『約束』
ノルンはフェンリーを見つめると、少し呆れたように口を開いた。
「……あ、あなたマスターのご飯を食べたいだけでしょ?」
「……!!」
「フェンリー。ものすごくヨダレが垂れてるの気づいてないの?」
フェンリーは少し固まってから、ゴシゴシとヨダレを拭う。
「……と、とにかく。我も出るのだ」
フェンリーはそう言うと鉄格子を掴み、まるで草を掻き分けるように自分が出るスペースを作った。
(マ、マジかッ!)
神獣なのだから力はあって当然なのだろうが、見た目は12歳前後の少女なのだ。あまりに自然に鉄格子を開けた細腕に少し驚いてしまう。
「ま、待て待て。そんな自然に脱獄するな」
「やだ。もう出るのだ! 早くご飯作って欲しいぞ! ローラン!」
「……な、名前を叫ぶなよ。バレたら大変なんだぞ?」
俺の言葉にフェンリーはニヤリと笑う。
「……連れて行ってくれないと、ここに2人がいるって大きな声を出すぞ?」
「……イカれ女の言葉なんて誰が信じるんだ?」
「ムゥー!! な、何をぉー!?」
口を尖らせ上目遣いのフェンリーに「ふっ」と笑みを溢す。頭にポンッと手を置く。ふわふわの頭は想像以上のもふもふだ。
「ハハッ、冗談だよ。……『フェンリー』。俺達と行くか? なかなか過酷な旅になるけど」
「……そ、そう言ってるぞ? 何をするかは知らないが、我は強いぞ? きっとノルンより役に立つに決まってるぞ?」
「ふっ。ノルンより俺を理解できるヤツなんて誰1人として存在しない」
「な、な! 我は神獣で、」
「でも、いいぞ、連れてってやる。ただし、4日後だ。4日後に『ちゃんと』連れ出してやるから、今は待ってろ」
「……? いやなのだ。今がいいのだ!」
「フェンリー。いい子に待ってたら、最高級の食材で最高の料理を食べさせてやるぞ?」
フェンリーは真紅の瞳をキラッキラに輝かせ、ヨダレをダラダラと垂れ流す。
「ぜ、絶対か?」
「あぁ。約束だ」
「よ、よ、よ、『4日』だな? も、もし、嘘だったら『神獣化』してぐっちゃぐちゃに暴れるぞ?」
「ふふっ、わかったよ」
また頭のもふもふを一つ撫でて、チラリとノルンの顔を見る。少し驚いたように目を見開きながらも少し嬉しそうにしているのがわかる。
「マスター。よろしいのですか? フェンリーはまだ得体の知れない……」
「いい。きっと大丈夫だ!」
ノルンは少し目をパチパチさせ、口を尖らせる。
「ノ、ノルンのおっぱいじゃダメなのですか?」
「……バカ」
ノルンの勘違いに頬を緩めると、フェンリーがニコッと微笑み声をあげた。
「ハハッ! ノルン! どうやら我の勝ちのようだな!」
「うるさい! バカフェンリー! ノ、ノルンとマスターは魂が繋がっているの!」
「バ、バカだとぉ!? 我、神獣だぞ? めちゃくちゃ強いのだぞ?」
「……確かに魔力はかなりの物みたいだけど、フェンリーは『臭く』ない。……まぁでも、マスターには絶対に敵わないからね!」
「……ぐぬぬっ。た、確かにローランの『聖力』は異常ではあるのだ……」
「……『せいりょく』? マ、マスターの性欲はノルンのだからねッ!」
「プププゥッ! ノルン、神具のくせに『聖力』も知らないのか?」
フェンリーの言葉に俺も首を傾げながらも、ムキになって口を尖らせるノルンを見つめる。
(楽しそうでよかった……)
ノルンの『初めての友達』なら、アリスと一緒に連れ出してやりたいなと考えていた俺にとって、フェンリーに餌付け、いや、ご飯を作ってあげるくらいわけない。
ノルンには返しきれない恩がある。
ノルンは、いつだって努力してくれた。
俺が必死に『剣』を鍛錬している間、ノルンは『魔法』についての知識を詰め込んでいた。
『魔の力』の『匂い』を嫌いながらも、あらゆる魔法に触れ、その『匂い』の差異を判別できるようになるまで繰り返した。
ノルンが結界魔法の種類まで判別できるのは、俺が剣を磨いている間、ノルンが苦しみながら『俺のため』を考えてくれていたからだ。
俺はわかっている。知っている。
俺達は、『一緒に』越えて来た。
ノルンの優しさも強さも……、俺はノルンが笑っているだけで助けられている。
誰よりも俺の側で無邪気にはしゃいで、楽しそうに笑って、誰よりも近くで俺の気持ちを理解し、手を貸してくれて……。
何十、何百、何千と『失敗』を繰り返す俺に、
――マスターなら絶対に大丈夫です!
