6度目の邂逅


 アリスの声は聞こえないが、きっと冷淡な口調で「帰って下さい」とでも言っているのだろう。


 何者かは分からないが、


「ふざけるな! 必ず後悔させてやる!!」


 などと罵倒と侮蔑の捨て台詞を吐き続け、かなり頭に血が登ったまま帰って行ったようだ。


「貴族ですかね?」


「さぁ? まぁ牢から出すと言ってたんだし、それなりの地位にいる者だろうな。アリスは綺麗だし、外に出すのを条件に求婚されるなんて、いつもの事なんじゃないか?」


 ノルンは大きく目を見開くと、顔を引き攣らせて笑顔を作る。


「そ、そうですね。ちなみに……マ、マスターもアリスと結婚してみたりしたいですか?」


 なんでもない事のように話しているつもりなのだろうけど、ピクピクと引き攣る口元を隠せていない。


 アリスと結婚なんて考えた事がない。


 綺麗だし、尊敬もしているが、それは恋愛感情ではない気がする。『黒涙』という呪いに向かって一緒に戦う仲間だし、アリスもきっと俺に特別な気持ちは抱いていないと思う。


 だが、チラチラと俺の様子を伺うノルンに頬が緩み、思わず意地悪をしたくなってしまう。


「アリスと結婚か……。どうだろうな。そういえば、そんな事考えた事なかったなぁ〜」


「……」


「ゆっくり考えないと答えは出そうにないな。確かにアリスは綺麗だし、シャルもよく懐いてたし……」


 ノルンの顔がサァーッと青くなっていく。


「ちょっと真剣に考えてみようかな……? ノルンはどう思う?」


「……か、か、か、考えなくていいです! ごめんなさい。考えないで下さい! マスター! ダ、ダ、ダメです!」


「ふふっ、冗談だよ。アリスも『そんな気』はないだろうしな」


 ノルンの頭にポンッと手を置くが、いつものように顔を真っ赤にさせないノルンに少し首を傾げる。


「アリスは……マスターの事……」


「ん? ノルン?」


「い、いえ! なんでもありません!」


「……? とりあえず、行くか!」


「はい!」


 ノルンの少しぎこちない笑顔に、また首を傾げるが、ほのかに明かりの灯っている牢屋を目前にすると、緊張感が押し寄せてくる。


(アリス……)


 何をどう言えばいいのか。


 とりあえず一度顔を合わし、気持ちの整理をつけて貰いたい。スムーズに旅に入れるように、俺の事を知って貰いたい。


 でもアリスに小手先の交渉は逆効果だ。


 俺の心の内を誠心誠意伝える。それが大事なはずなのは間違いないのだけど、どう切り出せばいいかは考えてなかった。


「マスター、着きましたよ!」


「ああ……」


 ノルンに言葉を返しながら牢屋の前に立つ。


 乱雑する資料の山は牢屋の中だとは思えない。鉄格子がなければ、研究室だと言われても不思議には思わないだろう。


 その中で大きく見開かれた金色の瞳が俺を見つめる。


 綺麗なストレートな金髪に、白い聖女のローブ。スラリとした完璧なスタイルは指先までも美しい。


「はじめまして。『聖女、アリスリア・ガーネット』さん」


「……どちら様でしょうか?」


「俺はローラン・クライスです」


「ローランさん……? 何者なのですか? 見たところ王宮の貴族でも衛兵でもないようですが……」


 凛としたハリのある声を聞いて初めてアリスが目の前にいる事を実感する。


――申し訳ありません。ローランさん! シャルロッテさんが……!!


 アリスの泣き顔とシャルの『亡骸』がフラッシュバックする。果たせなかった自分の無力さと驕ってしまった傲慢さのツケを払わされた。


 『あの日』の絶望が脳裏を掠める。


 目頭がグッと熱くなり、アリスに八つ当たりしてしまった自分を思い出し、申し訳なさが込み上げてくる。



ギュッ……



 繋がれた手にハッとする。じんわりと伝わるノルンの体温と穏やかな笑顔に『今』に帰ってくる。


 アリスは少し心配そうな顔で、小さく首を傾げている俺を見つめている。曇りのない金色の瞳は清々しいほどに真っ直ぐで、やはりうわべの言葉では伝わらない事を教えてくれる。


 ふぅ〜っと少し長く息を吐き出す。


「……大丈夫ですか?」


「ああ……、悪い。あっ、いや、ごめんなさい」


「いえ。あなたは?」


 こうしてアリスに心からの気持ちを伝えるのは何度目になるんだろう。その度に一生懸命に『黒涙』を治療しようと努力を重ねるアリスを見続けた。


 聖女はどこまでも聖女だった。


 それなのにシャルを救えなかった事を責め立て、アリスを苦しめた俺にこんな事を言う資格があるのだろうか?


