第4話 ふたりの拠点



 到着したのは最近建設された高層マンションの二階。


「ここが、拠点?」


 正直喋りたくなかったが、つい口が滑った。


「えぇ……少し狭く感じるかもしれませんが、辛抱を」


 が、十分すぎるほどの広さだった。リビングはおよそ十畳。風呂つきのワンルーム。電化製品も一通り揃っていた。高校生一人にはもったいない。さっきのことで気分が落ちていたが、これはこれで気分がいいな。今日からここに住むわけだ。


 ……とは言うものの、やはり気まずい。


 部屋に入るなり、二人とも沈黙を決め込んでなにも進展しない。俺も言い出すにも何を言えばいいかわからない。できれば、とりあえず謝っておきたい。

 しかし、均衡は保たれたまま崩れない。そうこうしているうちに三十分が過ぎた。


「あの……司」

「ん? ……どした」


 やっと状況を崩してくれた7。何かを言いたそうだが、手をもじもじさせて一向に言わない。もしかして、さっきのことか。


「先ほどは、頭に血が上ってしまって……」

「もういいよ。終わったことだし。……それに、7は守ることに必死だったから無理したんだろ? 考えてみれば俺も悪かったよ。ごめん」


 正論かもしれないけど、7のこと考えてなかったな。


「これからは、少しずつ改める。だから、ダメな所があったら言ってくれ」

「………はい!」


 こうして、雰囲気は一気に明るくなった。


「それで……司」

「まだ、なにかあるのか?」


 手のもじもじはまだ続いていた。会った時からずっと毅然としていたのに、何だか今は女の子っぽい。


「服を着替えたいので……後ろを向いていていただけませんか?」

「うえぇっ?」


 おいおい、ますます意識しちゃうじゃないか。最初の堅いイメージが無いぞ!

「す、すみません。……でも、男性に見られるのは恥ずかしくて………」

「そ、そうか。よし!」


 後ろを向いて目を閉じる。無音の空間では、7の服を脱ぐときの布のこすれる音すら聞こえてしまう。据え膳喰わぬは男の恥とはいうが、さすがにであって間もない女性にあらぬ事をするのは、未来の警察官としてはあるまじき行為だよなぁ………ん? 待てよ、洗面所があるんだからあっちで着替えればいいんじゃないのか? 7の行動が、全くわからん。意味不明だ。


「申し訳ありませんでした。着替えは終わったのでもういいですよ」

 ……ま、ごちそうさまってことで。

「そ、そうか」


 こんなことが毎日続いたら俺自身どうにかなっちまいそうだな。目を開けながら振り返ると、そこにはピンク色のパジャマ姿の7がこちらを見ていた。


「………なんで?」

「極力私物は持ち込まないようにする為に行った最善の策です」


 おしゃれとか、興味ないのだろうか。


「ま、まぁそれはそれとして……納得いくまで話を聞かせてもらおうか」


 段ボールの中から机を取り出して置く。その近くに7が正座で座った。


「そもそもの原因は国王だったグレゴリウス二世の突然の死。これはご存知ですよね?」


 見慣れない外国の新聞が机の上に広げられる。その一面に国王の写真が貼られていた。ひげを蓄えいかにも王様ですという顔だった。


「あぁ。それで後継者の問題が出てきた」

「はい。本来なら世襲制度に従って御子息である、シュタルス王子が王位を継承するはずだったのですが、この王子が少し変わり者でして………」


 敢えて言葉を濁した7を、俺は詰問しなかった。


「話を進めてくれ」

「はい。………それで王子に不信感を抱く臣下が提案したのが、グレゴリウス二世と少しでも血縁関係がある者も後継者の候補としようという試みです。これは、過去何度が行なわれた政策だそうです」


 五十四人も候補がいるのかよ……臣下の人もっと絞れよな。


「あなたの母、マリア・ヴィ・グレンフェルはグレゴリウス二世の実の妹………つまり、司は彼の甥になります」


 今までの話の流れからすると、そうなるよな。


「まぁ血のつながりはここまでとして……あまりに人数が多いので臣下たちだけで決めるのも難しいと考えた大臣は、国民の投票で国王を決めることにしました」


 投票? ここは日本だぞ。


「本国にいては根回しをする輩が現れかねません。だから、友好な関係を持っている日本の協力を借りてこちらで選挙戦を執り行うことになりました。これから日数は長くて一年、この街で五十三人が国王の座を奪い合う戦いをします。衛星放送で中継され、映像はグリズランドの国民全員が視聴します。ひたすら自分の良いところを魅せ続けるもよし、他者と競うのもよし。方法は様々です。そして、投票の結果で国王が決定されます」


