謁見



 王宮に向かう途中、不足の事態を考えて【栞】を挟んだ。トイレで軽いキスのだが、ノルンは物足りないような顔で口を尖らせた。


(ここ、トイレだぞ……?)


 苦笑しながらも、全てが上手く行った時には『長め』でするという約束で、すっかりルンルンになったノルンに更に苦笑を深めた。


 あらゆるパターンが想像できるが、「何くれるんだろうな?」と、はしゃぐヨルムの顔や気配から『悪意』は微塵も感じず、俺を建ててくれるのはわかっている。


(ま、まぁ念のため……)


 頭の悪い俺は、全く『保険』のない王宮に単身乗り込むようなマネはできないような小心者なのだ。





 王宮に到着し、ヨルムの誇張しすぎた賞賛に否定するタイミングすら分からず黙ってやり過ごす。



 王宮内は『いつも』通りアウェイで、ぽっと出の冒険者には世知辛い。ヒソヒソと喋りながら『悪意』や『侮蔑』を放ってくる。


(まぁ、好きに言えばいい……)


 高位の貴族にどう思われようが、どうでもいい。身近なヨルム、最高権力の心を掌握すればいいのだ。


 俺が、かなり偏った事を考えているとやっと俺のターンがやって来た。


「王都を救った英雄『ローラン・クライス』よ。其方(そなた)は何を望む?」


 国王『アレク・ジャン・ルベル』は威厳など微塵も感じさせない人懐っこい笑みを浮かべる。


「ローラン。何でも好きな物を頼むんだぞ? こんな機会はそうそうねぇんだからな」


 隣で一緒に跪いているヨルムは小声で呟きニカッと笑みを浮かべるが、そもそも遠慮なんてする気はない。


「ローラン・クライスよ! 何でも良いぞ? 爵位でも、領地でも、もちろん、王宮の宝物でも。私が与えられる物なら何でも用意してやろう!」


 ニコニコと笑みを絶やさないおじいちゃん。


 アレク国王は先頭に立ち皆を率いるカリスマというよりも、後ろから国民を支えて包み込むような、そんな国王だ。


(『イレギュラー』はヨルムの存在と時間帯くらいか? ふふっ……国王は全然変わらないな)


 俺は少し頬を緩めると小さく息を吐き出して口を開いた。


「……陛下。私は聖女『アリスリア・ガーネット』と地下牢に幽閉されている『フェンリー』の解放を要求させて頂きます」


 俺の言葉に場にいた者達は、一瞬沈黙してざわざわと騒ぎ始めた。


「な、何を考えているんだ……」

「待て待て。いくら王都を救った英雄でも、聖女の解放など……」

「『フェンリー』とは何者だ? 至急調べて来い」


 ざわつく王宮内に俺は国王アレクの言葉を待った。


(ふふっ。『そ、それが望みなのか……?』って言うアレクの顔は毎度、面白いんだ)


 目をパチパチとさせて、王冠がずり落ちそうになる顔を心待ちにする俺だが、耳に聞き捨てならない言葉が飛び込んでくる。



「『大罪人』パーティーの一員など、外に出すわけにはいかん。やはり民意を全く理解しておらん。これだから、平民上がりの冒険者は……」



 チラリと聞こえた言葉に俺はスクッと立ち上がり、その者の前まで踊り出る。


「マ、マスター! 斬ってはダメですよ!?」


 後ろから焦ったようなノルンの声が響くが、捨ておけない。『イレギュラー』ではあるが、黙っているような事は出来ない。


「よく聞こえませんでした。もう一度言ってくれますか?」


「……ふんッ! 常識がない。『これだから平民は』と言ったんだ! 『王都を救った英雄』だか、なんだか知らないが、お前は貴族に対する接し方から学び直す必要があるぞ?!」


「違う。『そこ』じゃない。……俺は確かに平民です。それはこれまでも、そしてこれからもきっと変わるようなものではないでしょう。でも……、先程のあなたの発言は見過ごせません」


「何を言っている? ……少し考えればわかるだろう? 貴様の発言がどれだけ常軌を逸しているか!」


「……私は何もおかしな事を言っているつもりはありません。ただ、『勇者』パーティーの要であった聖女の解放を要求しただけですよ?」


「ふんッ! あの『大罪人』パーティーの、」


 小太りの貴族がそこまで口を開いた所で、俺はその者の胸ぐらを掴み持ち上げた。


「マ、マスター!」


 ノルンはそんな俺の背中を抱きしめ、


「ローラン!! 少し落ち着けよ!!」


 ヨルムは俺と貴族の間に割って入ろうとするが、自分の『心の指針』を面と向かってバカにされて黙っている事ができるほど、俺は出来た人間ではない。


「な、な、何をしている!? このゴミが! けがわらしい手を離せ! バカ者がッ!!」


「……取り消せ」


「何を言っている!? こんな事をしてタダで済むと思っているのか! 私を誰だと思っている!?」


「うるさい。取り消せよ……。誰が『大罪人』だ?」


「……は、離せッ!!」


「もう一度言ってみろ? ただじゃ済ませない……」


 俺は小太りの貴族を下から睨み上げる。


「ちょうどいい。……貴様ら、貴族が何をした? 勇者に全てを丸投げし、魔王の脅威に怯えて震えていただけだろ? 貴様らが勇者を討伐に向かわせたんだ。勇者は平和の世の中を実現するために全ての力を尽くしたんだ!!」


