第3話 ジョーカー強襲!



 某県・みどり市。


 人口十五万人の、『まぁまぁそれなりに大きいんじゃないの?』と言われるくらいの街。合併に合併を重ねて四つの街が合体したのがみどり市である。ネーミングの由来は、『他の町よりも緑が増えればいいんじゃね?』という市長のテキトーなコメントによる。これと言って特徴はなく、強いて挙げるなら無駄に長い川『みどり川』(これも最近改名されて、由来は市長のモノ)と、植林活動が活発くらいだ。あ、あとは最近、空港が県内にできたってことでバスだけで行けるようになった。

 セブンの案内で家から遠くない公園、みどり公園までやってきた。そして、7から説明を受ける。


「改めて私は7。正式にはスペードが七番で7です。今回の後継者問題において剣条司様のサポート役として配属されました」

「俺は剣条司……つっても知ってるか。ま、よろしくな」


 手を差し出す。と、7はきょとんとした顔でこちらを見る。


「何かの意思表示ですか?」

「知らないのか? 握手だよ握手。相手と手を握り合って友好の証を示すんだよ。余計な説明させんな」


 すると、合点がいったかのように自分の掌を叩いた。


「なるほど、ニホンにはこんな文化もあったのですね」


 どこの国でもあるようなもんだろ……心の中でツッコみつつ、7の差し出した手を握った。女性らしい柔らかい肌だった。


「よろしくお願いしますね、司様」


 わずかな微笑が男心をくすぐった。かわいいな。


「その、『司様』って言うのはやめてくれないかな。………慣れないし。そっちが大丈夫なら、呼び捨てにしてほしい」

「そうですか………では司、でよろしいですか?」

「あぁ……そうしてくれると助かる」


 こんなどう見ても同い年くらいの女性が何でサポートに来るんだ? それに、後継者の問題なら、本国でやるんじゃないのか?

 公園の池のほとりに設置されていたベンチで、ひとまず座った。俺と7の二人とも若干距離を取って。


「しっかし、母さんがグリズランドの王族なんて、信じられない話だよな」

「無理もありませんよ………マリア様はもう何年も故郷には帰っていませんし。こちら側も、あなたの存在を確認したのはごく最近です。むしろ、短時間で仕方なくでも了解したあなたの賢明さに感心しました」


 了解したのではない。連行されたのである。しかし、美人に褒められるのはそれはそれで嬉しい。


「そ、そういえばさ……『セブン』って変わった名前だよな?」

「…………そうですか?」


 不思議そうに首を傾げつつも、ずいぶんあっさりした返答だった。


「……私は元々番号で呼ばれていますので、7は7なんです」


 その発言からは何か聞いてはいけないような含みが感じられたが、鉄面皮からは悲壮も嘆きも見えなかった。


「じゃあ、ホントの名前は……?」


 7は自嘲気味に、口元だけ笑わせてこちらを向いた。


「名前も何も、7は7……それが名前です。欲しいとも思いませんし、今更つける気も起きません。……ただ、司が望むのなら、私に名付けても構いませんよ」


 一種のカルチャーショックってヤツなのか、これ? いきなり言われても、考えられなかった。


「な、なんか悪かったな。しばらくは7でいいよ。ホント、ごめんな?」

「いえ……こんなことで取り乱した私も軽率でした」


 ………まずい。静かになってしまった。間が持たないぞ。他に聞くことはないのか? ええと、グリズランドの事とか、好きな食べ物とか………本来聞くべきことを忘れて、俺はずいぶんと甘酸っぱい考えを起こしていた。


