オーグス公爵の誤算〜『予想外の存在』
「……な、なんなのだ? 『あのガキ』は!!?」
オーグスは王都から馬車で避難しながら、次々と地面に堕ちていく黒飛竜(ブラック・ワイバーン)に声を荒げた。
(クソッ! クソッ!! やっとここまで来たのだぞ!!)
視線の先には黒い服に身を纏った黒髪の剣士がいた。
現れてはすぐに姿を消し、轟音が響き、また現れたかと思ったら蹂躙し、また姿を消して轟音が響く。
オーグスは護衛として同乗させていた青髪の執事エルに声を荒げる。
「どういう事だ!? 誰なんだ、あの『化け物』は!?」
「……申し訳ありません。あのような者はわかりかねます」
「聞いてないぞ!! この『計画』にいくらつぎ込んでいると思ってる? 『暗殺者』は!?」
エルはチラリと懐中時計で時刻を確認する。
――午前10時03分。
「暗殺者には王都の魔物の王都侵入の混乱に乗じて『動く』ように伝えております。『侵入』していないので、おそらくは……」
オーグス公爵はエルの言葉に目を見開き、エルの顔目掛けて拳を振るった。
ドガッ!
「ふざけるな! このゴミが! あれほど慎重に準備していたのに、なんてザマだ!!」
「……申し訳ありません」
計画自体は滞りなく進んでおり、ただ1人の男の存在が計画を真正面から潰した事はオーグスにもわかっていた。
「あんな『化け物』が王都の冒険者にいたのか!? 7日前に調査したはずだろう!? 王都の戦力と魔物の強さも全て計算していただろうがッ!!」
ドガッ!!
「申し訳ありません……」
「どこのどいつだ! あの黒髪の剣士はッ!? 許さん! 許さんぞ!! 私の計画を潰しよって!」
ドガッ! ドガッ!!
オーグスはエルを殴り続けた。
「ハァ、ハァ、ハァ……。殺して来い! あのガキをさっさと殺して来いッ!!」
「承知いたしました。それよりもオーグス様……、早く王宮にお戻りになられた方が良いのでは? オーグス様だけ避難なされている状況は不自然かと……」
オーグスはエルの言葉にざわざわっと身の毛がよだつ。
「おい! さっさと王都に戻らんか! 急げ!!」
「は、はい! 公爵様!」
オーグスは慌てて声を張り上げ、被害が全くない王都へと引き返した。頭の中には黒髪の冒険者の姿が焼き付いて離れない。
そのあまりに一方的な魔物の蹂躙と剣技。
全身は憤怒と焦燥感に包まれているのに、憎き少年の圧倒的な剣技は息を飲むほどに美しかったと思ってしまっていた。
※※※※※
エルは口から流れる血を綺麗なハンカチで拭いながら、黒髪の剣士の戦闘を反芻していた。
(誰だ……? あんな者が王都にいたか?)
エルの目には、黒髪の剣士の常人ではない剣技は『剣鬼』と恐れられる最強のエルフ、『セリシア・ユークウィット』と同等か、それ以上の実力と評価した。
(ふざけるな……。やっと……やっとここまで……)
エルは失敗に終わった『計画』にギリッと歯軋りをした。
(これまでの我慢も絶望も憎悪も怒りも……、全て『今日』終わるはずだったのに……)
エルは『復讐』が失敗に終わったことを理解したのだ。慌てた様子で、馬車を引いている男に声を荒げているオーグスの顔に憎悪を募らせる。
(もういっそ、『コイツ』だけでも『ここで』……)
エルは背中に忍ばせているナイフの柄に手をかけるが、深く息を吐き出し落ち着きを取り戻す。
(『まだ』だ。落ち着け。『コイツ』は最後だ……)
エルは必死に憎悪を胸に押し込めながら唇を噛み締める。頭の中には妹の笑顔が浮かんでいる。
――お兄ちゃん、行ってくるね!
『あんな事』になるとわかっていれば、絶対に送り出さなかった。誰に何を言われようが、引き止めたのに……と後悔してももう何も変わらない事はわかっている。
(待ってろ。全員、後悔させてやるからな)
エルは心の中で呟き、馬車から王都を見つめた。
黒飛竜(ブラック・ワイバーン)の死骸が散乱する道を抜け、何一つ被害の出ていないと思われる王都にまた歯軋りをする。
口の中はじんわりと鉄の味がしていた。
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