囚われの神獣



 着地時にも数回、大気を蹴り、音もなく潜入に成功した。


 ノルンを先行させ、俺はしばらく様子を見てみたが、どうやら『三重結界』は意味を成してないらしく、苦笑してしまう。


 『気配』を探ってみるが、俺の『気感』は魔法のように便利なわけではない。


 正直に言うと、俺は索敵が苦手だ。


 50メートルほどの範囲内にいる生物が、敵意や悪意を放っていると即座に反応する事は出来るが、穏やかな王宮の夜更けにそんな気持ちを持っているのは『数人』しかいないようだ。


(野心を抱いている人間は少ないのか?)


 チラリと国王の顔が浮かぶ。


 勇者の処刑も聖女の幽閉も、国王が病に倒れている時に行われたと『言っていた』。民意や臣下達に押し切られた形になっているようで、本来、国王は話が通じる人だ。


 だからこそ、『聖女解放』のきっかけを作った俺は気に入られた。


――王都を救った英雄として、王国騎士団に入らないか? 守護者として王都に残っていれないだろうか?


 普通に断ったが、あの眼差しは本気だったと思っている。平民の俺に貴族連中はかなりの殺気と悪意を放ってきていたが、そんな事は俺の知った事ではない。


「問題ありません。配置は変わっていませんし、地下牢の入り口の見張りは1人ウトウトしてましたよ」


「……ダメじゃん」


 戻ってきたノルンの報告を聞きながら、また苦笑する。


 王国騎士団と宮廷魔法師団。


 国の最大戦力が王都にいるからと言って平和ボケしすぎだ。だから、黒飛竜(ブラック・ワイバーン)の襲撃『ごとき』で統制を失い壊滅に追いやられる。


 パニックになる気持ちはわかるが、いくら強い指揮官が居ても逃げ惑う兵士達は足手纏いにしかならない。


「行くぞ」


「はい。先行するので、ノルン目掛けて全速力で駆け寄って下さいね? マスター!」


 緊張感もなく少し照れたようなノルン。


「全速力だと、周囲の建物に影響が出るぞ?」


「……そ、そこそこでも構いません! とりあえず、ノルン目掛けて、一直線で来てくださいね? だ、抱きしめてくれても構いませんよ?」


「ふっ。考えておく」


 ノルンはパーッと瞳を輝かせると、「ノルンにお任せ下さい!」と自信満々の表情で先行を開始した。


(まったく……。こんな所で抱きしめるはずないだろ?)


 ここは王宮。ルベル王国の全ての中心。

 気を抜くわけにはいかない。


 先行したノルンは両手を広げる。

 俺は周囲を気にかけながら駆け寄る。


「ん? マスター?」


 ノルンはキョトンと首を傾げる。


 先行したノルンが両手を広げる。

 俺が周囲を気にかけながら駆け寄る。


「マスター……?」


 ノルンは唇を尖らせる。


 それを繰り返しながら地下牢へと向かった。ノルンはすっかり諦めたようで、最後の方は手を上げて俺に合図をおくり、キョロキョロとちゃんと周囲を気にかけながら俺を先導してくれる。


 しょぼくれていくノルンが可愛くて頬が緩む。ただの『工作員ごっこ』のように感じ、一切、忍び込まれている事に気づかない王宮の警備を少し心配した。


「次で入り口です。2人見張りがいますので、お気をつけて」


「わかった」


 ノルンは手を上げて俺に合図を送る。

 俺は周囲を気にかけながら駆け寄り、見張りを観察しているノルンを後ろから抱きしめた。


「どうだ? 様子は?」


「……や、や、や、やはり1人は眠そうです。もう1人も特に警戒している様子はありません……」


「そうか。ありがとう、ノルン」


「……マスターはズルいです」


 ノルンは小さく呟き、俺の腕に両手を添えた。


「いつもの仕返しだ」


「ふふっ。こんな仕返しなら大歓迎です!」


 気を引き締め直し、俺も衛兵を観察する。


 ノルンの言うように緊張感は全くないし、ただそこに居るだけと言った印象だ。


 俺は足元にあった石ころを手に取ると、軽く城壁に向かって投げた。


カンッ……


 衛兵は微かな音にチラリと壁に視線を向けるが立ち上がる素振りはない。


(け、『結界』を信用しすぎだろ!? 強襲されれば即、終わりだぞ?!)