 国会議員が車の上に乗ってアピールするのと同じようなもんか………


「ただし、実力行使で敵対者を脱落させるのも手の一つです。それが、さっきのような本物の戦いです」


 大鎌を思い出す。あと少し7の反応が遅れていたら、俺は真っ二つだった。


「さっき渡したカードは、その相手に降伏し、もう争わないという安全確保の切り札です。一人につき五十二枚。全てのカードを使い切った場合は、その時点で失格となります。無論、相手から無理矢理奪う手もあります」

「だからあのとき止めたのか……!」


 7は黙ってうなずいた。けれど、それを考慮すると、さっきの男は優しかったのかもしれない。


「そして、このカードを候補者分すべて……つまり、自分を含めて五十四枚の種類が揃った時、国民の投票を待たずにカードを揃えた者を次期国王とする、というルールなのです。カードを持っているという事は、相手を屈服させていることと同義ですから」

「国民の信頼を手に入れなくても、国王にはなれるってことか………」

「はい。国民から票を得るよりも、全ての候補者を倒してしまえば、随分楽ですからね。どんな人間性の者でも、国王になれますから。だから、王族の争いは、まさに血で血を洗う戦い。国王を目指すのなら、誰でも大抵、一度は通る道です。カードの奪い合いは、命の奪い合いにも等しい。そこで、本人達の殺し合いを予防する為に、カードのほかにもう一つ、グリズランドが考案したものがあります。……それが私〝たち〟……スートです」

「スート?」


 知らない単語をオウム返しにして尋ねる。


「簡単に言えば、トランプの絵柄の事です。私たちはそれぞれの候補一人ずつに一人配属され、戦いが終わるまでの間傍に仕える形でお守りします。スートは四つ、ご存知かとは思いますが、スペード、クラブ、ハート、ダイヤに別れます。本来は候補者である司達がスートなのですが、意味合いとしては二人で一人の扱いです。つまり私がスペードの7なら、司もスペードの7なのです。そして、数の高い方がより強力なスートと言うわけです。ただし、数の高いJやQ、Kなどは使えるスートよりも後継者候補者本人が強く、Aや2は使えるスートの方が強いとされています」


 また小難しい設定してんのな。絵柄の人は本人、若い数字ならスートが強いってことか。


「なら、さっきの金髪は?」


 恐ろしく強かったあいつは……そういえばジョーカーとか言ってたよな。


「どのスートにも属さない最強と謳われるジョーカーです………できれば、アレには出会いたくなかったですが、仕方ありません。」


 話が一時的に中断され、静寂が場を包んだ。


「………早い話が、何でもありの選挙戦です」

「単純明快なまとめをありがとう。……だがな7、ひとつ説明してない。俺が勘違いをしているってことだ」


 冷たい瞳で突き放った言葉。憎しみを持ったような口調だった。


「それこそ愚問………『知らない』などという言い訳は無意味です。強制的に参加させられているにせよ……司、あなたは王位を継承するための資格を持っているのです。………あなたがどれだけ志す道があっても、拒否権はありません」

「そ、そんな……」


 反論を持ち出そうと、無い頭を瞬時に捻って言葉を紡ごうとするが、特に何も浮かばない。その時、腹の虫が大きな音を立てた。そういえばまだ食べてなかったな。


「……もういいや」

「はい?」


 7がきょとんとした様子で疑問を持つ。


「出会って半日の人間を論破できるわけないからな。いきなり巻き込まれて混乱してるけど……まぁまずは腹を満たしてからだ。7、晩飯にしよう」


 冷蔵庫を開くと、大体の食材が揃っていた。適当に作れそうだな。


「……そうですね、司の言う通りです。何かお手伝いしましょうか?」


 対応の早い7はすぐに用意されていた包丁とまな板を取り出した。


「あぁ。じゃあこれとこれとこれの皮をむいて一口サイズに切ってくれ」


 ジャガイモと人参と玉ねぎを渡す。


「わかりました」


 荷物の整理もままならない中、夕食の用意を始めようとした途端、インターホンが一回鳴った。


「……誰だ?」


 玄関に向かおうとする俺を、7が制止した。


「この場所を知っているのはごくわずかなはず。………敵襲とも考えられます」


 下ごしらえそっちのけで出て行こうとする7を、今度は俺が襟元を掴んで止めた。


「大丈夫だって。さっきのジョーカーって奴は、カードあげたからもう襲ってこないだろうし、いざとなればすぐにドア閉めるよ」


 玄関へ向かい、ドアから覗き見することなく、俺は扉を開けた。


「アンタがケンジョウ・ツカサね。あたしはハートの8、クレア=シルベスターよ。ワタシと勝―」


 濃い栗色のセミロング。丸みを帯びた輪郭はまだ幼さを思わせる。顔のパーツが程よく揃っている。それなりに可愛い、と形容できる少女が、また7と同様に俺の通っている学校の制服を身にまとった状態でドアの先にいた。