「……そろそろ行きましょう。日が暮れると色々物騒ですし」


 沈黙は7が破ってくれた。


「そ、そうだな。行こっ」


 立ち上がろうとした瞬間、7が飛びついてきた。突然のことで心臓が破裂するかと思った。


「せ、7どうした!」


 あぁ、いい香りがする……じゃない。仰向けの状態から元いたベンチを見ると、そこには真っ黒な鎌のような物が突き刺さっていた。


「お怪我はありませんか、司!」


 鬼気迫る表情に圧倒される。


「あ、あぁ……ちょっと嬉しいハプニングだったな」

「……それだけ冗談を言えるなら大丈夫そうですね」


 無事を確認すると、7は腰から何かを取り出した。長方形の箱に取っ手がついてて指を引っ掛ける部分があって、先には丸い穴……サブマシンガンだった。


「お、おい、それ」


 震える手で指差すと、7は何も答えなかった。


「………今の攻撃を回避されるとは思わなかったよ」


 聞きなれない声が空から聞こえた。上空を見ると、ふわりとした動作で一人青年が降りてきた。


「その大鎌………あなたは、ジョーカーですね?」


 俺を置いて話が展開されていく。金髪に全身黒づくめ。ロングコートを纏った青年は不敵な笑みを浮かべた。


「まぁな。すでに今日から狩りは始めている………喜べ、お前たちが最初の獲物だ」


 地面にへたり込んでいる俺の姿を見て、青年はため息をついた。


「そいつが、後継者候補最後の男か?」

「えぇ……私が守るべき剣条司です!」


 7は男に向かって引き金を引いた。タタタタ、と連続して銃声が鳴り響く。しかし、標的は前にはいない。上空を飛んで回避していた。


「見たところ大した実力じゃないな」


 青年は刺さった鎌をベンチから抜き取り構え直した。大鎌は青年の体を越え、刃は一メートル以上ある。


「司、走って家まで戻ってください!」


 振り向かずに7はそう伝える。その間にも、マシンガンは火を噴くように弾丸を飛ばしているが、青年はいとも簡単に大鎌を回して弾をはじいている。


「7はどうするんだよ!」

「後で追いつきますから早く!」


 弾が切れて弾倉を落とす。その瞬間、俺は立ち上がって7の腕をつかんだ。


「バカ、逃げるぞ!」

「え、ちょっとっ……」


 どう見たって勝ち目はない。あの数の弾を防ぐんだ。いくらやったって無駄なのは明らかだ。


「逃がさないぞ」


 再び青年は空を舞い、俺達に立ちふさがる。


「家臣を見捨てない精神、その心意気やよし。……だがな」


 刹那、青年が一瞬で俺に間合いを詰めた。


「オレを前にしては、すべての行動は無意味なんだよ」


 鎌の柄の末端が、腹を突いた。そして、ひるむ隙もなく回し蹴りを浴び吹き飛ぶ。


「ぐぁっ……く」


 何なんだよあいつ………人間なのかよ。気づけば、7が地に伏されてその首筋には銀色の刃が煌めく。


「7ッ!」

 青年はため息をついて俺を見る。


「7? ……なんだ、七番か。どうりで歯ごたえの無い小物だと思った」

「何の話だ………?」


 さっぱりわからない。大鎌の使い手が敵であること以外、状況が飲み込めない。俺、なんで襲われるんだ。


 青年は公園の時計を見て表情を一変させた。


「時間か……おいツカサとか言ったか? ………この小娘の命が惜しいなら、持ってるカードを一枚寄越せ。そうすれば、命は取らん」


「か、カード? 知らないぞ…………そんなの」


 腹部に感じる鋭い痛みを抑えながら立ち上がる。


「ほぉ、二撃受けて立つとは……見上げた根性だな。どうやら説明不足らしいな、7?」


 青年は刃を動かす。7の苦悶の表情が濃くなっていく。


「やめろ! 知らないんだ、どうすればいい!」

「この役立たずに命令しろ。『降伏しろ』ってな」

「駄目です司、早く逃げて!」


 おとなしく言うことを従うべきか? でも、もしかしたらそのカードってのを渡したら俺ともどもあの鎌の餌食になるかもしれない。


「…………」


「グズグズするな、オレは余計な殺生は好まない。降伏さえすればすぐ消える。お前の一言で状況は解決するんだぞ」


 痺れを切らした青年が態度を変化させた。


「わかった……7、降伏してくれ」

「っ………了解、しました……」


 すると、7は胸ポケットから金色のカードを取り出して青年に渡した。


「スペードの7、か。出だしとしてはまぁまぁだな。あばよツカサ。もしオレを倒したいと思うのなら、また会った時に挑んで来い」


 高笑いと共に、青年は空高く飛んで行った。

 倒れていた7が起き上がり、服装と整えた。俺を冷たい目で見るなり、口を開いた。


「なぜあの状況で共に逃走するという無謀な策を選択したのですか!」


 どんなに低い声にしていても、内に秘めた気持ちは怒りだろう。無表情を繕っているだけに、それがにじみ出ている。


「明らかに勝機の無い戦いで無理をする必要はないだろ?」

「それでは困るんです!」

「なっ…………」


 その顔から出てくる言葉には何も言い返せなかった。


「……すみません。……拠点へ行きましょう」


 その間、俺達は一言も言葉を交わさなかった。




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