襲撃の朝
「ノルン。おい……起きて」
「ん、んん……」
まだ外は暗いが、俺がイレギュラーに動いているため、どのように未来が変わるのかは判断できない。
襲撃自体はあるのは間違いないが、それが朝方に変更、夜更けに変更、それくらいは充分にあり得る。
また俺のベッドに忍び込んでいたノルンに笑みをこぼして、寝ぼけて擦り寄ってくる髪を撫でる。
「ん、ふふふっ、マスター……」
「準備するぞ、ノルン」
「……はい」
返事とは裏腹にノルンは俺の首元に顔を埋める。
(……やれやれ。ノルンは緊張感がなさすぎだな)
心の中では呆れたように呟くが、それは俺への信頼の裏返しで、その信頼と穏やかな雰囲気が、俺を落ち着かせてくれる。
さっと準備を済ませ宿を出る。
まだ眠っている王都。
「マスター。こんな静かな王都は初めてですね?」
「あぁ、そうだな」
今やっと眠ったのか、それとも寝ぼけているのか。朝日が遠慮がちに差し込む王都はなかなか幻想的だ。
黒飛竜(ブラック・ワイバーン)は四方から押し寄せる。俺は王都の中心の「ルベルの噴水」に腰掛け、『気』を練り上げる。
「マスター。『今回』は騒がしいですね」
噴水の水の音しか聞こえない王都に、ノルンの言葉がしっとりと響く。
「ハハッ……。確かに、知らないことばかりだったな」
「地下牢に『神獣』が収容されているなんて夢にも思いませんでした」
「あぁ。これまでとは全く違う旅になる」
「アリスがあれほど早くマスターを信用するとは思いませんでした」
「『自由』がない場所で声をかけるのと、『自由』を手にした瞬間に、また縛られるとでは感じ方に雲泥の差があるんだろうな」
「……ヨルムがあれほど優秀な者だとは知りませんでした。ミラがあんな風にハニカムなんて……。『うんち垂れ赤モグラ』が、あんなに嫌なヤツだったなんて」
「ふっ……」
「『黒天』を手にしたマスターがあれほど美しいなんて、街道の横の川にあれほど美味な魚が居たなんて……」
「ノルン?」
「マスター。ノルンは本当に幸せです。どんな場所でもどんな世界でも隣にマスターが居てくれます」
「当たり前だ。ノルンは俺の物なんだろ?」
「ふふっ、その通りです!! マスターの努力は、苦悩は、困難は、怒りは、『今回』で全てが……」
「ノルン……俺は今度こそシャルを救うぞ?」
「はい! マスターの望む世界を掴み取りましょう!」
どちらとも言わず繋いだ手からじんわりと体温が流れ込んでくる。
間違いない。
俺は今回こそ『絶対』に……。
クエスト発行の名前は伏せて貰った。
クエストを受ける『魔導師』たちには回復薬(ポーション)を大量に持たせるようにヨルムには伝えた。
王都の壁の警備。
そのあまりに簡単なクエストと不釣り合いな報酬。
王都内に『一匹』も入れることなく「事」を終えたい。建物の被害や負傷者を出さないために今回は他の冒険者達を頼ってみた。
俺1人で出来る事は限られている。
ノルンは俺を『神』などと言ってくれるが、そんな事はない。四方八方から現れる魔物の侵入を全て食い止めることなどできない。
たくさんの冒険者達と触れ合う事で気づいたんだ。
『冒険者』は俺だけじゃない。
少し止めてくれるだけでいい。
少しの時間さえあれば駆けつけられる。
俺の一振りで戦況を変えてみせるから。
(だから、どうか誰一人として負傷しないように……)
遠距離に特化している『魔導師』、いざという時の『盾役(タンク)』に限定した。参加してくれる魔導師と同じパーティー限定の治癒師の同行は許可している。
Bランク以上のパーティーはそれなりに経験を積んでいるはずだ。いざという場合にも臨機応変に対応してくれると信じている。
(準備は出来てる。大丈夫……)
まだ眠そうな王都に朝日が昇る。
パラパラと王都の人達は行動を開始しているるが、俺は王都の中心である「ルベルの噴水」に腰掛け、ノルンの手を握りながら、『その時』をジッと待ち続けた。
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