『聖女 アリスリア・ガーネット』


side:アリス



「じゃあ、また!」


 紺碧の瞳を細め、優しく笑うローランさんを見つめながら、「これは夢なのではないか?」とすら思っていた。


「はい。しっかりと準備しておきます」


 私は言葉を返しながらも、気持ちの整理はすでに終わっている。去って行くローランさんの背中が闇に紛れて消えて行くのを見つめながら、彼の手の温もりが逃げないようにそっと抱きしめた。


――俺にはあなたが必要なんだ!


 先程の言葉に目頭が熱くなっていく。誰かに必要とされる事がこんなにも嬉しい事だなんてすっかり忘れていた。


 嘘偽りのない紺碧の瞳は芯が強く、ひたむきで真っ直ぐに『すべき事』を見据えていた。


 その瞳は勇者であり親友だったエレナとそっくりで、「処刑されたはずの親友が目の前に立っているのではないか?」と涙を堪えるのに必死だった。


 それだけで信用するには充分だった。


 妹を救いたいと涙を溜める姿には、様々な苦難や困難を彷彿とさせ、確かな自信と覚悟を滲ませる佇まいは息を飲むほどに洗練された物だった。


(不思議な人です……)


 まるで、彼の望みを叶える事が当たり前であるかのように感じた。そうあるべきだと魂が叫んでいた。


 地下牢に入って6年。


 仲間の名誉を回復するために、『黒涙』についてわかる事を調べ続けた。地面に頭を擦り付け、資料を与えてくれるように懇願した。


『魔王討伐に意味はあったのか?』

『この努力はいつか報われるのか?』

『犠牲になった仲間達と処刑された親友の人生に意味はあったのか?』


『私が生かされている理由はあるのか……?』


 神経をすり減らし続ける毎日を送りながらも、私は続けた。足りないであろう薬学の知識を詰め込み、いつか絶対に『黒涙』の治療法を確立させてみせると努力を重ねた。


――勇者様は俺の心の指針。


 穏やかな笑みの、その奥に見える確固たる意志。


(きっと私は『彼』を待っていたんだ……)


 そう思わされるほどに自然な出会いだった。まるで全てを見てきたかのような彼の優しく力強い雰囲気と不思議な言動。


 私が生きてきた『意味』が立っているように見えた。暗く淀んだ地下牢に一筋の希望の光が立っていたんだ。



――アリス。帰ったら墓を立てよう。どんな墓よりも立派な墓を『2つ』。


 苦楽を共にした親友との約束が頭を駆けると、否応なしに視界が滲む。


「……う、うぅ……エレナ……。待ってて……」


 涙がポロポロと頬を駆ける。

 果たされる事のなかった約束は形を変えた。


『誰もが安らかな眠りを祈り、子ども達が羨望の眼差しを向ける墓を3つ』


 私が果たすべき事はシンプルだ。


「すぐに……うっ……すぐに……!!」

 

 『黒涙』の治療薬を作る。


 仲間の名誉を回復させる。

 そのためならばどんな事もする。


 頭の中には親友であるエレナ。少し頭の固い大賢者の『マズル』。素直でニコニコと笑顔を絶やさない精霊王の『ノア』。


 そして、綺麗な黒髪に青い瞳。

 なぜかエレナの素性や魔力がない事を知っていた彼の、穏やかで優しい笑顔があった。



(もう涙は流さない。でも、今日だけは少しだけ……)


 止まらない涙は親友との約束を果たせる確信と仲間達の犠牲が報われる予感。


 もしかしたら私はなんの役にも立たないかもしれない。でも、全力を尽くす。その準備は整っている。


 ローランさんは絶対に迎えに来てくれる。

 向かうべき道がある事を教えてくれる。


 私はこの直感に賭ける。


「私は……歩き出せる。……『また』、走れるよ、エレナ!」


 涙をローブでゴシゴシと拭うと顔が少しヒリヒリする。久しぶりに感覚が蘇り、自分が生きている事を実感した。




ーーーーーーーー


【あとがき】


次話「オーグス公爵の陰謀」です。


少しでも「面白い」、「今後に期待!」、「更新頑張れ!」と思ってくれた読書様、


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