なんて純真無垢な信頼を寄せてくれるのはノルンだけなんだ……。
シャルやアリスとはまた違う。
『未来や過去』を全部知って俺を認めてくれる存在はノルンしかいない。
汚い俺も、腐った俺も、醜い俺も……。
『無限の時間』の中で、全てを受け入れ、また前を向かせてくれるのはいつだってノルンだった。
フェンリーを連れ出す事は、ノルンのためにできる事の1つのように感じた。
かなりの『イレギュラー』ではあるが、フェンリーはいい子そうだ。少し、いや、かなりクセはあるが、ノルンの寂しさや孤独が少しでも解消されるなら、それでいい。
まぁ牢に入れられているのも、なんだか、なんとも言えない理由だ。フェンリーは自分を守ろうとしただけのようだし、『人を殺してはいけない』と言って聞かせれば大丈夫そうだ。
言い合いながらも楽しそうな2人には悪いが、俺は少し躊躇いながらもノルンに声をかける。
「ノルン。そろそろ行くぞ?」
「あ、はい! マスター!」
ノルンはニコニコと頬を緩めて俺を見つめるが、フェンリーは少し寂しそうにくちびるを尖らせる。
「……も、もぅ行くのか? もう少しゆっくりしていけばいいのだ」
少し照れたようでいて、寂しそうな口調に、フェンリーにしかわからない孤独を抱えて生きてきたのかもしれないなと気づいた。
(ふふっ。可愛い子じゃないか)
胸はさておき、見た目通りの小さな女の子のようで、なんだかほほえましい。
俺はフェンリーの頭にポンッと手を置く。
「いい子に待ってたら、それからはずっと一緒だぞ? ノルンも俺も、他にも色々な事が待ってるから。少しだけ我慢できるか?」
まるで小さい頃にシャルを宥める時のような感覚を思い出し胸がホワホワする。それに、このもふもふはかなりクセになりそうだ。
「絶対の絶対か?」
「あぁ。絶対の絶対だ!!」
「ま、まぁ、それなら少しくらいは待ってやってもいいのだ! や、約束だぞ、ローラン」
「ああ、約束だ」
フェンリーは最後にニカッと笑みを浮かべると大人しく牢に戻り、
「じゃあ、待ってるからな……。……ハハハッ……最高のご飯……!! 楽しみだなぁ」
フェンリーはヒラヒラと手を振り、自分の尻尾を枕のようにして横になった。
その様子にノルンと顔を見合わせて笑い合う。
(こんな出会いがあるとは夢にも思っていなかったな。コレが『未来』にどう作用するかはわからないけど……)
俺に向ける笑顔とは、また違ったノルンの笑顔を見つめながら、「これでいい」と俺も自然と頬を緩めた。
「マスター、本当によかったのですか? あんな約束をしてしまって……」
囚人がいない通路を進んでいると、ノルンは少し心配そうに俺の顔色を伺う。
「あぁ。少しクセはありそうだけど、なかなか面白そうだったろ?」
「……も、もしかして、ノルンのためですか?」
「いや、フェンリーの胸も悪くないと思ってな」
「……!! ……ふふっ。『嘘』だとわかっても、それはなんだか嫌ですよ! マスター!」
「ふふっ。ごめん。フェンリーは神獣なんだろ? シャルを救うために力を貸してくれるなら、助けて貰おうと思っただけだ」
「……そう、ですか。……ふふふっ。ありがとうございます、マスター」
「な、何が『ありがとう』なんだ?」
「なんでもありませんよ? 大好きです、マスター」
ノルンはそう言うと俺の手を握り、屈託のない笑顔を浮かべた。
(……やっぱりノルンにはお見通しか)
恩着せがましく「ノルンのためだ」なんて言いたくなかったが、ノルンには俺の嘘が通じない。
フェンリーの力がどれだけ強大であったとしても、無理矢理、戦闘を強要するつもりはない。ただ、ノルンの友として居てくれるだけで構わない。
「そろそろ、アリスの『特別房』が、」
俺はノルンの言葉を遮るように身を隠した。囚人がいないはずなのに『悪意』と『欲望』が通路に充満し始めたからだ。
「誰かいるな……」
「少し見て来ますか?」
「いや、フェンリーのような存在がいるってわかったから、俺の側にいろ」
「……は、はい」
ノルンはポーッと頬を染める。
(こ、これは『キスしたい』とか言い出すかも)
少しドクッと心臓が脈打つと、通路に怒号が響く。
「さっさと私の妻になると言え!! この国は私の物になる! その私が『無能』で出来損ないの聖女を出してやると言ってやっているんだ! さっさと地面に頭を擦り付け、懇願しろ! 『私を妻にして下さい』と!!」
怒りに満ちた言葉に吐き気がする。
(……誰だ? 何を言ってる?)
俺はノルンと顔を見合わせ揃って首を傾げた。
ーーーーーーーー
【あとがき】
次話「6度目の邂逅」です。
少しでも「面白い」、「今後に期待!」、「更新頑張れ!」と思ってくれた読書様、
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