 衛兵の警戒心の薄さを嘆きながら、再度石ころを拾うとノルンが苦笑する。


「アレはー……本当にダメですね……」


「……あ、あぁ」


「わかりました! ノルンが少し気を引きますので、マスターはそのうちに中に入って下さい。ノルンもすぐに行きますので!」


 ノルンは普通に歩き出し、俺から離れると城壁の前に立ちパンッ、パンッ、パンッと明らかに人為的な音を鳴らした。


「……なんだ? 誰だ! 誰か居るのか?」


 衛兵は立ち上がるとすぐに剣を抜き、ノルンの居る方を見つめる。ノルンはなんだか楽しそうにまたパンッ、パンッと音を鳴らすと衛兵はウトウトしている仲間に声をかける。


「おい。起きろ……。ゆ、ゆ、幽霊が出たぞ!」


「う、んあ? 幽霊?」


 ノルンは笑いを堪えるように口をギュッと結ぶと、またパンッ、パンッと壁を叩く。


「な、なんだ? 誰かいるのか?」


「……居るわけねぇだろ。結界が破られたら、こんなに静かじゃねぇよ。俺は寝るからな……」


「じゃ、じゃあ、なんだよこの音は!? お、おい!」


 

パンッ! パンッ! パンッ!


 ノルンは無邪気に笑っている。


「ふふっ! マスター!! ノルン、幽霊みたいですね!!」


 言葉と表情が合っていない。そんなに無邪気にイタズラする幽霊なら全然怖くない。


(また調子に乗って……)


 心の中で呟きながらも笑みが込み上がる。


「お、おい……行けよ……」


「お、お前が行けよ!」


「透明になるスキル持ってるヤツかも知らねえだろ?」


「バカ! 魔力がねぇヤツなんているかよ! 結界が反応してねぇんだから……い、生きてる人じゃねぇ!」


「ほ、本当に幽霊かよ……。そんなの本当に居るのか?!」


 ジリジリとお互いを押し出しながら、ノルンに近づいていく2人を見つめながら、


(お、俺も幽霊扱いかよッ!?)


 失礼な衛兵に少しムッとしつつも、こっそりと地下牢の入り口に入る。


 どんよりとした空気と『気配』が一気に肌を刺す。俺が想像してた倍はいる。ここで見つかったら、俺もここに入れられるのかと思うとゾッと寒気がした。


(アリス……)


 俺は無茶苦茶な理由でここに収容されている強がりな聖女を想う。どれだけ不当な扱いを受けても折れなかった心の強さには感服することしか出来ない。


「お待たせしました! 本当に失礼しちゃいますよね! マスター!」


 ご満悦に満面の笑みを浮かべるノルンには本当に救われる。天真爛漫なノルンの存在に気分を明るくして貰えるんだ。


「誰だよ! な、なんか居るのかよ!!」


 外から聞こえる怯え切った声を小さく笑い、見つからないように気をつけながら1歩を踏み出した。


 後に「王宮の幽霊事件」として騎士団の中で語り継がれる事になるが、それはまた別の話だ。

 

 牢屋内の囚人のタイミングを伺いながら、音を立てずに駆け抜ける。見るからに悪そうな男達の『悪意』や『欲望』に少し気分が悪くなりながらもアリスの元へと急ぐ。


「あと少しです。マスター」


 先行するノルンにコクリと頷き、アリスとの邂逅に少し緊張していると、小さな声が響いた。



「さっきから誰なのだ? うるさくて眠れないのだ。……って、『2人』になったのか?」



 俺とノルンは顔を見合わせて固まり、声の主に目を向けた。真っ赤な瞳は間違いなくノルンを見つめている。


「……な、え? なんで……? マ、マスター……」


 ノルンの助けを求める顔にドクンッと心臓が脈打ち、俺はノルンと『誰か』の間に割って入る。


「大丈夫だ。ノルン! 何があっても守るから」


「マスター……」


 俺の背中をちょこんと摘むノルン。


「おぉ!! はじめて見たのだ! なるほど、なるほど。その女は人化した『神具』なのだな?」


 俺は初めてノルンを視認した狼の耳と尻尾を持つ獣人の女と対峙した。



ーーーーーーーー


【あとがき】


次話「『ファンリー』」です。


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