クロロ一行のダンジョン攻略 ⑤ 〜ゴーン・バルトラル〜



 クロロに囮にされたゴーンは最果てダンジョンの入り口であるカルマの森に1人立ち尽くしていた。


(……なんだったんだ? あの『赤い悪魔』は……)


 ゴーンは心の中で放心しながら、鎧熊(アーマーベア)の事など忘れるほどの衝撃に未だに身体を震わせたが、生きていることを実感すると共に数々の記憶が巡る。


「……ほ、本当に死ぬとこだった。それにしても、俺を……、この俺を使い捨ての駒みたいに!」


 クロロの悪魔のような表情と自分を殺す事しか考えていない鎧熊(アーマーペア)の表情が浮かび、先程会った『赤い悪魔』の姿を反芻しては更に混乱に陥る。



 クロロに投げ捨てられ、意味もわからず泣き叫びながら逃げ惑い、ダンジョン内の転移トラップに引っかかり、『どこか』に飛ばされたかと思えば、『それ』に出会った。



※※※



「おやおや、人間ではないか!?」


 額から伸びた禍々しい角と流暢な口調。人間のように見えなくもないが、纏っているオーラとチクチクと肌を刺す魔力は人間の物とはかけ離れていた。


 背中に生えた赤い翼と、全身を覆う赤い鱗。赤い瞳は嬉々として輝いていたが、その奥にある残忍性は、憎悪に満ちたクロロのものよりも悍(おぞ)ましかった。


(死んだ……)


 ゴーンは『それ』と出会い、思考しているのにも関わらず、自分の『生』は過去の物であるような気がしていた。


「お前は運がいいな。私は慈悲深いぞ? 『アイツら』の所だったら、即捕食されていただろうな……」


「あ、がっ、ぐ……」


 上手く呼吸ができず、呂律が回らない。ゴーンの本能がもう生き残る事を諦めてしまっていた。


「1人で退屈していたんだ。そうだ! 少し話そう。『外』の事を教えておくれ」


「は、ひゃい……」


「『黒』が『人間』に屠られたんだってな。ハハハハッ! ざまぁない! せっかく『外』に出たのにしくじったんだろ?」


「……」


「……ん? 『アーテル』の事だが、知らないか?」


 ゴーンは、少し退屈そうに眉間に皺を寄せる赤い瞳と目が合い、慌てて声を上げた。


「まっ、『魔王』で、すか?」


「……クッ、クハハハハハッ! おお! 『魔王』か! あの大バカはそんな風に呼ばれてるのか!?」


「……は、はい」


「面白いなぁ! 楽しいなぁ!」


「……」


「……楽しくないか?」


「い、いや、た、楽しいです……」


「そうだろ。私はこうして人間と会ったのは500年ぶりなんだ。その時の人間はすぐに逃げ出そうとしたから足を引きちぎったんだが、そのまま、すぐに死んだんだよ。だから、こうして会話するのは本当に久しぶりだ!」


 赤い悪魔は心から嬉しそうに笑みを浮かべ、なんでもない事のようにはしゃいでいるが、ゴーンはただただ畏怖した。


 襲いかかってくる雰囲気がない事で、(生き残れるかもしれない)と淡い期待を抱き始めたゴーンにとって、人を殺すのを何とも思っていない赤い瞳にガクガクと足が震え始めた。


「クッ、ククッ……ま、『魔王』の命を奪った者は人間なんだろ?」


「……ゆ、『勇者アーサー』が……」


「クハハハハッ!! ゆ、勇者!? そいつは『人間』なのか!?」


「は、はい……」


「お前は本当に面白いな! そうか! 本当に『黒』は人間に殺されたのか! こんな劣等種に殺されるなんて傑作だな!?」


「……」


「その『勇者』がどんな手を使ったかは知らんが、『黒』は本当にクズザコだな! 腹がはち切れそうだ!!」


 ゴーンは涙を流しながら笑い転げる『赤』に顔を引き攣らせながら、ローランの言葉を思い出していた。


――勇者は『英雄』だ! 果たすべき事を果たしたんだ! 『大罪人』なんてふざけた事を言うなよ?


