第19話 Qの覚悟



 到着したのは街を一望できる丘の上だった。夕陽が丘全体を照らし、輝いている。なぜここまで連れてきたのかは解せない。でも、目隠しさせたり無理強いさせてない事から、やっぱり話は本当だと信じられた。


「決闘の内容は決まったか?」


 夕陽を前にQと二人並ぶ。7は後ろで待機させた。込み入った話もある。あまり人に聞かせる物じゃないんだろう。


「あぁ。缶けりにな」


 すると、Qは笑い出した。……驚いた、今まで無口だった男が急に吹き出すから一体何事だ。


「そうか、それは安心した。まさか何も練習していないのに真っ向から命の奪い合いをするのではないかと案じていたのだ」

「お前、何でそれを………?」

「侮るな。お嬢様は貴様と出会ってからずっと貴様の行動を把握している。この一週間、最初の二日以降、貴様は何もしていないだろう?」


 既にばれていた。考えてもみれば、相手の事を調査しない方がおかしいのか。情報量の差で戦いは決まるんだし。


「好都合だ………『死なず』には済みそうだからな」

「ずいぶん物騒な発言だな」

「当然だ。貴様は完全にお嬢様の逆鱗に触れている。缶けりだろうと何が起こるかわからない。………気を付けておけ」


 笑ったかと思えば今度は真剣な表情で戒めてきた。……忙しいなこいつ。


「お、おうよ! ………でも、話ってこれだけか?」

「いや、本題はここからだ」


 おもむろにQは懐から葉巻を取り出して火をつけた。……おいおい、未成年の傍でそんなもん吸うなよ。副流煙あるだろ。……仕方なくカニ歩きで少し距離を置いた。


「おれは古くからバルツェル家に仕え、今はお嬢様……ヒルデガルト=バルツェル様に仕えている身だ」


 スートって特別に派遣されるだけじゃないんだな。


「貴族階級であるバルツェル家は男に恵まれなくてな。生まれた後継ぎはお嬢様しかいなかった。会社を内輪で続けるには、旦那様はお嬢様を政略結婚の道具として使うほかなかった」


 展開として、それであんな高慢ちきになっちまったと?


「お嬢様は自分の運命を呪い、受け入れることができなかった」

「へぇ」

「旦那様は、自身の企業をもっと大きくしようとした。嫌がるお嬢様の意思など関係なくな。………どうしても結婚したくないのなら、条件として」

「グリズランドの国王になる、か?」


 Qは深々とうなずいた。シュタルスは『生まれながらにして未来が決定している』と言っていた。……今でも、こんなことがあるんだな。


「ただ……それは逃げでしかない。自分の未来を受け入れず、向き合わず、ただ別の道に進むことで旦那様と対立することを避けているのだ」


 選択肢があまりにも少ないのか。結婚するか、戦いにでるかの二択。まともに夢をみることすら叶わなかったんだな、あいつ。


「幼少の時よりあらゆる訓練を積んだお嬢様にとって、造作もないと思われていた。自身の能力から『Q』の称号を貰い受け、向かうところ敵なし。すでにお嬢様は何人かのスートを撃破している。……もう誰も、お嬢様を止められないと思っていた」


 最強………そんな言葉が、ヒルデガルトにはお似合いなのかもな。今は。


「そんな時に、お嬢様は勢力を強めようとした。そして貴様だ。テレビの放送で『興味ない』と言い放った時、お嬢様は憤慨していた。自分の唯一の救いをこの男は踏みにじっているとな………しかし好都合だった。早速貴様を部下に取り込もうとしたが」

「見事に失敗、と」


 Qは一度煙を吸って虚空へ吐き出した。


「お嬢様を力ではなく違う何かで止められるとすれば、それは剣条司、貴様だけなのだ」

「違う……何か?」


 明確な発言はしていなかった。ただ、屈服させるだけでないというならわかる。


「強いて言うなら……夢に向かう力。希望だな」

「希望……」


 自覚はなかった。一身に将来へ向かっていただけだった。俺に、そんな大層なものはない………と思う。


「おれは敢えて、お嬢様を止めはしない。いや、止められない。おれがお嬢様のスートであるのと、心のどこかで応援している所があるからな。だが、止めなければならない」

「どういう事だよ」

「仮にお嬢様がグリズランドの国王になったとしても、すぐに駄目になってしまうだろう。………そして、お嬢様は壊れてしまう……そうならないためにも、今一度、自分を見つめ直してほしいのだ。今回の貴様との決闘の勝敗は、お嬢様にとって大きな意味をもたらすだろう。…………だから……勝て、剣条司」


 無言だった理由も、必要以上に喋らなかったのも、これで繋がった。主を思うがゆえに、動けない。望みを俺に託して、Qは頭を下げた。


「止めるとか、止めないとか………俺にできるかはよく分かんないけどさ。俺は、ありのままの自分であいつに……ヒルデガルトと戦うよ」

「後は……頼んだ」


 主人の勝利よりも、敗北を望む人間が、どこにいるんだろうか。否、主人の未来を案じるが故に、負けを求めている。

 Qの姿に悲壮な覚悟が垣間見えた。



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