「……」


「貴様らは、人を統べる存在だろ? 誰よりも1番、勇者を守らなければいけない立場だったはずだ!! それを……、それを貴様らはッ!」


 俺はもう『処刑』に『戻れない』。


 いくら『力』を得た所で勇者を救う事は出来ない。その憤りを、ただぶつけているだけかもしれない。


 でも、名誉だけは守りたい。

 勇者の生き様を指針にする俺が、アリスの努力を知っている俺が、声を上げなきゃいけない。


「は、早く手を離せ! 大馬鹿者がッ!!」


「勇者は果たすべき事を果たした! どっちが大馬鹿者だ! 俺なんかじゃなく、勇者こそが『英雄』だ!! お前達こそが、英雄の命を奪った『大罪人』だ!!」


 俺の叫びに『玉間』は静寂に包まれるが、俺が胸ぐらを掴んでいる貴族はブルブルと震えながら声を張り上げた。


「き、貴様は『黒涙(こくるい)』の恐ろしさを知らんからそんな事が言えるのだ!! ふざけるのも大概にしろッ!!」


 貴族の言葉に身体中の血液が沸騰する。



――ごめんな……。お前に任せちまう事になりそうだ。


 俺やシャルの前では笑顔を絶やさなかった父さんが、母さんに涙ながらに謝罪しているのを見た。



――神様。あの子達だけは……。どうか、どうか……。



 俺とシャルが寝静まった夜更け、母さんは毎晩のように祈りを捧げていた。



――お兄ちゃん。こんな妹でごめんね……? 



 苦しく辛いはずのシャルは俺を心配させないために笑顔を作っては謝罪する。



(……お、俺が『黒涙』の恐ろしさを知らないだと?)


 一瞬で駆け巡る数々の記憶。


 俺やシャルの前で笑顔を絶やさなかった父さん。

 苦しい表情など一切浮かべなかった母さん。


 俺を1人にする事に恐怖を抱くシャル。




 俺は半ば無意識に刀を抜いていた。




「マスター!!!!」




 ノルンの絶叫が俺の鼓膜に響き渡りハッとする。


 ヨルムは俺の腕に押さえるように手を添えたが、止める事が出来ず、俺の目の前でドサッと倒れている。


 『黒天』の切っ先は投げ捨てた貴族の首元でピタッと止まっており、小太りの貴族はブルブルと震え、ジョワァと失禁している。


 そして、俺の目にはうっすら涙が溜まっている。


「俺の両親は『黒涙』で死んだ! 俺の妹は今、『黒涙』に苦しんでいる! もう一度言ってみろ! 誰が『黒涙』の恐ろしさを知らないだと……?」


「……な、ならばなおさら聖女の解放など常軌を逸している……!!」


「ふざけるな。お前らのやってる事は可能性を潰してるだけだ!! 見てろ。俺は、『俺達』は絶対に『黒涙』を治してやる! 絶対に『黒涙』の治療法を生み出し、妹を救い、『勇者』が果たした偉業を改めて世界中に認めさせてやる!!」


 俺の叫びに周囲は静まり返った。


「マスター。マスター……」


 ノルンはギューッと俺を背中から抱きしめめ、ノルンの泣き声が俺に冷静さを取り戻して行く。


 俺はノルンの腕に手をおきながら、ゴクリと息を飲む。


(や、やってしまった……!!)


 ヨルムは俺を見上げて目を見開いているし、静寂は深くなって行く一方だ。


「わ、悪かった。ヨルムさん……。だ、大丈夫か?」


「……ハ、ハハッ……。だ、大丈夫に決まってんだろ!? それにしてもローラン! 俺は絶対にお前の味方だぜ? 俺に出来る事があったら、すぐに言えよ?」


「ありがとう、ございます。さ、早速なんだけど、この雰囲気、どうにかならないか……?」


 俺が小声で呟くと、ヨルムは大きな声で笑い声を上げた。


「ガッハッハッ!! 陛下! どうでしょうか? ローランに『勅命』を与えてみれば? ローランを中心として『黒涙』の収束を目的とするパーティーを結成させるんです! ちなみに、俺はローランに賭けますよ?」


 ヨルムは瞳に力を込める。いつになく真剣な表情はグランドマスターのもので、少し呆気にとられる。


 国王アレクはニヤリと笑みを浮かべ口を開こうとするが、それを邪魔するように大声が響き渡った。


「ふざけるなぁ! このような荒くれ者が王都を救った『英雄』だとぉ?! 聖女の解放など、私が断じて許さん! 『黒涙』の収束を目的としたパーティー? 笑わせるなッ! この者は貴族に対する傷害で牢に入れるべきだッ!!」


 俺は、かなり身綺麗な服を纏っている中年男に視線を向けるが、その男の後ろで瞳を潤ませている青い髪の執事の男の方が気になった。

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