第2話  その名は7(セブン)


「あらあら、可愛いお嬢さんね? 司の彼女?」

「いえ……私はこの方、剣条けんじょうつかさ様のお世話と護衛をグリズランド本国より任命されました、スートはスペードが七番、セブンと言います。以後お見知りおきを」


 流暢な日本語。カタコトはなく、声だけを聞けば日本人だ。

 7と名乗る彼女に母の相手をしてもらっている間、グリズランドについて簡単に調べた。


 グリズランド――太平洋の真ん中より少し上に位置し、面積はオーストラリアに引けを取らない。人口五千五百万人。科学技術の発展が著しく、とくに生物、遺伝子学については他の国を圧倒しているらしい。加えて、軍を保有するこの国では、非殺傷用の武器(主にデモや反乱を鎮圧する物)を生産、輸出を行っている。ちなみに、ここでつくられるゴム弾や催涙スプレーなどは高い評価を誇っている。民主主義や共産主義ある中、この国は現在でも王政を続け、現在はグレゴリウス二世が急逝したので空位状態。ただ、王の下には議会があり、そこの最高決定者が国王というわけだ。


「ふーん。王政って言うから古臭いと思ってたけど、結構進んだ国だな」

「グリズランドは日本との交流が盛んで、あちらでも日本の食文化などが流行していますよ」

「へぇ……」


 7が補足する。と言っても、今そんなことはどうでも良かった。


「話は変わりますが、司様。これから拠点となる新たな住居に住んでいただきますので、すぐお支度してください」

「は? 他のところに住むのか⁉」


 聞いてない、全く聞いてない。というか、まだ帰って来たばかりなんだ。引っ越しの準備なんてしているわけがない。


「……そういえば、お昼に引っ越し業者が来て司の部屋の物全部持ってたわねぇ」

「え! 入れちゃったの? 荷物も任せちゃったの⁉」

「だってぇ……こわかったんだもん☆」


 四十近いオバハンがぶりっこしてんじゃないよまったく………

 ほとほとため息しか出ない。そんな俺の事は気にせず、7は続ける。


「……という事ですので、司様はそのままで結構です。ここから徒歩で行ける距離なので、ご安心ください。これは……あなたの周りの人々に危害が及ばない為の、グリズランドからの措置ですから」


 そういうことだったのか………しかし、納得いかない。

 いきなりどっかの国の後継者候補と言われても、ハイそうですかとすぐに動けるかっての。


「あ、あのさ7? ……俺、その後継者とか、そういうの興味ないからさ……」


 申し訳なく思い伏し目がちに言うが、彼女は固い表情で視線を突き刺す。さっきまで感情こそ強く出ていなかったが、今はとても冷徹な印象。


「……あなたは何か勘違いしていませんか?」

「……どういう意味?」


 質問を質問で返すと、7は言いにくそうにして黙った。一度母さんを一瞥すると、目で訴えかけた。ここで話すことではない、か。


「グリズランドの後継者とか知ったのはついさっきだ! 俺は何も知らないただの高校二年生。母さんがグリズランド出身って知ったのも家に帰ってきてから! ………いきなり引っ越せとか、後継者候補の一人だとか、そんなこと言われてもわけわからねぇよ!」


「言ったでしょう? あなたは勘違いをしています………場所を変えましょう………マリア様、しばらくの間、ご子息司様はこの家に帰ることができませんが?」


 視線を変えて7は母さんを見る。心の中で『何とかしてくれ』と頼みながら俺も見ると、母さんはにこっと笑った。良かった、通じたんだな。


「司、がんばってね?」

「ん?」


 母は依然、笑顔を絶やさない。今このオババは何と仰った?

 この期に及んで息子が大切じゃないのか⁉ 俺に味方はいないのかーっ!


「お母さんよく分かんないけど、その7って子しっかりしてそうだし」

「いやいや、そういうのは関係ないでしょ? 可愛い息子が強制連行されそうなんだぜ?」


 何故引き止めない。……家からかわいい息子が消えてしまうのだよ? 親だったら止めるでしょ普通。


「許可は下りました。司様、行きますよ」

「待て! そうだ……親父の許可がないぞ!」


 そうだ、あの頑固親父なら許さないだろう……ましてや年の近いこんな女の子がいれば尚更。最悪げんこつも覚悟だ。


「こちらへ伺う前に確認済みです。司様のお父様は二つ返事で許可しました」

「なにっ~!」


 二人とも役にたたねぇな、おい! どうなってんだ剣条家は⁉

 逃げようとする俺を7はしっかり襟元を掴んで引っ張り始めた。身体はこちらの方が大きいのに、耐えることもできず運ばれる。


「いろいろ説明がありますし、荷物の整理も必要です。ここは一旦、新しい拠点でじっくり考えてください」

「いーやーだ! 俺は家にいたい! 家が大好きなの! ホームシックになるぅ~!」


 床に尻を着いてもなお、7は引っ張っていき、そそくさと俺に靴を無理やり履かせた。


「とにかく、あちらへ行かない事には話が進展しません。今は我儘を言わずに黙って来てくれればいいのです! ここに居ても何も始まりません!」


 会って間もない人だったが、その怒声に気圧されてしまった。本気で言ってるのは分かるし、眼差しは初めから真っ直ぐなままだ。

 さすがに観念して両手を小さく上げる。


「………わかった。じゃあ歩きながら話を聞こう。それからでも遅くない」


 警察官になるのなら、臨機応変に対応して行かねば!


「行ってきまーす」

「車には気を付けてねぇ~」


 手を振る母の姿は、いつも通り何にも変わらなかった。


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