その後……
王宮でのバタバタから7日程か経った。
あの青髪の執事は『エルシエル・コーネルウス』という『勇者の兄』だった。これまでのオーグスの罪を告発し、それに自分が加担して来た事を認めたらしい。
オーグス殺害の理由として、
『あの者が国の中枢にいる事は国のためにならないと、今更ながらに気がつくと同時に、これまでの犯罪に対して償わなければならないと思った』
エルはそう嘯(うそぶ)いたようだが、王宮ではそれが『復讐』であった事を理解しているようだった。
オーグスこそが勇者を処刑に追い込み、勇者に『黒涙』の責任を取らせる事で民意を味方につけ、かなりの力を手にした事は貴族間では有名だったようだ。
少し納得出来なかった俺は、すぐにエルシエルの元に向かい、しばらく話した。俺は淡々と独白する彼に言葉を失い、いけない事だとわかっていながら口にした。
「一緒に行かないか? もし、オーグスを殺す前に戻れれば、そこから俺とアリスと……、『みんな』であなたの『妹』の功績を……」
俺の言葉にエルシエルは涙を流しながら笑顔を浮かべた。
「心から感謝します。本当にありがとう……。でも、本当にそんな事が出来たとしても、私が罪を犯して来た事に変わりはない」
「……」
「ローラン君、私は君の隣を歩く資格はないんだ。ちゃんと償いたいんだ。エレナに胸を晴れる兄に戻るためにもね」
『ここ』で俺に出来る事は何もないとわかってしまう。俺も妹を持つ者として、彼の気持ちは痛いほどよくわかってしまったのだ。
確かにエルシエルは間違えた。
でも、その先を自分で見つけ、真摯に向き合おうとしている姿を前に、俺は何も言えなくなってしまった。
「ローラン君。君なら絶対に果たしてくれると信じている。きっと君にしか果たせない事だとも思っている。絶対に君の妹を救い、『黒涙』を……」
「ああ。必ず!」
俺達は鉄格子を間に挟んで固く握手を交わした。
(勇者の栄誉を取り戻し、あなたに酌量の余地がある事を証明してみせるよ)
心の中ではそんな事を考えていたが、口にする事はしなかった。自分の罪を受け入れ、しっかりと償おうとしている人間に向ける言葉でないとわかっていたから。
そしていま、俺は改めて王宮に招かれ、少し長めに息を吐き出し緊張している。
「マスター。こんなに王都に滞在したのは初めてですね……。ですが、得られた物は『今後』に多大な効力を発揮すると思います!」
ノルンの言葉に「ふっ」と小さく笑い、ヨルムの言っていた『黒涙』の治療法を見つける王国指名パーティーの『任命式』に少し緊張していた。
与えられるのは勇者パーティーと同等の権力。
国間の通行にバカみたいに長い手続きが不要になったり、潤沢な資金や研究所を作り直してくれたり、各国からの研究資料を閲覧出来たり、伯爵と同等の政治的発言力を手に入れたりとなかなかな物だ。
『Fランク冒険者』が各国を渡り歩くのは手続きを後回しにされる事が多く、かなりの手間がかかっていた。
アリス以上に知識と力を持っている者はいないと思うが、今、『黒涙』について調べている研究員達も好きに使う権限を得る事になる。
ノルンの言うように王都滞在は長引いてしまったが、得る物はなかなか大きな物になりそうだ。
やらかしてしまったと思っていた、俺の行動は国王アレクの胸を打ち、ヨルムの助力によって昇華された。
王国騎士団のジークは涙ながらに「頑張れよ!」と言ってくれたが、宮廷魔法師団のサリエムは魔力を持たない俺の力に少し眉を顰めているようだった。
これまであまり親交のなかった2人の両極端な反応に戸惑いながらも、(まぁ別にあんまり関係ないし)と愛想笑いを浮かべた。
「おーい! 早く行こうぜ! 『導師様』!」
