第8話 ハートの8 クレア



 ちょうどチャイムが鳴る頃には、自分の席に座っていた。

 何事もなかったように授業の準備をしていると、隣の7がこちらを覗く。


「司、教室の外であなたを呼ぶ声がしましたが?」

「なーに、ちょっと知り合いと相撲してただけだよ」


 冗談で言ってみる。すると、7は興味津々に問う。


「日本では学校で相撲をするのが普通なのですか?」

「んなわけないだろ。冗談だよ、冗談」


 ボケてるのか、それとも本気で聞いてきたのか。とにかく、日本が好きなんだな……7。

 しかし、学校にあの女……クレア=シルベスターだったか。あいつがいるとなると少々面倒だな。できるだけ接触は回避したい。できるだけ平穏に過ごすのが今は重要なのだ。


 教室の窓の外の奥に広がる空は昨日と同じように青かった。


 四限目の終了までクレア=シルベスターを回避しつつ、俺はようやく昼休みを迎えることができた。……と思っていたのだが……


「さぁ勝負よ、ケンジョウ!」


 教室の扉を勢いよく開けたクレア=シルベスターが俺を呼ぶ。俺も椅子から立ち上がって叫ぶ。


「拒否する! 7、飯だ!」

「了解です」


 俺の机の上にバスケットが置かれる。中を開けると、サンドウィッチが敷き詰められていた。7が渡してきたお手拭で手を拭いて早速一つ口に入れる。………うまい。敢えて口には出さなかった。


「司、放課後はどうされますか?」


 尋ねてから7も頬張る。


「……まぁ、帰って一時間くらいは勉強かな」


 昨日買ってきた本も見通してないし。一日の遅れはまずい。


「ちょ、ちょっと! 勝手に二人の空間をつくらないでよ!」


 俺達の席まで来てわざわざ突っ込みを入れてくるクレア。正直めんどい。


「うるせぇなぁ………グリズランドの人間は飯食ってる人間への気遣いもできないのか?」


 適当に冗談を言ったつもりだったか、クレアは顔を真っ赤にして起こり始めた。


「キッー! 何の努力もなしにスペードの7を与えられたクセに!」


 何の反論なのかわからなかったが、面白そうだな……勝手に怒っててくれ。ということでそのまま挑発を続けることにした。


「実力ですらハートの8だろ? お前こそもっとQとかKじゃなきゃダメだろ~」


 言葉を発し終えた瞬間、首筋にそっと、冷たい物質が触れた。それは、昨日のジョーカーと同様、唐突に。


「あまり調子にのるな……青二才」


 抑揚のない女の声が耳元でそっと囁く。どうやら背後につかれているらしい。「貴様っ」


「7、座れって」


 戸惑いを見せたが、7は座った。


「怖い怖い。なに、侮辱されたらすぐこうなのか? グリズランドは? めんどくせぇなぁ……」


 ここまでくると軽蔑の対象にしかなりえない。あの女、ホントに王族なのかよ。……って、煽ってる俺も同じか。


「ケンジョウ、あなたはこれだけワタシたちの事を馬鹿にしたんだから…………覚悟はできてるんでしょうね?」


 クレアがさっきまでとは違う声色で問いかける。教室を見渡しても、皆心なしか冷たい。


「もうあとには引けないわよ? もういいわエイト、離してあげて」

「御意」


 拘束を解かれ後ろを振り返る。長い黒髪に漆黒のスーツ。高い鼻が異国の人間と理解させる。その右手には刀身の長いナイフ。7が同年代として美人というなら、彼女は大人の美人の類に入る。それが、眼前にいる8と呼ばれた女だった。クレアも勝ち誇ったように笑っている。


「決闘よ」 


クレアの手には金色のカードがあり、机に叩きつけた。


「司……もう戦いましょう。これは逃げられません」


 7も立ち上がる。三人とも、既に臨戦態勢に移行していた。


「ゴングを鳴らしたのはあなたなのですよ、司。いい加減、王族として最低限の務めを果たしてください」

「またそうやって………おかんでもそんな口うるさく言わないよ」


 ため息をつこうとすると、7が無言で教室の外を指さす。そこにはテレビ局で使うようなカメラを持った男と、照明のライトを掲げる女……数人のスタッフがこちらを撮影していた。


『衛星放送で中継され、映像は国民全員が視聴します』


 脳裏に7の言葉が反芻される。じゃあ、今見られてるのか………。7が協力してくれって言うし………ここまでやっちまったら、さすがに戦うしかないのか。結局、原因作ったのは俺か。


「しゃあねぇ! いっちょやるか!」


 かっこよく俺達が啖呵を切ると、相手も返した。そして、7がクレアに黄金のカードを投げる。


「いいわ、クレア=シルベスターが全力を持って相手をしてあげる!」


 続いてナイフをしまったクレアの隣の女が前に出る。


「ハートの8が完膚なきまでに叩きのめす」


 お互いにゆずらない雰囲気を作ったのは良かったんだが、

 俺……まだ昼飯全然食べてない。

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