 勝のあとに負と言いたかったのだろうが、無視して俺は扉を閉めた。


『ちょ、ちょっとケンジョウ! おとなしく出て来て戦いなさいよ!』


 アホらしい………ジョーカーと戦ったばかりなのに二回戦目のゴングを叩く必要なんてねぇっての。


『聞こえてんの? ケンジョウ、ケンジョウ!』


 うるさいと思いつつも、ドアに二重のカギをかけてキッチンへと戻る。そこにはパジャマ姿で包丁を握る7の姿があった。なんとも画になる光景だ。こっちに気付いた7が怪訝な表情を見せる。


「よろしいのですか? 何か言っていますが……」


 手を止める7の隣に並び、下ごしらえを手伝う。


「いいんだよ。……今夜はカレーだ。ほら、さっさとやるぞ」


 本当ならじっくり作りたいところだったが、明日も学校がある。俺達は手早く調理を再開した。

 案外すぐに作れてしまった。出来上がりはまぁまぁ。7も手際よく作業を進めてくれたおかげで、米が炊けてすぐ食事にすることができた。


「それでは夕食にしましょう」

「おう、いただきまーす」


 カレーを口に運ぶ。まぁまぁの味だな。


「それで司、今後の作戦なのですが」


 7が食べるのを止める。俺は構わず食べ続ける。


「当面はそれぞれのスートの近い数字、6や同じ数字の7をつぶしていくのが得策かと」

「ふぅ~ん………」


 そういえばさっきのクレなんとか、とか言う女はハートの8だったな。……まぁいいや。どうせ相手にしないし。咀嚼していた物を飲み込む。


「じゃ、『戦うとすれば』6でいいんじゃねぇの?」

「意味深な言い方ですね。まるで戦わないと言っているようですよ? ………さっきのクレア=シルベスターも、わざと退いたのですか?」


 むっとした顔で7が問い詰めてくる。……参ったな、聞いてたのか。さすがスートってところか。


「あぁいう手合いはしつこいんだよ。現にずっとドア叩いてただろ? 何度でも挑んでくるだろうよ、新聞屋みたいに」

「……そうは言っても、相手はハートの8。一つ上でこそあれ、私に勝算がないとお考えですか?」


 急に食い下がるようになった7に驚く。負けず嫌いなんだろうか……勝負を拒否したのは単純に面倒だったからなんだけど……それじゃあ納得してくれないだろうしなぁ。でも今反論を考えるのも煩わしい。


「無駄に戦うことはないさ」

「でも!」


 机から身を乗り出して迫る7を両手で止めた。ちょっと嬉しかったな。


「目的の敵以外は戦わない、勝算のない場合は全部逃げる。以上!」


 コップの水を一気に飲みほす。緊張していた体がすこし和らぐ。


「………」


 不満、顔にそう表れていた。でも、これくらいしないとこの少女は無理をする。それは困る。俺も困る。


「俺だって生活に慣れてないんだから、あくまで最初は、ってことだよ。臨機応変に行こうぜ?」

「…………………………」


 じっと俺を射抜くその目は今まで以上に鋭かった。さして歳の差のない相手にどうして委縮してしまう。目で殺す、そう比喩した方が妥当かもしれない。


「……司の事情もありますし、無理強いはしません。あなたのご命令にも可能な限り従いましょう。しかし、言っておきます。司にも志すものがあるなら、私も目指す道があります。それにはどうしても司の協力なしでは成し遂げられない。……だから、今一度考えてみてください」


 表情がうかがえなくなるほど、7は頭を下げた。

 夢は人それぞれ。でも、俺は国王なんて興味がない以前にそんな人間じゃない。分不相応なのだ。……でも、それだけを理由に今眼前で懇願するように頭を下げる少女に自分の意見を貫き通すのは難しかった。何より、同じように夢があるなら応援したかった。


「……わかった、協力する。……さ、食事を続けよう。冷めちまったらまずくなる」


 7は明るい表情でうなずく。


「そうですね」

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