困惑



「……何か申してみよ。オーグス」


 沈黙を貫いていた国王アレクの、地を這うような低い声が、よどんだ空気を切り裂いた。


 普段からは考えられないような鋭い目つきのアレクの「一切の虚偽は許さない」と言ったような威圧的な瞳に俺は少し驚いた。


(やはり王国を統べるには『優しい』だけでは無理だよな)


 当たり前の事を今更ながらに気づいた。それを普段はおくびにも見せない国王アレクは俺が思っているより、ずっと優秀な王なのかもしれない。


「へ、陛下! こ、この者は自らの責任を私になすりつけようとしているのです!! 私は黒飛竜(ブラック・ワイバーン)の襲撃には無関係であります!」


 オーグスと呼ばれた貴族は大声で叫び散らすが、周囲はざわざわと騒ぎ始める。


「お、おい。魔物は黒飛竜(ブラック・ワイバーン)だったのか……?」

「複数の轟音……。『群れ』……?」

「……ほ、本当に『剣』のみで蹂躙して歩いたのか?」


 俺に注がれる視線は完全にヨルムのせいだ。


――ここにいるローラン・クライスが、様々な剣技を駆使し、全ての『魔物』を蹂躙したのです!! それはもう鬼神の如く、音速を超える光のようなスピードで!


 よくよく考えてみれば、ヨルムは魔物が黒飛竜(ブラック・ワイバーン)である事を伝えてはいなかった。


「何かきなくせぇな……」


 王宮へ向かう道中、ニヤリと口角を吊り上げていたヨルムの姿の意味をいま理解した。


 ここまでの展開は考えていなかっただろうが、あわよくば黒幕を暴こうとしていたのでは? とヨルムの抜け目のなさに苦笑し、素直に感心する。


「なぜ、貴公が『それ』を知っている? それはまだ公開されていない情報だぞ!?」


 国王の後ろに控えていた王国騎士団長『ジーク』が声を張り上げ威圧すると、


「王宮に忍びこんでいた暗殺者についても詳しく聞かねばならないようですね……」


 宮廷魔法師団長『サリエム』が言葉を続けた。


(暗殺者……?)


 これまでになかった『イレギュラー』に俺はタジタジだ。何がどうなっているのかは分かりかねるが、どうやらオーグスが今回の首謀者であったと見て間違いないなさそうだ。


(よく考えたら、『なんで』襲撃があったのか、全く考えてなかった!)


 襲撃はもうある物として繰り返していた自分の馬鹿さ加減に顔が引き攣ってしまう。


「あ、いや、し、知らんッ! 私は王都から避難しようと、外に出た時に見たのだ! 暗殺者など何も知らんぞ!!」


 オーグスは声を荒げるが、全員の視線が一斉にオーグスに無言の圧力を与える。


(その狼狽えようは自白してるようなものだろ?)


 どうやら俺を貶めようとしたようだが、自分で自爆していれば世話はない。それに、俺は青髪の男が気になって仕方がない。


 醸し出す雰囲気、一本の筋が通ったような立ち姿。見てとれる強者の雰囲気。初めは俺に『敵意』を向けて来ていたが、どうやらそれは無くなっているらしい。


「なぜ誰も何も言わないのですか!? この愚か者をさっさと斬首すべきでしょう!?」


 おそらく俺に吐いた暴言の数々にブチギレているノルン。


(少しは空気を読めるようになろうよ、ノルン)


 落ち着かせてやりたいが、俺の事になるとすぐに激昂するノルンを少し嬉しくも思う。


 ノルンが怒っているから、俺は冷静でいられる。さっきは思わず飛び出してしまったけど、ノルンとヨルムのおかげで、気持ちはかなり落ち着いている。



「コ、コイツだ! コイツが全て画策した事だ! 『魔力ゼロ』にはろくなものがいない! あの『大罪人』といい、この男と言い!! この男も即刻、首を落とすべきだ! そのうち世界に『災い』を振りまくに決まって、」



ザシュッ……



 オーグスの頭が宙を舞っている。首からは血が吹き出し、ひどく狼狽したままの顔がコロコロと床を転がって行く。


(……な、何してる?!)


 オーグスの首を斬り飛ばしたのは俺が気にかけていた青髪の執事だ。



「き、貴様! 何をしている!? 早く捕らえろ!!」


 騎士団長ジークの号令で衛兵がなだれ込んでくると、男は俺を見つめて優しい顔で微笑み、一斉に飛びかかった衛兵達に抵抗することなく捕らえられていく。


(な、何がどうなって……? 誰なんだ、あんたは?)


 なぜかはわからないが、胸がざわついてしまう。直感的に感じた親近感。吹っ切れたような、諦めたような、その不思議な笑顔はひどく穏やかで、どこか達成感に満ちた笑みだった。



「ちょ、ちょっと待ってくれ! あなたは……?」


 俺は慌てて衛兵に連れていかれる男に声をかけるが、衛兵は「申し訳ありません。ローラン様」と近づく事さえ許されない。


「待て! 少し話しをさせてくれ! あなたは誰なんだ!?」


 俺の声に男はクルリと振り返り、少し困ったような顔をして頬を緩める。


「……ありがとう。ローラン・クライス君。私は君に心から救われた。だが……、『あの男』だけは許せなかったようだ。ローラン君。君が掲げる目標が達成される事を心から祈っている……」



 騒がしい混乱の中、綺麗に頭を下げ、清々しい笑みを浮かべた男の声は俺の耳に不自然なほど響いた。


 そのあまりに清々しい笑顔に俺は何も言葉を返せず、その場に立ち尽くしてしまった。



 

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