第6話 ふたりの登校



 翌朝、軽く朝食を済ませた俺は、学校へ向かう準備をしていた。しかし、隣で鞄に教科書を詰める少女を見ていては、とても手が付けられない。

 どう見ても学校に行く準備をしているようにしか見えないんだが……


「………7、なにしてんの?」

「何とは………学校へ行くのですから教材を持っていくのは当然でしょう」


 さも当たり前のように7は返す。冗談じゃない。後継者争いに巻き込まれた上にプライバシーだってないようなもんだ。それに、ただでさえ落ち着く場所がないのに学校も7が居てはたまらない。……嫌、という訳ではないが、なんだか7を変に意識してしまいそうだった。


「……いやいや来ちゃだめでしょ……」

「仕事ですから」


 切り替えがしっかりと出来ているというか。よくできているというか。逆に意識されていないことががっかりというか……昨日のパジャマっ娘ぶりはどこへ行ったのやら……いざ制服に着替えると似合っているのはさることながら、この少女、顔つきまで凛としていて変わっている。


「既に編入手続は済ませていますので、このまま同行させていただきます」

「だから、来るなっての」


 ここで待機してくれればいい話だ。何かあれば呼べばいい。


「お守りする以上、二十四時間一緒にいなければなりません」


 それはそう。護衛なら一緒にいる方が都合が良い。


「それはそうだけど………!」

「なら、学校へ同行してはいけない理由があると?」


 ない。……はっきり言ってない。しかし夜の事を思い出すと、7の顔を見られなくなってしまう。7の真っ直ぐな瞳には、とても耐えられなかった。四六時中こんな女の子といたら、健全な男子は我慢できないぞ。


「……先ほどから様子が変ですね。体調が優れませんか?」


 教材をつめる作業を中断して、7が顔を覗きこむ。まずい、やめろ! だれか7を止めてくれ! 顔が近い! 顔が良い!


「い、いや。ほら? やっぱ慣れてないからさ。ちょっと調子狂うんだよな。まだ初日なんだし……」

「なるほど、新しい生活への順応が追い付いていなかっただけですね。なら、早めに慣れてください」


 ほっと一息つく7。俺はそれどころじゃない。というか慣れようと思って慣れられるのか、これ。


「安心してください。私がいる限り体調は管理させていただきます。昼食もご用意させていただいたので召し上がってください」


 キッチンの方をのぞくと、バスケットが置いてあった。朝食以外にももう作ってたのか。コンビニで済ませようかと思ってたけど、頼れるな。


 だが……身体は大丈夫でも、ココロはもうおかしくなりつつある。

 もつかな、俺。


「そ、そうか……それは良かった……はは、あはは」

 




 予想通り、学校へ行くと俺も7も奇異の視線が襲った。


「見てみて、昨日テレビに出てたヒトよ~」

「グリズランドの王族だったんだって~声かけちゃおっか」

「あの隣にいる可愛い娘は誰だ?」


 有象無象が何か言ってるな、と考えるしかない。知り合いでも友達でも今は口を聞かない方がよさそうだ。下手に状況を教えてしまっても不利益なだけになる。なにより、この珍しいものを見る目に耐えられる自信がない。


「………そんなに私は物珍しいでしょうか?」


 不安げに周囲を見渡す7。そっと肩に手を置く。正直なところ、視線は俺ではなく主に7へ集まっているようである。そりゃこんな美少女がいたらそりゃ珍しいどころの騒ぎじゃない。が……あまりルックスのことを言うのも良くないか。適当に誤魔化しておこう。


「それが、編入生って奴だ」


 職員室に入っても、反応は一緒。まるで今まで親しく接して来たかのように一部の教師は話しかけてきた。


「剣条、お前王族だったんだな~」

「ま、まぁ……そうらしいですよ」


 いつも目の仇にしていた体育教師もなぜか今日は物腰が柔らかい。これがロイヤルパワーか……すげぇな。


「どうなの、やっぱり王族の生活って豪華なの?」

「普通ですよ、普通。なんも変わってないですし」


 どうせ、どう言ったところで歪曲した解釈になるのは目に見えてる。昨日までヒステリックを起こしていた国語の先生も手のひらを反して優しくなっていた。人間、結構打算的だな。


「それであの子は誰? ……もしかして許嫁とか?」


 体育教師との会話に新人の若い女教師が割り込み奥を指さす。その先には教頭と会話する7の姿があった。


「親戚……みたいなもんです」


 当たり障りのない嘘をついて会話をいなす。スートだとか言ってもしょうがないしな。この方が自然だ。

 ほどなくして7が戻ってくる。


「クラスはグリズランドの希望通り、司と同じクラスになりました。席もすぐ隣だそうです。これで護衛がしやすくなりますね」

「そ、そうか……仕事がしやすくなっていいんじゃないか……」


 俺は気が気じゃないんだが……

 徹底した護衛に感謝するも、やはり夜の事が頭から離れない。背中が熱くなってきたぞ。と思いつつもあくまで冷静に装う。


 まぁ成り行きとはいえ仕方ない。がんばろ。


「んじゃ、教室行くか」


 ……一体、いつまで平気なフリができるんだろう?

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