 ゴーンが勇者をバカにした時の言葉だが、あの時のローランの気迫は凄まじい物だった。


 一瞬だけ怯んでしまった自分と『世界一の無能』の生意気な言葉に、何度も何度も怒りのまま拳を放ったが、消える事のなかった青い瞳の光は今でも覚えている。


(……アイツなら、この『赤い悪魔』にも噛み付いたりするのか?)


 勇者と魔王をバカにして転げ回る姿にゴーンはそんな事を考えた。


「……ほぉ!! 『アイツ』とは誰だ?」


 『赤』はピタッと笑うのをやめ、ゴーンにグッと顔を近づける。


(思考を読めるのか……?)


「あぁ。それで? 私に噛み付くような愚かな人間は誰なんだ?」


「……」


「……だれなんだ……?」


 ゴーンは深紅の瞳の中で今にも泣き出しそうな自分と目が合う。


「ロ、『ローラン・クライス』……」


「そうか、そうか! クハハハッ! 楽しい! 楽しいな! こんなに楽しいのは数千年ぶりだぞ!」


 ゴーンは無邪気にはしゃぐ『赤』を見つめながら、助かる可能性を見つけた。


「あ、あの! 俺が連れてくる! ローランを!! だから、た、助けてくれますか!?」


「……」


「ダンジョンの外に出してくれれば、絶対に連れてくる! ローランは生意気で無能で何にも出来ないヤツなんだ! 絶対に連れてくる!」


「クハッ! お前、最高だなぁ!! いいだろう。その『ローラン』という人間には興味があるぞ!」


「……!!」


「『契約』だ。捧げろ……」



ズシャッ!!



「……えっ?」


 『赤』が動いたと思った時には身体の内側から音が響いた。遅れてやってきた激痛に視線を向けると、左腕の肘から先が無くなっていた。



「ぐぁああああ!!!! くっ、あぁ……! いがぁあああ!!」



 ゴーンの絶叫がダンジョンに響く。


「……それくらいで喚くなよ。『目』も貰うぞ? お前を通して『外』を見るんだ!! 最っ高の暇つぶしになる!!」


 

グジュッ……



「ぐぁああああ!! あがっ……。ハァハァハァッ! も、もうやめてくれ! 助けてくれ! 殺さないでくれぇ!!」


 ゴーンは失った左腕と抉り取られた目に失禁し、絶叫しながら懇願するが、『赤』はやはり大声で笑う。


「クハハハッ!! 殺すはずないだろう! 最上の楽しみが出来たんだからッ!! 安心しろ、傷口は塞いでやる」


 『赤』はそっとゴーンの触れ止血するが、ゴーンはビクッと身体を震わせブルブルと震え始める。


「私は『魔神 ルーフス』だ。楽しませてくれよ? ……あれ? お前の名前は?」


 『ルーフス』がグッと顔を覗き込むと、ゴーンな飛び上がり、泣きながら声を張り上げた。


「ゴーン! ゴーン・バルトラル!!」


「よし。楽しませてくれよ? ゴーン。わかっていると思うが、『契約』を破棄した瞬間にお前は死ぬからな……? ずっと見てるぞ?」


 ルーフスの心の底から楽しそうな笑みに更に身体を震わせると同時にゴーンは『カルマの森』に立っていた。



※※※※※


 

 失った左腕と左眼。


 装備にこびりついている自分の血はすっかり乾いてしまっている。


(とにかく、ローランを探さないと……。元はと言えば、アイツが『逃げた』のが全ての始まりだ!! アイツが悪い! アイツのせいで俺はこんな姿に……)


 ゴーンの憎悪の矛先はローランに向かった。囮として捨てたクロロでも、左腕と目玉を奪った『魔神 ルーフス』でもなく、ローランに向かった。


 度重なる絶望と、植え付けられた『2つ』の恐怖。ゴーンは自分よりも弱く、憤怒を解消できる存在である、ローランに対して全ての憎悪を向けたのだ。


(クソザコの無能が……! テメェが『あの方』に殺されりゃいいんだ!!)


 ゴーンはカルマの森を歩き始めた。道順なんてわからない。でも、ローランへの憤怒を溜め込みながら、とにかく歩き始めた。


 ローランに向けた憎悪は、この先、悲惨な末路を招くが、いまのゴーンはそんな事は微塵も考えていなかった。ただ、一刻も早く『2人』から遠くに逃げ出したかったから。




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