 でも……、でもやっぱり……。


「お、俺に……、力を貸して下さい。俺にはあなたが必要なんだ……!!」


 深く深く頭を下げる。


(もう一度……。今度こそ……!! アリス、お前を絶対に嬉し泣きをさせてみせるから……!)


 じんわりと熱いものが込み上がる。


「妹を助けたいんだ。いや、助けるんだ! お願いです。絶対に後悔させない! 俺の仲間になってくれ……!!」


「……わ、私は……『無能』の聖女ですよ?」


 アリスの言葉にパッと顔を上げると、そこにはグッと唇を噛み締め、目を伏せるアリスが立っている。


「あなたは『無能』なんかじゃない。俺にはどうしてもあなたの力が必要なんだ」


「……そんな事はありません」


「魔力の量は関係ない。あなたには特別の力がちゃんとある。【治癒の聖光】。あなたのスキルは特別なんだ!」


「ありがとうございます……。ですが、スキルに魔力を上乗せさせる事でスキルは本当の力を発揮するのです。私に魔力があれば『こんな事』にはなっていないのですよ? ローランさん」


「俺には魔力がない。でも、スキルのおかげで、強くなれた。きっと……『勇者アーサー』、いや、『勇者エレナ』と同じくらいにッ!!」


「…………」


 アリスは大きく目を見開き絶句し、俺はノルンの手をギュッと握りしめる。


 勇者に魔力がなかった事や『女』であったことは、厳重に秘匿されていた。名前を変え男らしく振る舞う事で、人々が求める『勇者』を演じた。


 みんなを安心させるために。

 みんなの希望となれるように。

 みんなが笑顔でいられるように。


 セリシアに勇者に魔力が宿っていなかった事を聞いた。アリスに勇者が女である事を聞いた。



「な、なんで……」


「勇者様は俺の心の指針。勇者は『果たすべき事を果たした英雄』だ。……俺が果たすべき事は妹を……、『黒涙』から救う事だ」


 アリスの瞳が揺れる。


「ご、ごめんなさ、」


「謝る必要なんて何もない! 俺は勇者パーティーを尊敬してる。今度は俺と一緒に戦おう。……あなたは1人じゃない! お願いです。力を貸してくれますか?」


 俺は真っ直ぐにアリスを見つめ手を差し出した。アリスはたどたどしい足取りで鉄格子の方へと歩いてくる。


 グッと唇を結び、金色の瞳に力を込めて、微かに震える手を伸ばし、俺の手を取った。


「ありがとうございます……。こんな私に助力を求めてくれて頂いて……。『黒涙』を根絶させる事ができるのなら、私はなんでもします! この命すら投げ捨てる覚悟は出来ております」


 潤んだ瞳はやはりどこまでも真っ直ぐだ。


「ありがとう……」


 俺は深く頭を下げる。

 頭を巡るのは無数の『過去』の思い出。


「ですが、ローランさん。私は……」


「大丈夫! ちゃんと迎えにくる。だから、気持ちの整理と、持ち出す『資料』を確認して欲しい」


「あなたは本当に……、いえ! 信じます! あなたの涙を!」


 ギリギリ堪えたと思った涙は頬を流れていたらしい。ノルンの手を離し、涙を拭うと、後ろからフワリと抱きしめられた。


「マスターはまた強くなられました。きっと全てが上手く行きます!」


 腰元に回っているノルンの手を再度握り、アリスを見つめる。


「『黒涙』を無くすんだ。俺達、『みんな』で!」


「……はい。お待ちしております」


 アリスの瞳は輝き、揺れている。

 ギリギリで涙を堪えているアリスは『いつも』通りの心の強さを感じさせる。


 ここに来た意味はあった。


 フェンリーとの出会いもアリスの助力も。全てがより良い未来に向かっている気がする。


 ギュッと握られた手から伝わるノルンの体温はいつもより少し高く感じた。




ーーーーーーーー


【あとがき】


次話「『聖女 アリスリア・ガーネット』」です。


少しでも「面白い」、「今後に期待!」、「更新頑張れ!」と思ってくれた読書様、


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