既に王宮の中に入っているヨルムの声に苦笑しながらも歩み寄る。
「その呼び方はやめてくれ。『ヨルム』……」
「ガッハッハ! いいじゃねぇか! 世界から『黒涙』を根絶し、皆を導く者。ローラン、お前にピッタリだぜ?」
「まだ果たしたわけじゃないのに、たいそうな呼び名だ。俺はただの『探求者』でしかないんだって何回も言ってるだろ?」
「いいんだよ! これで! 『希望』に人々は託し、縋るんだ。そして俺はわかってるぜ? お前がそれを果たすって!」
「……まぁ頑張るよ。妹を救うために!」
王宮からの招集がかかるまでの間、ヨルムや『赤モグラ』ことギース、他にもたくさんの冒険者達と酒を飲み交わし、色々な話しをした。
特にヨルムとは親交を深めた。
くだらない事で笑い合い、『これから』について話し合う。年はかなり離れてはいるが、なんだか友達が出来たようで嬉しかった。
『友達』と呼べる存在まで関係を深められた自分が嬉しかった。
誰かとの繋がり。
シャルでもノルンでもアリスでもない人との繋がりに、俺は『あの時』から、ようやく『一歩』を踏み出せたように感じた。
俺は先を行くヨルムの背中に向かって声をかける。
「ありがとうな、ヨルム……」
「……ガッハッハ! 『導師様』にお礼を言われちまったぜ!」
「も、もう2度と言わない!」
「ハハッ。礼を言うのは俺だぜ、ローラン。勇者の『アーサー』は女みてぇな顔した美男子! 聖女のアリスリアはとびっきりのいい女。賢者のマズルは偏屈なジジイで、精霊王のノアはいっつもニコニコしてるガキ!」
懐かしそうに目を細め遠い昔を見つめるヨルムはまだ言葉を続ける。
「アイツらは古い友人であり、良きライバルだった。ローラン。聖女を解放してくれて、本当にありがとよ」
俺は少し潤んでいるヨルムの瞳に「ふふっ」と笑みを溢す。
「それは聞き飽きたよ。バカヨルム」
「……は、はぁ? お、お前、『Fランク冒険者』のくせに、グランドマスターである俺に、」
「俺は『導師様』だぞ? 限りなく対等だろ?」
ヨルムはキョトンとして、しばしの沈黙が訪れる。
「……ぷっ、ガッハッハッハ! 言いながら顔を赤くしてたら世話ねぇぜ!」
「う、うるさい! ヨルムが固まるからだろ……!!」
「くっ、ククっ……。ほら、『導師様』。そろそろ着くぜ?」
「それはもうやめてくれ」
笑いを堪えるヨルムに釣られるように笑みをこぼす。言葉を返しながら、俺は酒場でのヨルムの言葉を思い出していた。
――もう『あんなバカな真似』はさせねえ。俺は王都を離れられねぇが、俺に出来る事があればなんでも言ってくれよ?
ヨルムがグランドマスターとして王都に居るのは、救えなかった『勇者』に対する贖罪。邪竜討伐クエストから帰ると既に勇者は処刑されていたそうだ。
ヨルムの言葉には微かな憎悪と苛立ちがこもっていた。きっと2度と同じ事を引き起こさないために、グランドマスターとして王国を監視しているのだろうと俺は思った。
きっと誰にも明かしていないであろう心の内。ヨルムは普段ふざけているくせに抜け目がない。
俺の『本当』の友達。
気さくでおちゃらけてて少し年の離れた、父さんのように豪快に笑う友達。
「さぁ、お先にどうぞ? 『導師様』。今の『私』はただの『推薦人』ですので……」
ヨルムは雰囲気を正し、俺に行動を促すように国王の待つ扉を開け、ニッコリと笑顔を浮かべた。
「感謝します。『グランドマスター』。あなたの助力が、大きな一歩をくれました。『私』は絶対に『黒涙』を治してみせます!!」
俺の言葉に頬を緩めたヨルムを一瞥して『任命式』の場に足を踏み入れた。
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