王宮潜入



 武具屋「ヘファイス」で新しい装いにテンションの上がった単純な俺は、軽く食事をとるため目についた店に入った。


 店内では、冒険者達が「ボロボロの服を着た魔力ゼロの男」について盛り上がっていたが、「赤モグラ」こと、ギースはかなりの嫌われ者のようで、可哀想になるくらい笑われていた。


 また群がられるのかとソワソワしたが、真新しい服の俺には気づかなかったようだ。ホッとしたような少し拍子抜けのような……。


 やっぱりみんなに求められたのは嬉しかったんだろうなと自分自身の心中を知った。


 ここ100年、いや、前回、『失敗』するまでは、あまり周りなど気にする余裕がなかったし、関わることから避けていた。


 「イレギュラー」を恐れ続け、その場の対応力が無くし、手にした『力』を過信し溺れた。


 何度も何度もやり直すうちに、「どうせ」、「ダメなら」とスキル前提で物事を考え、知らぬ間に嫌いな自分になっていた。


――お兄ちゃん。笑って……? シャルならもう大丈夫だから……!


 涙を流しながら力なく微笑んだシャルの姿が浮かぶ。


 未来は過去の集合体。


 全力で取り組む事をやめて、その場凌ぎを続けると痛い目に遭う。


(あぁ……。シャルに会いたいな)


 失敗から学んできた。俺はシャルを『救ってやる』んじゃなくて、『救いたい』んだ。


 大丈夫。もう見失わない。

 そのために何一つ、手を抜いたりしない。

 イレギュラーを恐れたりしない。


 「今」の俺に出来る事を全うする。


 すっかり冷めてしまったパスタを口に放り込みながら、そんな事を考えた。ノルンはそんな俺を察したのか、はたまた、今後の展開を考え直しているのか、何やら考え事をしているようだ。





 外に出ると、すっかり陽は落ちていた。


(……忍び込むにはピッタリだな!)


 煌びやかな王都は賑やかだが、だからこそ寂れた裏道は一層、暗く溶け込みやすい。


「マスター! とてもよくお似合いです! 黒ベースなのは、やはり『黒天』に合わせてですか!?」


「いや、こっそり潜入だからな」


 小声で返しながら小さく首を傾げる。


 先程の雰囲気などなかったかのように、ノルンもなぜか、黒のワンピースに「お着替え」させており、ニコニコとはしゃぎながら俺の腕にしがみついてくる。


 歩きづらいったらない。


 もしかして、自分の『着替え』をあんなに真剣に考えていたのかとも思ったが、充分すぎる可能性と、とても似合っている少し露出が高い服に瞳を泳がせた。


(ひ、1人で赤面してバカみたいじゃないか……)


 なるべく人通りの少ない道を行っているとはいえ、すれ違う人にはおかしなヤツだと思われているだろうと顔が引き攣る。


 ふと、「本来『黒天』を買ったのは誰だったのだろう?」と思ったが、やはりコレは早い者勝ちという物だ。本来の持ち主には悪いが、やはり新しい武器というのはテンションが上がる。



 王宮の裏手に到着して高い城門を見上げる。


「ノルン。少し様子を見てきてくれ」


「はい! マスター!」


 地下牢に用があるなんて言ったら、まず王宮に入れてくれないだろうと裏に来たが、


(さて、ここからどうする?)


 ぶっちゃけノープランだ。

 お察しの通り俺は頭が良くないし、要領も悪い方だと思う。何度も繰り返して「やっと」なのだ。


 もちろん思考は止めないし、最大限の努力はするが、基本的に『初めて』は成り行きに任せる事にしている。


 いざアリスの顔を見に来たが、どうやって忍び込むかを考えていなかった。忍び込む事を前提に黒い服にしてみたとは言え、見つかったら大変だ。



(普通に壁を飛び越えるか……? まぁ壊すわけにもいかないよな)


 斥候に行ったノルンを待ちながら、とくに何をするでもなく、ぼんやりと城壁にもたれ闇に溶け込んだ。


 

「マスター? あちらに人はいませんでした」


 ノルンはスルリと壁から現れる。


 ノルンは俺以外の人には触れられないし、見える事もない。意識すれば、無機物には触れられるらしいが、触れないようにもできる便利な身体の持ち主だ。


「……!!」


「ふふっ。驚きましたか?」


「……う、うるさい」


「ノルンです! 幽霊じゃないですよ?」


「……で、どうだった?」


「地下牢までの道は把握しました。途中、王国騎士団の見張りが3人ほど居ましたが、見つからないように行く事も可能のようです。地下牢の前には2人。2人で談笑していて、緊張感はありませんでした。簡単な陽動で問題ないでしょう」


「……よし。行けるな!」


 ノルンほど優秀な斥候はいない。

 姿が見えないだけじゃなく、慎重に判断し、あらゆる可能性を探って最適解を見つける事ができる。


「結界魔法は全て『魔力感知』、『対魔結界』。地下牢には『反魔法結界』があるようですね。……マスターには全て関係ありませんが」


「ハハッ。三重結界も『魔力0』には関係ないか」


「ふふっ。なんだかソワソワしてしまいますね?」


 ノルンの表情から察するにソワソワではなく、ワクワクと間違いだ。気持ちはわからなくもない。こっそりと忍び込み、アリスに会いに行くなんて、なんだか工作員みたいで緊張する。



 俺はまた高い壁を見上げ、決意を決める。


(行くぞ……。イレギュラーには柔軟に。最善を尽くす!!)


 ふぅーっと息を吐き『気』を練り、『気感』で周囲を探って人がいない事を確認する。


「マスター……。アリスは『やはり』資料にまみれて泣いてました」


「……そうか」


「はい……」


「じゃあ……、急がないとな」


 頭の中にアリスの表情が浮かぶ。


 勇者パーティーの名誉を回復させるために『黒涙』を研究し続けるアリス。


――私の闘いはまだ終わってません!


 芯のある金色の瞳に宿るのは魔王への憎悪か、それとも勇者を処刑した人間への復讐か……。

 

「マスター?」


「いや……。道案内は頼むぞ? ノルン」


「はい! お任せ下さい!」


 俺はポンッと頭を撫で、強く抱き寄せると2、3度、『大気』を蹴りながら、跳躍し城壁の上に立つ。


 煌々と明かりの灯る王宮と王都の夜景。


「マスター!! 最高ですね!」


「あぁ。悪くない! シャルにもいつか見せてやろう!!」


「ふふっ! シャルちゃんの瞳も、きっと今のマスターのように輝くのでしょうね!」


「バカか? シャルの瞳はもっと綺麗に輝くさ!」


 ノルンは俺の言葉に「ふふっ」と穏やかに微笑み、俺の手を取った。


 王都中の明かりは銀髪の髪を透かせ、綺麗な翡翠の瞳には星を散りばめたように、キラキラと輝いている。ひどく綺麗だ。


「……? どうしました? マスター」


「……いや、行くぞ。アリスに『闘っているのは1人じゃない』と伝えに……」


「はい、マスター!」


 俺達は手を繋いだまま、フワッと城壁から飛び降りた。




ーーーーーーーー


【あとがき】


次話「囚われの神獣」です。


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