『Fランク冒険者 ローラン・クライス』
「どけ! どけ! 俺様に任せとけ!」
『赤モグラ』こと『元』Aランクパーティー『土怒(ドド)』のリーダー、ギース・ウェルズは3匹の黒飛竜(ブラック・ワイバーン)を前に声を張り上げた。
「ギース! ここはテメェが嫌われてるせいで人数が少ねぇんだから、テメェがなんとかするのは当たり前だろ!」
「降格したとはいえ、元Aなんだから頼むぜ!」
「な、なんなんだよ! このクエスト! 無茶苦茶だぜ! ギルマスはッ!!」
「う、うるせぇ! 黙って見てろ!!」
黒飛竜(ブラック・ワイバーン)は『A+』。
(この人数じゃ、無理じゃねぇか! クソがッ!)
ギースはすぐにでも逃げ出したかった。
本当は気を抜くと涙が出てしまいそうだったが、頭の中にはローランの姿があった。
あの時、ギースは生まれて初めて『死』を身近に感じた。氷のように冷たい青い瞳に身震いし、頭を地面に擦り付けて許しを懇願した自分の行動は正しかったと心から言える。
ギースは持て囃されている、『炎剣(フレイム・ソード)』がずっと気に食わなかった。
貧困街からここまで成り上がったギースにとって、あっという間に『A』ランクに上り詰め、『時代を創るパーティー』などと呼ばれている『公爵家』の冒険者パーティーは許せない物だった。
そこに来た『魔力0』の雑用係。
少し脅せば泣き叫び平伏すと思っていたギースは、ローランの態度にプライドを傷つけられて、『痛い目』に遭った。
そして周囲にバカにされ、完璧な不意打ちのタイミングで抜剣の勢いのままに斬り殺そうとしたのに、剣を抜く事すら許されなかった。
――命を奪われる覚悟はあるのか?
少し艶のある低い声と抜く事すら出来なかった剣。
(ほ、本当に死んじまう……!!)
あの時の絶望は経験した事がなかった。過酷な環境で生きて来たギース。何度も何度も『死』に直面する事はあったが、『本当の死』を経験したのは初めてだった。
キュオオオオオオオン!!
3匹の黒飛竜(ブラック・ワイバーン)の咆哮に、ピクピクと顔を引き攣らせながらも叫ぶ。
「ガッヒャッ! 『あの時』に比べりゃ何にも怖くねぇぜ……。おい! クソザコのテメェらは、さっさとギルマスを呼んでこい! 帰ってくるまでは俺様がなんとかしてやる!!」
「テメェ、1人じゃ無理だろ!」
「Fランクに泣きながら謝ったんだろ? お前」
「俺はギルマスのとこに行ってくるぜ……!」
「ちょ、お、俺も行くぜ!」
「おい、ギース! ちゃんと守っとけよ!」
3人は走って逃げていくが、ギースはカタカタと震える歯を無理矢理、食いしばり覚悟を決めた。
「かかって来やがれ! 黒飛竜(ブラック・ワイバーン)共!! 《石墜落(ストーン・フォール)》!!」
キュオオオオオオオン!!
ギースの土魔法は直撃するが一切ダメージは見られない。生半可な攻撃ではびくともしない黒飛竜(ブラック・ワイバーン)に大きく舌打ちをしながらも、恐怖心を煽られる。
「ク、クソがッ!! 足止めにもならねぇ!!」
ギースの頭には『逃げる』という選択肢が浮かぶ。自分1人だけ、逃げたって誰にも文句は言わさない。
『逃げるのか?』
ふとそんな声がギースの鼓膜を揺らした。
少し艶のある低い声。それは威圧的な物ではなく、柔らかく試されているような声だった。
(……逃げねぇ! 逃げねぇよ!!)
自分の事だけ考え、必要以上に高圧的な態度でいばり散らしていたギースにとって、おそらく初めて出会った『認めて欲しい』相手の顔が浮かんでいた。
「《巨大土牢獄(ギガント・アースプリズン)》!!」
ギースは叫びながら、3匹の黒飛竜(ブラック・ワイバーン)を土で固めようと、人並みよりも多い魔力を全て注ぎ込んだ。
ドサッ……
激しい倦怠感を感じながら膝を突く。
(これでダメなら、もう無理だぜ……!?)
しかし、視界を上げたギースに待っていたのは更なる絶望だった。
キュオオオオオオオン!!
3体を包んだ土はボロボロと崩れかけており、その後ろから、更に4匹の黒飛竜(ブラック・ワイバーン)が姿を現したのだ。
「あ、あぁ。こりゃあ、もう……」
目の前には7体の黒飛竜(ブラック・ワイバーン)。
「クソったれぇえ!! 《砂玉(サンド・ボール)》!」
なけなしの魔力で初級魔法を放つ。
ギースの頭にはやはりローランの姿が浮かんでいた。
(これで俺も、ちゃんと『冒険者』として認めてくれるのかよ……? ローラン・クライス)
スラム街出身のハングリー精神。
ギースには『力』しかなかった。
誰にも舐められるわけにはいかなかった。
それなのに心から屈服した。
『魔力0』のFランク冒険者『ローラン・クライス』に。
「かかって来やがれ! テメェらなんて、『あの人』に比べりゃ、なんにも怖くねぇんだよ!!」
もう魔力も尽きている。
何もする事はできない。
ギースは7体の黒飛竜(ブラック・ワイバーン)を前に、大きく両手を広げた。
「ハハッ! ギース! 『今回』のお前は、なかなかカッコいいヤツだな?」
ギースは聞き覚えのある声にパッと振り返ったが、もうそこに姿はなかった。
ズザッ! グザンッ! ザッザッザッザッザンッ!
凄まじい音に改めて黒飛竜(ブラック・ワイバーン)の方に視線を向けると、そこには7体全ての首が斬り落とされて地面に落ちていく瞬間だった。
「う、嘘だろ……? 1体でも『A+』なんだぜ?」
ギースは大きく目を見開き、ぶわぁっと全身に鳥肌が立った。
(やっぱり、半端じゃねぇぜ……! この人は……!!)
ギースは褒めてやりたかった。『あの時』、泣き叫びながら謝罪した事を。
ギースは心から感謝した。『あの時』、無傷で許してくれたローランに。
驚嘆するギースの目の前に、切り離した首を足場にしてローランが帰ってくる。
「やるな、ギース。さすが『元A』ランクだ!」
「……あ、あんた。ほ、本当に何者なんですか?」
「……? 俺は『ローラン・クライス』。ただのFランク冒険者だ。……知ってると思ってたが、忘れたのか?」
ギースは少し呆れたようなローランの笑顔に、なぜか泣きそうになっていた。
返り血1つ浴びていない綺麗な顔。
少し変わった真っ黒の剣を肩に置いて、呆れた笑顔の中の青い瞳は穏やかな物だった。
ドサッ……
ギースはその場に座り込み、ふぅ〜っと長く息を吐く。
「お、おい! まさか漏らしちまったか?」
「は、はぁっ!? そんなわけねぇ、です、けど……」
「ハハハハッ! なんか喋り方変だぞ! おかしなヤツだな!」
ギースはローランの屈託のない笑顔に(俺の前でこんな風に笑う人間って初めてだ)とぎこちない笑顔を浮かべた。
ギースは、もう一度ちゃんと謝り、これからは新しい自分に生まれ変わろうと思った。
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