アトツギ・ヒキツギ
ムタムッタ
第1話 プロローグ
放課後、ちょっと本屋へ寄り道した帰り。人通りの多い立体交差点を歩いていたある日のこと。
「そろそろ本腰入れてるのも、悪くないよな」
買ったのは志望大学の赤本。高校二年生の中盤、九月一日。もう勉強していても遅い時期かもしれない。ようやく重い腰を上げて勉強に取り掛かると決意していた。
『次のニュースです』
街中のショッピングモールの外側に設置された大型のモニターに人気の女子アナウンサーが映る。待ちゆくヒトの何人かが足を止めて画面を見上げる。俺は声だけを聴きながら家路を急いだ。
『急逝したグリズランド国王、グレゴリウス二世。世界が冥福を祈る中、深刻となっているのは後継者の問題。日本時間きょう未明、グリズランドの大臣による記者会見が開かれました』
グリズランド……? どこだったか。確か高1の時に世界史で習った気がする。しかし、咄嗟に思い出せるほど、その国についての記憶は濃くない。
『この会見によりますと、後継者の候補は全員で五十三人。いずれも亡くなった国王に血縁上何らかの関係のある人物という事です』
なんだ……結局世襲みたいなもんか。そういえば、徳川家も世襲だったけ。
『故国王の子息、シュタルス王子。姪である…………』
手短に早々と候補者が読み上げられていく。中には日本人などアジア系の名前もあった。本当に血縁者なのかよ。
『最後に、グレゴリウス二世の妹、マリア・ヴィ・グレンフェルの息子――』
「…………は?」
足が止まった。マリア………? そういえばうちの母さんの名前も真理亜だったな。いやでも気のせいだろ……
そして、ゆっくり巨大なモニターに視線を向けると、そこには仰々しく、撮られた覚えもない俺の顔写真が映っていた。
何を隠そう、剣条司とは俺のことだ。
「えぇぇぇぇっっぇぇっ!」
これが、本日一度目の驚きだった。
人ごみをかき分けて住宅街へ。
「はっ、は………はぁ………」
街から全力で家まで走って来て二十五分。
「何なんだよ、俺が後継者候補? ……あ、アホらし。どんなミスなんだ……?」
間違いであってほしい。そう思いながら家路に着いた。
息を整えつつ玄関先に待ち構えるカメラの大群を見据える。全員俺の家にフラッシュを輝かせてやがる。
「あ、剣条司が帰って来たぞ!」
「後継者問題についてどうお考えですか!」
見つけた途端、マスコミは一斉に俺を囲んだ。間髪いれない質問、答える間もなく浴びせられるフラッシュ。数秒味わっただけでうんざりだった。
ようやく玄関のドアにたどり着いてドアノブを捻る。
「ちょっと、応えてくださいよ剣条さん!」
「だんまりじゃないですか! それでも未来を担う高校生ですか!」
マスコミは………何か自分達を偉いと勘違いしているんじゃないだろうか?
「だんまり? ……未来を担う?」
振り返る。一瞬静寂がつくられたかと思うと、またフラッシュを浴びせる。
「何かの間違いだ! 俺はこんなこと知らねーからな!」
掛けたままの手で、ドアを開ける。
「よく分からないけど、俺…………そんなの興味ないから! じゃ!」
記者たちの罵声じみた音をドアで遮り、勢いよく閉める。
俺には果たさなきゃならない夢がある。それを思い出しながら、やっと帰宅した。
「ふぅ………疲れたぁ」
溜まりに溜まった息を吐いて心を落ち着ける。たった数十分で相当疲れた。一体何なんだ。母親がどっかの国の娘でその息子が俺って……
「あら? きょうは遅かったわね、司」
と、何も知らなさそうなわが母、
「なんだか外が騒がしいけど………なにかあったの?」
「何があったかじゃないよ! ……母さん、あんた日本人じゃないだろ?」
「あれれぇ? 言ってなかったっけ?」
母さんは舌を出しておどける。いつもは茶目っ気のあるそんな様子すら、今の俺にとっては腹立たしい。
「グリズランドの最近死んだ国王の妹なんて知るかよ! よくわかんねぇけど、そのせいで俺、後継者候補になってんだよ!」
説明しても、母は「まぁ、そうなのぉ」の一点張り。この女、他人事だと分かると本当によそよそしいなぁ……ホントに母親なのかも疑問である。
「ま、そんなことより」
「こんなことよりだよ! どうすんの? 国王なんて聞いてねぇよ!」
どれだけ必死に言っても、母は鼻歌を奏でながらキッチンへと去っていく。玄関で項垂れる俺って一体………
「夢があるってのに………まったく、ついてないなぁ」
幼い時……今でも鮮明に思い出すことのできる一人の警官の姿。俺は、その笑顔と優しさに憧れた。いきなり後継者候補だの言われても、夢だけは譲れない。
「そうだ……俺は剣条司、いずれ警官になるんだ!」
改めて決意を固めた刹那、インターホンが鳴った。一層増した騒ぎ声に、俺の堪忍袋の緒が切れた。マスコミめぇ、追っ払ってやる!
「うっせぇ~なぁ~っ!」
怒りの頂点に達した状態でドアを開ける。
「興味ないって言ってる―――だろ……?」
そこには、呆気にとられたマスコミ達が立ち尽くして、目の前には、小柄な少女が真っ直ぐ俺を見つめていた。
「はじめまして。私は
見た目は日本人に近いが、銀色の髪に瞳は青色。華奢というよりは全身が引き締まったスリムな体格。顔も小さく整っていて、どこかのモデルとしか思えない。俺が通っている学校の制服を身にまとっていた彼女に、少しの間見入ってしまっていた。……かわいい。我に返って返事をする。
「そ、そうだよ。……で、何か御用ですか?」
すると、銀髪の7というヒトは視線を逸らすことなく真っすぐに俺を捉えた。
「はい。私、7は今日から後継者である剣条司様のパートナーに任命されました」
「え? パートナー?」
状況がイマイチ呑み込めない。
「はい。身の回りのお世話や護衛を務めるパートナーです!」
「えぇえええぇぇっ!」
本日、これが二回目の驚きの絶叫だった。
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