第10話 そのあと……



 目が覚めた時には、視界には天井の蛍光灯が自分を照らしていた。起き上がろうとしても、力が入らない。そうか、血流したんだっけ。


「気が付きましたか、司?」

「あ………7」


 右手にいた7が顔を覗きこむ。照れ臭くなって目を閉じると、少女の小さな嘆息が聞こえた。


「びっくりしましたよ。敵を庇って脳天に照明をくらうなんて……頑丈な頭蓋骨でホッとしましたが、無茶はやめてください」


 病院で検査を受けた後、俺は自分の新しい拠点に運ばれたらしい。特に異常はないとのこと。ただ、少しの間だけ、動けなかったりするとか。

周囲を見渡していた俺に、7は黄金に輝く長方形の物体を見せた。


「司の勇姿に完敗したと言って、クレア=シルベスターが敗北を認めました。というか、謝罪の代わりとして、8が無理矢理クレアから奪っていましたが」


 カードにはハートが八つ並べられていた。初の一勝。ごちゃごちゃした戦いだったが、勝ちは勝ち。何物にも代えられない喜びだった。


「……やったな、7」

「………はい!」


 その時見た7の笑顔はいつもの堅い態度も、恥じらう少女の様子とも違う、純真無垢な子供の表情をしていた。


 だが………


「俺………しばらく動けないんだよな?」

「えぇ……長くて一日は見込んでもよろしいかと」


 平常運行に戻った7が淡々と告げる。首から下の感覚はないはずなのに、背中には冷や汗が全身には熱が籠る。


「ちょっと待て! トイレとかどうするんだよ!」

「それは、私がお手伝いしますが……?」


 さも当たり前のように7が無表情で返す。冗談じゃない。それは男として、あってはならんぞ! 


「な、なんとしてでも起きなければ!」


 気合で立ち上がろうとするが、ピクリともしない。8の痺れ薬が、よく聞いている証だった。こんなところで敵に感心してる場合じゃなかったが、もうどうしようもなかった。


「食事も私が食べさせるのでご安心ください」

「むしろ安心できない! 気合でなんとかならんのか!」


 病気じゃねぇけど、病は気からだ! と思ったが、7は首を横に振った。


「安静が一番ですよ、司」


 どれもこれもわがままなクレアが悪い。だから戦いたくなかったんだ。あーもうツイてねぇ!


「それでは、夕食にしましょう」


 湯気立つグラタンを7が持ってくる。そしてスプーンで一掬いすると、それを近づける。


「口を開けてください、あーん、です」

「い、いやそれは……」


 それじゃまるで病人……というより恋人。


「あーん、です」


 クレアとの勝負には勝ったが、7には到底かなわなかった。仕方なく口を開ける。


「あ、……あー」


 熱い物体が口内で暴れる。


「あぢぢぢぢっ!」

「だ、大丈夫ですか!」


 ほぼゼロ距離の7の顔。青い目も、白い素肌も、さらさらの銀髪もすべてがすぐそこにあった。


「だ、……だいじょうぶ、だからさ!」

「そうですか……」


 少し残念そうな表情を7が浮かべた。それが、なぜか切なく感じた。そして、胸がチクリと痛む。そんな顔を見たら、塩対応なんてとても……


「……次」

「はい?」


 7の沈んだ表情は見たくなかった。


「次だよ次、もっと食いたいんだよ俺は!」


 次の「あーん」を要求する。

 すると、7は表情を明るくしてスプーンで掬った。


「では……あーん」

「あちち……でも、うまいな」

 



 最初は、嘘だと思った。

 でも、これは現実で、俺は王族の一人だった。

 ただ夢を追いかけていただけなのに、突然現れた銀髪の少女。

 後継者争いは、始まったばかりだった。




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