『任命式』



 広間に足を踏み入れると、1番に目に飛び込んできたのは、意外や意外のノルンだった。


「マスター! ヨルムと話してばかり! 『これから』はノルンの他にも『2人』も人が増えるのです! ノルンだけの最後の時間がヨルムに邪魔されました!!」


 ぷっくりと頬を膨らませ、俺の視界を遮るノルン。俺の入室と共に湧き立つ歓声と、四方から浴びせられる『悪意』。


(ちょ、ちょっとは空気を読め!)


 ノルンの綺麗なドアップにそんな事を叫びながら、頭を撫でてやりたい衝動を抑える。


 ここでだらしない姿を晒すわけにはいかない。


「ノルン、後で……」


 発しているかもどうか怪しいほどの小声で呟くと、ノルンはハッとしたようにキョロキョロとして、苦笑しながら俺の後ろに控えた。



 改めて視界が開けると、そこには金髪金眼の美しい聖女が感極まった様子で俺を見つめ、露出度が高すぎる新しい衣類に身を纏ったドヤ顔の神獣が待っていた。


 アリスはスッと俺に向かって跪くが、フェンリーは「なかなかいいだろう?」とでも言いたげな様子でクルリと回り、新しい装いを見せつけてくる。


(エロすぎだろッ!)


 とても国王の前に出るような身だしなみではない。後ろからパチンッと指を弾く音が聞こえ、振り返ると、勝ち誇ったような薄着のノルンが目に入る。


 控えめに言って、ノルンとフェンリーの装いは最高だが、正直先が思いやられる……。




 エルシエルの一件で忙しない王宮。

 王国指名の承認議会も相まって、かなり時間がかかった。


 俺は正式な手続きを踏まえて地下牢に足を運び、2人に経緯を説明し、「約束通り『4日後』には解放できない」事を伝えた。


 アリスは顔を引き攣らせ、


「本当に外に出られるのですね! や、やはり私の直感は間違っていませんでした!」


 フェンリーはブッスゥーッと頬を膨らませ、


「約束が違うのだ! そんな事は認められないのだ!」


 などと両極端の反応だった。


 仕方がないので、「フェンリー餌付け作戦」を早々に開始し、普通のお菓子を買って与えてやった。


 恐る恐る口にしたフェンリーは、ただのクッキーに悶絶し、尋常ではないほど従順になった。


「『クッキー』……。我がこんなところでダラダラ過ごしているうちに、人間はこんなに素晴らしい物を生み出していたのか……!!」


 俺は心からバカだと思った。


 王国側はフェンリーが『何をして』牢に入っているのかわかっていないようだった。記録では150年前に貴族を3人ほど殺めたと残っていたようだが、どう見ても幼いフェンリーに首を傾げたようで、国王アレクはなぜか俺に謝罪した。


 エルフならそれも頷けるかもしれないが、ただの獣人が一切老いを感じさせない事などあり得ないのはわかる。でも、もう少し身元を精査すればいいのにと心から思った。



 俺が玉座の元まで歩き跪くと、アリスとフェンリー、ついでにノルンも俺に倣った。


「これより、『任命式』を執り行う。国王アレク・ジャン・ルベル陛下のご入室です」


 たくさんの貴族の中には他国の者も多く、アレクはゆっくりと姿を現し、玉座の前で立ち止まる。


「皆の者! ここにおる青年こそが、此度の黒飛竜(ブラック・ワイバーン)の襲撃から王都を救った英雄『ローラン・クライス』である!!」


 この言葉から始まった『任命式』。アレクは今回の襲撃がどれほどの脅威であったかを大袈裟に説明し、俺の功績がいかに大きかったかを時間をかけて話した。


 まるでその語りは、他国のみならず自国の者達に納得させるような印象を受けた。


 肌に感じる『悪意』と『敵意』。


 俺が半数以上から認められていない事はよくわかる。残りの4割程度は認めてくれているのか、それとも興味がないのか……。


 ほとんどアレクの独断と偏見、グランドマスターであるヨルムの権力と推薦で、この場が設けられた事くらいわかっている。



「未だ治療法を確立できず、世界の脅威となっている『黒涙』。この英雄ローラン・クライスの悲願は『黒涙』を根絶する事にある!!」


 アレクは玉座から俺の元まで歩みを進める。


「ルベル王国、アレク・ジャン・ルベル! この青年の熱意と力をここに認め、この者の悲願が達せられるよう国が全面的に支援をする事と決めた! ローラン・クライス……。この者こそ、魔王の呪いから世界を救う『導き手』である!」


 アレクの言葉に盛大な歓声が上がる。俺は頭を下げたままなので周囲の表情がわからないが、興味がないと思っていた4割はかなり好意的な人達なのだと実感する。



「ローラン・クライス! 其方に、『最古』の迷宮にして、未だ誰も攻略していない『最果ての巨大迷宮』から『黒涙解呪』の『手がかり』を見つけてくる事を命じる」


「……はい」


「其方の武運と吉報をここで待っておるぞ、ローラン」


 顔を上げると、そこにはアレクの穏やかな笑顔があった。そこに圧力などは微塵もなく、ただ優しく包み込むようなそんな信頼と希望を乗せた何気ない笑顔だった。


「ありがたく……」


 言葉を返しながら『責任』が押し寄せてくるのを感じる。アレクの表情が俺の事を考え圧力をかけないようにしているとわかるからこそ、それを実感する。




 俺は大層な名前と権力を与えられるのなど本当に柄じゃないが、果たすべき事のために使える物はなんでも使おうと、この場に来た。


『シャルを救い、時間を進める』


 全世界の『黒涙』の根絶。そんな大きな物を目指しているわけじゃない。「シャルを救う」。その過程で救われる命があるのなら、それを差し出すだけなのだ。


 俺はそんな立派な存在ではない。自分とシャルの事しか考えていない愚か者だ。


 そう思っていた。

 いや、それは間違いではないのだけど、それだけではダメである事を実感する。


 アレクの表情が「好きにしていいんだぞ?」と語っているからこそ、「この恩を返さなければ……」と思ってしまう。


(そこまで、計算してるのか……?)


 先日の鋭い眼光。


――『今』、公の場で国王として『勇者』の功績を労う事は出来ない。でも、1人の老人『アレク』としては其方の考えに同調し、勇者が英雄であった事を認める。


 アレクの言葉に裏はなかった。


 アレクが優秀な王であるとわかるからこそ、どうしても裏を勘ぐってしまうが、この言葉を全世界に向けて発信できるかどうかは『俺達』にかかっている。


 立場が人を作るとはよく言った物で、がむしゃらに突き進んでいた『今まで』よりも、誰かに背中を押される『今回』の方が気持ちに余裕が持てる。


 その余裕がいいものかどうなのかはわからない。でも、気は引き締められる。


(シャル……)


 人との繋がりの大切さを実感した『1歩目』だった。いつか、元気なシャルを連れて王都に旅行に行きたいなと心から思った。



 

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