち勝ったのは、苦しみもがきながらも、希望を捨てなかったシャル……、妹のような者たちですよ』
『片腕』を失っているのにもかかわらず、屈託のない笑顔はとても晴れやかで紺碧の瞳が輝いていた。横にいる銀髪の美女は、翡翠の瞳と銀色の瞳を合わせ持ち、愛おしそうにローランを見つめていた。
※※※
久しぶりに発動したアレクの【未来視】。何年後なのかはわからないがローランが『黒涙』から人類を救う事は『確定』されている。
自分の見た『未来』を誰にも伝える事はない。些細な歪みが未来を変えてしまう可能性がある事を知っているからだ。
アレクはだからこそ、周囲の反対を押し切り無理矢理にでもローランに権力を与えた。
(私に出来るのは『ここまで』だ。後は其方に託したぞ?)
アレクはローランを見つめながら、ふと勇者『エレナ・コーネルウス』の姿を思いだしていた。
――私共は必ずや魔王を討ち、世界に安寧と平和を手にして帰ります。
勇者の帰還に顔を出せなかった。病に伏せ死の間際を彷徨っていたアレク。討伐を果たした勇者を労う事すら出来ず、オーグスの『凶行』を止める事すら出来なかった事を思い出していた。
(『意志を継ぐ者』と聖女が、其方の栄誉を……)
アレクは心の中で呟き、天を仰いだ。
※※※※※
ヨルムはローランとの初めての邂逅の時を思い出していた。騒がしい冒険者ギルド、その中心で苦笑を浮かべていた魔力ゼロの冒険者。
(『アーサー』か……?!)
時にケンカし、助け合い、競い合い、酒を交わしあった勇者の姿を直感的に連想した。
――ヨルム。お前さえ良ければ『僕達』と行くかい? 『月光』は力のあるパーティーだ。一緒に魔王を討ちに行かないか?
随分と年下のくせに偉そうなヤツだと思いながらも嬉しかった。世界の期待を背負う16歳の『少年』を、ヨルムは心から尊敬していた。
『『あの時』、一緒に行っていれば違った未来が待っていたのか?』
ヨルムの頭から消える事のない疑問。
邪竜の討伐を終え、帰還した王都に待っていたのは、「全てが終わった」後だった。
史上初の『Sランク』への昇格を果たしても何の意味もない。
『俺達はお前らにも負けねぇパーティーだ!』
そう言ってやりたかった者達は既にいなかった。
苦楽を共にする仲間になるよりも、競い合い高め合うライバルとしての道を選んだ。『勇者達が魔王を討つなら、自分達は邪竜を討つ』と別れた。
あの選択が正しかったのか、間違っていたのか嘆いたところで何の意味もなかった。
せめて『聖女アリスリア』の解放を叫んでも、ただの冒険者の権力では無意味である事を知り、グランドマスターへの道を選んだ。
着実に、緻密に、計画を練り、冒険者だけの国を興そうとしていた。ヨルムは勇者アーサーを処刑した、この国が心から嫌いだった。
『独立国家を生み出し、『聖女解放』の戦争を起こす』
ヨルムの計画はあと2年もすれば完成していた。
そんな時、1人の青年が現れた。
アーサーと同じ『魔力を持たない者』。
ローランを初めて見た時、ヨルムはなぜか泣きそうになった。
ローランを知れば知るほどに魅せられる。アーサーとは全く違うのに、その心の奥に宿る狂気にも似た信念を貫く紺碧の瞳に面影を見たのだ。
――ヨルム。『その時』の選択が違ってたらどうなったかなんて、俺にはわからない。でも、俺は今こうしてヨルムと一緒に酒を飲めれて嬉しいよ。
アーサーを心の指針とするローラン。
ヨルムが酒の勢いを借りて聞いてみた頭から消える事のない疑問に、ローランは少し照れながら答えた。
『聖女解放』は達成された。
ヨルムはローランの言葉を待っていた。
「一緒に行くか?」
そうローランに言って欲しかった。
(次こそは苦楽を共にする仲間として……!)
だが、それは叶わなかった。
――ヨルムが王都にいるなら『あのような事』は起こらないだろうな!
ローランはヨルムが『これまで』築き上げて来た物を認めてくれた。心からの笑顔を見せられれば、自分がすべき事が王都にあると理解した。
「私は『ローラン・クライス』。先程、陛下より『黒涙』の根絶を託された者です。陛下や皆様の期待に答えられるよう、全てを賭けて臨みます!」
かなり緊張した面持ちのローランにヨルムは「ふっ」と笑みを溢す。チラリと視線が合うと、キッと睨まれたがヨルムはさらに頬を緩めた。
(ローラン。頑張れよ! 俺は絶対にお前の味方だからよ……)
ガチガチに緊張しているローランを後で少しからかってやろうなどと思いながらも、ヨルムは穏やかな笑顔でローランを見つめた。
※※※※※
ユビドー国の名家、デスミド公爵はルベル王国、国王アレクの『奇行』を鼻で笑い、ローランを見つめ口角を吊り上げた。
(愚王が。このような魔力も持たぬガキに権力を与えよって……。ククッ……『黒涙』の治療法の確立が、次の世界の覇権を握る『最大の鍵』である事を理解していないのか?)
デスミド公爵はローランから魔力を感じない事に緩む頬を抑えられなかった。
『ルベル王国のような大国が『黒涙』から手を引いた』
ローランへの王国指名は他国の者は含め、自国の貴族達の目にもこのように映った。
(後は、『アヤツら』の帰りを待つだけだ!)
デスミド公爵は心の中で呟き、世界に残された唯一の『勇者』の姿を思い返した。
世界中で『黒涙』の治療法の確立を目指している。各国からの精鋭が『最果てダンジョン』に挑んでは研究を進めているのだ。
だがデスミド公爵には確信があった。
ユビドー国は小国なれど、唯一『勇者』が生きている国。各国の指名勇者は魔王に殺され、討伐を果たしたルベル王国は『大罪人』として勇者を処刑している。
(こんな『ゴミ』が、我が国の指名勇者より先に『最果て』を攻略するはずがない!)
ローランの力量を魔力量だけで判断するデスミド公爵は、次に世界の覇権を握るのがユビドー国で間違いない事を確信する。
(あと少し、あと少しで私が世界を手にする!!)
実質的な国の運営は、このデスミド公爵がまだ幼いユビドー国の国王を傀儡のように操り、全てが思いのままだ。
デスミド公爵は歓喜した。
ローラン・クライスに託した愚王の決断に。
何の力も持たないローラン・クライスに。
(早く帰って来い、『リュドルフ』!!)
デスミド公爵は心待ちにする。
ユビドー国の勇者の帰還と自分が世界を掌握する時を……。
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